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「それでね、アムちゃん。魔法を使う時は体の内側の魔力を感じて、それを少しずつ指先に」
「……?」
「そんなことしなくともグッとやればできるだろ」
「勇者様、それじゃ説明になりませんよ」
「……グッ」
シュパン!
「ほらな」
「なんで!?」
子供が魔法を発動して以来ふたりは魔法教育に熱心になった。もっとも水使いの説明は子供にまったく通じていないが。
勇者よりも付き合いが長いのにかわいそうだ。
「ねえ! 私の教え方下手なの!?」
「俺に言うな」
「だって勇者様が言えばできるのよ! でも私はガッとかバンとか言われてもわかんないわよ!」
せっかく何かを掴みかけていたのにこれじゃ遠のいてしまう。
「仕方ないな。まずは水使い、お前はそんなに悪くない」
「そ、そう?」
「ああ。こいつの感性は勇者寄りだからな」
俺に指指されて子供は不思議そうに頭を傾げている。
「勇者よりってどういうこと?」
「まずこいつの属性は風だ。風は火と同じように感覚で物事を考える。だから地や水の論理的な思考は苦手なんだよ」
「じゃあ私がいくら言っても風の信者には通じないってこと?」
「苦手とは言ったがまったく理解できないわけではない。ただ、こいつが特別それを受け付けないだけだ」
「特別受け付けないってなに?」
水使いは聞き返してくるがここからはただの推測になる。
「おそらくこいつは記憶や感情をどこかに置いてきてしまっている。だから論理的思考をするだけの積み重ねがないんだろう」
「……」
それを聞いた水使いは辛そうな表情を浮かべた。自分の教えが伝わらないことより、子供に記憶や感情がない事のほうが水使いにとっては辛い事実だったようだ。
「ただそれを本人が悲しんでいるわけじゃない。だからお前がそういう表情をするな」
それでも水使いが表情を曇らせたままでいると、子供は水使いに近づいて腰に抱き着いた。
「……(ギュッ)」
「アム、ちゃん」
「そういうことだ。お前が落ち込むようなことじゃない」
子供に過去がなくとも、子供にとって水使いは大事な存在ということだ。それにこいつも随分と感情表現ができるようになった。だからそれほど気にする事じゃないはずだ。
そんな事を考えていたら今度は勇者が難しい顔をしていた。
「勇者のお前までどうした?」
「……どうせなら他の属性の特徴も教えてくれないか?」
「なにが気になるんだ?」
「その、パーティ内での話し合いがうまくいかなくてな。お前には言いづらいんだが、風使いがいた頃はもう少しマシだった気がする」
なるほど。
確かにあの中で火の話を熱心に聞いてくれる奴はいなさそうだ。少々お節介かもしれないが、俺は勇者に助言することにした。
「まず火と風の性格は少しばかり似ている。さっきも言ったが、どちらも感覚派だ。だから昔はうまくいっていたと思えるのは、風使いも同じタイプだったからだろう」
「確かに、それは感じていた。ただ、それだけではない気がする」
勇者もそこまではわかっているが原因がわかっていないようだ。
これ以上説明する義理はないが、風使いが勇者パーティから抜けたのはあくまで戦力としての話。
なにもこいつが悪いわけではない。
だからもう少しくらいサービスしてもいいかと考えた。
「お前の感じている通りだ。なんせ今上手くいっていない最大の原因は氷使いだからな」
その言葉に勇者は驚いてみせた。
もしかしたら水の自称聖女が悪いと思っていたのだろうか?
「氷使い? なぜだ?」
「氷と雷が打算的な性格だからだ。おそらく風使いがいた時は火と風の意見が一致し、論理的な水が対立していただろ?」
「そうだな。だいたい俺たちの意見に対して聖女が否定的だった」
「だから打算的な氷使いは多数意見のお前に同調したんだ。ついでに聖女を怒らせたかったかもしれんがな」
「……」
どうやら思い当たるところがあるらしい。
それなら今の原因も自分でわかるだろう。
「つまり、今のパーティで多数決をしようとした場合、氷使いと雷使いの二人次第ってことか?」
「ああ。ちなみにあいつ等のことだ。困るとわかっていてわざと票を分けることもあるだろうな」
「……」
勇者にはかわいそうだがここまでだ。
あとは自分のパーティなんだから自分の力で解決してもらおう。
こんな日々を過ごしながら俺たちはようやく砂漠地帯に辿り着いた。




