07
街の中をぶらりと歩いてみたがなんなんだこの街は。
不快だ。屈辱だ。
そう思っている間にも俺の耳には嫌な会話が入り込んでくる。
「お~、きれいな姉ちゃんよ、こっちで一緒に飲もうや」
「はぁ? あんたこの前それで一緒に飲んだ子にツケ払わせてたでしょ! バレてんのよ!」
「げっ」
クズだ。
「なぁ、頼むよ。生まれたての子供が病気なんだ。頼むから治療費を恵んでくれよ」
「はは。お前女遊びがひどくて玉を潰されたって噂の男だろ? それがどうやって子供作ったんだよ?」
「……」
クズだ。
「俺は悪くねぇ! あいつがちゃんと防御しなかったからこうなったんだろ!」
「ふざけんな! 防御以前に見張りもせずに寝てたお前が悪いに決まってんだろ! とっととこのパーティから出ていけ」
クズだー!
なんで俺の信者、いや、元信者はクズばかりなんだ!
どうなってんだこの街は!
耳を塞ぎたくなるほどの元信者の醜態に俺はとことん不機嫌になっていたが、ここでようやく本物の信者を見つけることかできた。
「旅の方ですか?」
それはまだ若い女ではあったが、見た目も悪くないし身なりも整っている。どうやら今までの盗賊崩れとは違うようだ。
「ああ。どうした?」
だから俺は気持ちを切り替えて信者の話を聞いてやることにした。なんせ俺は自分の信者には優しいのだ。
すると信者も顔を柔らかい笑顔を俺に向けてくれた。
「それならもう夕方になりますが、お泊りになる場所はお決まりですか?」
「泊まる場所か。決めてないな」
信者に言われて寝泊りする場所を考えてなかったことに気がついた。もっとも風である俺には定住する場所など必要ないのだが。
それでもそんな俺に信者は微笑みながら手をとった。
「でしたら是非うちに来て下さい。サービスもしますし!」
なるほど。
この信者はよくわかっている。きっと俺が風の中でも特別な存在だと感じとったのだろう。
そこまでこの信者から強い風の気配を感じなかったのが気になるところではあったが、信者の申し出を断る理由のない俺はそのまま信者についていった。
信者が連れてきた場所はこじんまりとした酒場だった。
奥には休める部屋があるらしいが、俺は連れてこられてからずっとカウンターで酒を飲み続けている。
やはり酒というものはどこで飲んでも旨い。
「次はもっと強い酒をくれ」
「そ、それにしてもお兄さん……よく飲むね」
なんせ俺は差し出される酒をすべて飲み干している。ヒトにとっては驚くべき量かもしれないが、こんなのはまだまだ飲んだうちに入らない。
「この程度で酔うはずがないだろ」
「そ、そう? 毎日こんなに飲んでるの?」
「まあな」
多分この信者に俺の飲み方は理解できないだろう。だから少しばかり雑な返事になったが、こいつにそこまで真面目な受け答えをする必要もない。
現にこの信者はさっきからカウンターの奥に座っている男にチラチラと視線を送っている。それが客に対するものなら俺も文句は言わんが、なんとなく気に食わない態度だ。
もっとも、おかわりと言えばいくらでも酒を出してくるからそれでいいのだが。
「おかわり」
「ね、ねえ? 一応聞いておくけど、今いくら持ってんの?」
「?」
俺は信者の質問の意味がわからず首を傾げた。
なぜそんなことを聞かれないといけないのだろうか。
「……持ってないのかい?」
「だったらなんだ」
「っ!? ふざけんじゃないわよ! おい! お前等出てこい」
当然のように答えただけだが、女は激高したように怒鳴り声をあげた。するとその声に反応して奥の扉から男達が出てきた俺を取り囲んできた。もちろんそれに驚きはしない。最初っから気配でそこにいることは知っていたのだから。
それでも女は優位に立ったと思ったのか、さっきまでとは態度を変えて偉そうに喋り出した。
「あんた自分でいくら分飲んだかわかってんの?」
「そんな事を気にしながら酒が飲めるはずがないだろ」
「へ、へ~、随分余裕じゃない。ただね、あんたが飲んだのは金貨三十枚分。それが今払えないなら借金奴隷になってもらうよ」
「ほぉ。知らぬうちに随分と飲んだものだな」
「は! あんたがなんと言おうが金貨三十枚! 今払うか奴隷になるかの二択。あとからはなしだよ!」
女の態度に合わせてニヤニヤと笑う男達を見る限り、この脅迫はいつものことなのだろう。そうやって数で囲んで価値のない勝利を獲ていったいなにになるのか。
「はぁ」
やはり溜め息しかでてこない。
なぜなら俺を騙そうとした女だけでなく俺を取り囲んでいる男達も風の信者なのだから。どうして俺の元信者はクズばかりなんだ?
しかもよりにもよってこの俺をカモにしようなどと。
そんな俺の溜め息をどう捉えたのか知らんが、女は得意気に声を上げた。
「ふふ。ようやく自分の立場がわかったようね」
(お前がな)
「無様に泣き叫ぶのなら少しくらい加減してあげるわよ」
(俺は加減しないがな)
「……これが最後よ。どっちか選びな!」
「お前等に選ぶ資格はない。バースト」
「「「!?」」」
ズガガガガーーーーン
あまりにも救いようがなくて説教をするのもやめて風魔法を空に向かって放った。その勢いで俺を囲む男達も偉そうな女も、ついでにカウターから屋根まで、俺の座る椅子だけを残してすべてが空に舞っていった。
もちろんそれほどの威力で打ち上げたのだから普通に落ちたら致命傷だ。もしかしたら死ぬかもしれない。
だがあいつ等が助かるかどうかなどもう興味すらわかない。はっきり言って俺の信者でないのならば怪我しようが死のうがどうでもいい。
「「「ぎゃーー!」」」
「いや~! 助けてー!」
何が助けてくれだ。自分で助かる努力をしろ。そもそも風魔法でどうにでもできるだろうが。
あまりにも無様な元信者の声にうんざりしていたが、俺は遠くから駆けつけてくる気配を拾ってさらに不機嫌になった。
「まったく。面倒見の良さも度が過ぎればただのお節介だぞ」
独りごちては見たが、例えその言葉が聞こえていても結局あいつは手を出すだろう。そういうところも含めて水神そっくりなのだがら手に負えない。
そして駆け寄ってくる気配に目を向けて見れば、やはりそいつはきれいな魔力を練り上げて、その手を突き出していた。
「ウォーターシールド!」
まだ遠くから走ってきているというのに、そいつは元信者の落下地点に大きな水の膜を作った。そのサイズと正確さはなかなかなのだが、それを成したのが俺の信者ではなくそいつというのが気に入らない。
「きゃあ!」
「「「ぐわ!」」」
水の膜の強度も申し分なかったのか、水の膜に落ちた元信者達は包まれるようにしてゆっくりと地面に着地した。
一方元信者達はなにが起こったのか理解できずに何度も瞬きをして放心している。だがその顔を見ても救うべき命だったのか俺にはわからない。
「もう、大丈夫よ」
それなのに女は元信者達に優しく語り掛けた。
そういうところが苛つくんだよ。