08
元信者達が無事に地面に着地したのを見届けたあと、女は俺に鋭い視線を向けてきた。
「それで、これをやったのはあんたね?」
「だったらなんだ? 俺はお前の大好きな犯罪者を裁いてやっただけだぞ」
「裁く? 裁く事は決して簡単に命を奪う事じゃないわ」
まただ。ムカつく。こいつは自分が正しいと信じてすぐに正論をぶつけてくる。
だが俺から言わせればそれは一方的な意見でしかないし、少なくとも俺はそんなものに従うつもりはない。
「だったらお前が俺を救ってみせろ。なんせ俺は今しがたこいつ等にたかられたんだ。それにもう少しで奴隷として売られるところだったんだぞ? そんな俺をお前はちゃんと救ってくれるのか?」
言いたいことを言ってやると、女は元信者を見たあとに悔しそうな表情を浮かべた。きっと俺の言っていることが真実だとわかっているのだろう。
それでも認めたくないのか、女は決まりきった言葉で元信者達を庇おうとしやがった。
「……証拠があれば」
「証拠がなければ俺を助けないつもりか? そうやってお前は見てみぬふりを」
「助けて! あいつ一銭も持たずに店中の酒を飲み干したのよ! それなのに金がないからって店ごと吹っ飛ばして私を殺そうとしたの!!」
「「……」」
む?
むむむ?
元信者が俺の言葉を遮ったから徹底的に反論してやろうと思ったのだが、もしかすると元信者の言葉は間違ってはないのかもしれない。
実際に俺はほぼ更地になった店の跡地で一人優雅に椅子に座っている。対して正義を振りかざす女の足元には元信者が泣きついて、野次馬達も俺を避難するように見ている。
(これは、まずい?)
「だ、そうよ? で、お金は持ってるの? せめて自分が飲んだ分は」
「……」
俺の額から一筋の汗が流れると、女は余裕を取り戻したのかわざわざ大きな溜め息を吐いた。
「これでどっちが犯罪者かわかったわね」
「待て。話せばわかる」
「じゃあ好きなだけ話しなさい。ほら」
「……」
「……」
「さらばだ!」
「あっ!」
不利を悟った俺は、誤魔化すように大声をあげてから空を飛んで逃げ出した。
◇◇◇◇
街を飛び出してからさらにいくつかの街も越えた頃、なにもない草原でヒトが集まっている気配を感じた。風の信者はいないようだが、人数もかなり多いしそれなりに修練も積んでいるようだ。
(二十人くらいはいそうだな。そして行き先は《魔境》か)
行軍するように連なって歩く方角には不穏な気配が漂う魔境がある。これだけの人数がたまたまその方角に向かっている可能性は低いし、おそらく魔境を潰すつもりなのだろう。
どれだけ時代が変わっても、この世界に二通りの魔物がいることは変わらない。
一つは《星の果て》から溢れてくる魔物。
こいつらは悪意の元凶となっている星の果てから生まれるせいか、個体の能力が高く強力ではあるものの、なにもないところからは生まれないという縛りを持っている。だから星の果てに近い前線で討伐さえすれば、大陸全体にその被害が広がることはない。
実際に星の果てから離れた土地では魔物に出会うことは少なく、戦う力を待たずに生きている者も多い。
さらに大陸を離れた島々によっては信仰心など持たず、戦いとは無縁の暮らしをする者がいるほどだ。
二つ目は魔境の中に現れる魔物。
こいつ等の厄介なところは放置すると魔境という領地とともに強力になり、どんどん繁殖して個体数が増えてしまうことだ。
そんな厄介な存在なのに、この魔境という名の領地はいつどこに現れるか俺たち神ですらわからない。最初は歪んだ空間と穴ができる程度だが、瞬く間に周囲を領地に変えて魔物を生み出す。だから見つけたら早めに叩き潰しておかないと、どんどん成長していって手に負えなくなる。
(あれだけの人数を揃えているのならばそこそこでかいのかもしれんな)
俺が手を出せば魔境といえどすぐに消し去ることはできる。だがそれではヒトの成長が図れない。
しばし考えたあと、俺はその集団のあとをつけることにした。
「止まりたまえ」
1日様子を見ながらあとをつけた俺は、野営の準備をする一行の元まで歩いた。
そいつ等を見る限り魔法が使えない奴もいなさそうだ。魔境での戦いということで少しばかり心配したが、そこそこの戦力がありそうでホッとした。
ただ、友好的な態度はとってもらえそうにない。
「なんの用かな?」
一人だけ大層な鎧とマントを身に着けたそいつは集団の戦闘に立つと俺に話しかけてきた。ただその態度がなんとなく気に食わない。あきらかに見下してきている。
ただ、そんなことでいちいち目くじらを立てるほど俺は小さな器じゃない。なんせ神だからな。
「あ〜、お前等あれか? 魔境に行くんだろ?」
「……そうだけど。それで? なんの用だい?」
「なら俺も連れててっくれよ。危なかったら助けてやるから」
「助けてやる?」
「ああ」
ふふ。どうだ。神様である俺は心が広いのだ。
これから危険な目に合うであろうお前達を俺が守ってやろう。
「……何様のつもりだ?」
「ん? 神様がどうかしたか?」
「……舐めてるのか?」
おや?
どうやら俺の親切心が伝わらないのか?
気配からしてさっきから偉そうにしているのは雷の信者だな。雷の信者はプライドばかり高くて困る。
その他大勢の奴等は雷の信者に従うつもりなのか何も口を出さない。まぁ、黙っていてくれるぶんには文句はないのだが。
「まぁ心配すんな。危なくなるまで手を出さないでおいてやるから」
「……はは。危なくなるまでだって? この俺が? もしかしてお前は俺のことを知らないのか?」
「ん? あ〜、あれだろ? 雷使いの」
信者。そう伝えようとすると、その男は俺の声を遮って満足そうに叫びだした。
「そうさ! 俺はこの大陸で一番強い勇者になる予定の大英雄さ! こんなところで会えて光栄だろ?」
「……うん」
「そうだろそうだろ? ふふ。俺の噂はどこまでも響くからな」
「……うん」
「さあ! 俺の事を大英雄様と呼べ!」
「……」
「さあ!」
「ダイエイユウサマ」
「……なんか君に言われるとムカつくな」
なんとなく大英雄などと呼びたくはなかった。もしかしたらそうなれるかもしれない器はありそうだが、やはりそれも気に食わない。
それでも呼べと言われたから呼んだたけなのに、ひどい言われようだ。
「まぁいい。ところで君は何の使い手だい」
「あ〜、俺は風だ」
「かぜ?」
さっきまで機嫌良く喋っていた男は間抜け面をしたと思ったら、今度は周りを巻き込んで大爆笑をはじめた。
「ぶっ、ぶはははははは! 聞いたかお前達!? こいつ風使いのくせに危なくなったら俺たちを助けてくれるそうだぞ!?」
「ぎゃはははは! 風使いなんて戦いになんの役にも立たねえ不能じゃねえか!」
「なんなら危なくなる前に逃げ出すんじゃねえのか!?」
「「「だははははは!」」」
最初に笑ったのは雷使いだが、今ではそこにいた全員が見下したように下品な笑い声をあげている。
なるほど。これは……屈辱だな。
風の頂である俺を前にこれ程の暴言を放つとは。
……だがいい。
我慢してやろう。
そしてその時が来たら見せてやる。
お前等が嘲笑う風魔法がどれほど強いかを。