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ほらほら




 ほぅぅぅーーーら、ほぅぅぅーーーーら…………。




 それは、きっと単なる風の声。


 強い風が、ビルの合間を、木立を。

 寄り添い固まり、擦れ合って抜けるときの、ただの風の音。




 ほぅぅーーら、ほぅぅーーーら……。




 常識的には、分かりきったことなのに。



 ――時折、呼ばれていると感じるのだ……僕は。




 ほぅーら……ほぅーーら……。










「……ほらほら、そんなところに突っ立ってないで上がんなさいな」



 ――出迎えてくれた祖母の一言に、僕は思わずビクッとする。


 思考の片隅で転がしていた言葉を、不意に、そのまま抜き出された気がしたからか――。



 僕は小さく首を振って奇妙な感覚を払い落とし、祖母に小さく頭を下げた。



「じゃあ……お邪魔します」


「ヘンなことを言うねえ。アンタの家でしょうに」



 三和土たたきに靴を脱いで上がる僕の、つい口を突いて出た微妙な挨拶に、少し腰の曲がった祖母はくすぐったそうに笑った。




 武家屋敷……なんてものじゃないけど、それでも、すっかり寮住まいになれた僕からすると、充分大邸宅に感じてしまう、広くて古い日本家屋。


 住んでいた頃の記憶なんてろくに残ってないと思っていたのに、祖母の後を追い、宛がわれた座敷に通される頃には――はっきりとした懐かしさを感じてしまっていた。


 もちろん、いわゆる原風景というものに包まれての、日本人としての感性もあるのだろうけど……それだけではない、僕自身の思い出の……残り香。



 それは、久しく嗅いでいなかった畳の香りと――開けた襖から流れ込んでくる、春の山の生命が溶け合った風の香りとともに、僕を呼んでいる気がした。




 ほぅーーら、ほぅーーーら…………と。



 ずっとずっと昔、記憶の底の底から。








 ――事の起こりは、僕ら院生同士のちょっとした口論だった。


 民俗学を修める僕らは、『妖怪』やそれにまつわる伝承について、意見が割れたのだ。



 つまり、超自然的な存在というものが、実在するかどうか――要はナンセンスであるかどうかと。



 多くの者が、さも当たり前で考える余地もないとばかり、それらにもっともらしい理屈を付けては、せせら笑った。


 そして言うのだ、僕ら――そうした存在が『いる』と感じる少数派に。



「君たちはいつの時代を生きてるんだ?

 伝承をそのまま受け取っていたんじゃ、『学問』の意味が無いじゃないか」――と。



 ……結局のところ、数は確かな力だ。


 僕らも反論はしたけれども、その力の差を跳ね返すことなんて出来なくて。



 怒りとも悔しさともつかない、苦々しい思いを噛み締めながら寮へ帰る途中……僕は、同じ少数派の一人が、俯き加減につぶやいているのを聞いた。




 見えるものしか信じられないなんて――。




 そう……見えずとも。

 何かがいる、そこにある、と感じることは、僕もあった。




 だから――僕は。


 春休みを利用して……十数年ぶりに、幼少時を過ごした父方の実家に帰ってきたのだ。



 この、山奥の小さな村に。




 幼い頃に聞いた――〈はらはら〉という妖怪について、調べてみようと。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 田舎のゆっくりと流れるような空気を感じました。 そして、数の前には屈してしまうという無力感。 いろいろ考えさせられました。
[良い点] この入りが超好きです……! なんというか、美しい……!! 幻想的な風の音…… そこから、お祖母ちゃんの 「ほらほら」 に転じるというのも、洒落ています。 まるで映画のワンシーンのようです。…
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