追憶
荒れた平原に長いロープが張られている。畑と農道を分ける頼りない線だ。
昔はここも麦畑が広がっていたと町の住人は言うが、今では見る影もない。手入れをする人がいなくなり、どれほど経つのか。伸びっぱなしの雑草の中には、確かに麦らしき植物も見えている。
ユーグ・ルナールは真新しい鍬を地面に振り下ろした。先端が地中の石に当たり、手に不快な振動を伝えてくる。
「……やっぱり長年放置されてきただけのことはあるね」
少し掘っただけで、いくつもの石が邪魔をしてくる。ここを再び畑にするには、かなりの労力が必要だ。
――あいつが荒野の開拓を僕に任せた理由がこれか。
逆の立場なら自分だって同じ判断をした。ユーグはかつての戦友の判断をそう評価して、鍬を肩に担ぐ。他の人間のように己の体と農具だけでは、いつまで経っても種が蒔けない。身体強化の魔法を使ったとしても、疲れるまでの時間が延びるだけ。
短時間で荒野を農地へ変えられる方法は、魔法を扱う人間なら思いつくはずだ。実行する者がいないのは魔力が足りないか、農地に携わる立場ではないから。多くの者にとって魔法とは、戦うための道具だからだ。魔法に秀でた者を国家や教会で囲い込んで戦力としている世界では、生活のための魔法は発展しにくくなっていた。
索敵を応用して農地に不要な石を見つけ、土の魔法で地形を変えるように地面を掘り起こす。たったこれだけでも、開拓の大きな手助けになると気がついているにも関わらず。
これを勿体ないと考えてしまうのは、自分が異世界から来た人間だからかとユーグは思う。魔法が存在せず科学が発展した世界と、魔法が存在しているために科学を重要視していない世界では、根本的な価値観が違う。
意識をロープの内側に限定し、掘削する範囲を設定する。石の排除から始めようと必要な魔力を計算していると、風もないのに雑草が揺れ始めた。雑草は自ら地面に張っていた根を引き抜き、ユーグの前へ集まってくる。
雑草が人の形になるころには、どこからか別の個体も寄ってきた。瑞々しい葉や花、枝で構成された植物人間――精霊が現世の物を使って顕現した姿だ。
雑草の人形は他の個体に囲まれ、何かを囁かれている。やがて話し合いが済んだのか、ユーグに向かって偉そうにふんぞり返った。
「……もしかして、手伝ってくれるの?」
全ての精霊がうなづいた。任せろと言いたいようだ。
後から現れた瑞々しい植物は、領主の屋敷で自由を謳歌している個体だ。荒野にいる精霊を説得してくれたらしい。日頃から外見を褒め称えたり肥料を貢いだ甲斐があった。
馴染みになった精霊の説得が無ければ、自然を壊す敵と判断されたのだろうか。精霊の声が聞こえないユーグは身振りで読み取るしかない。
「頼りになるなぁ。まずはこの畑から始めようか」
彼らの力は自然そのものだ。ユーグ一人で耕すよりも早く終わるだろうが、注意して誘導しなければいけない。人間とは考え方が違う。安易に水が欲しいと願って、洪水を起こされた逸話もあるほどだ。
――いざとなれば肥料をエサに誘導するか、彼女に間に入ってもらおうかな。
ユーグは秋空の下で生き生きと動く精霊と共に、呑気に歌いながら作業を始めた。




