もうどこにも居ない君の話
「アスカって誰?そんな子、知り合いに居たかなぁ……」
そう言ったのは彼女の一番の親友だった女性だった。
「すみません。名前を間違えたのかもしれません。」
僕はそう言って女性の元を去った。
彼女の名前を間違えるはず無いというのに。
「アスカ?うちにはそんな子は居ないけれど……」
そう言ったのは彼女を大事に育てていた優しい母親だった。
「すみません。家を間違えたのかもしれません。」
僕はそう言って彼女の家を去った。
何度も訪ねた家を間違えるはずなど無いというのに。
「滝本アスカ……?そんな人うちには居なかったはずですけど……」
そう言ったのは彼女をとても慕っていた彼女にとって初めての後輩だった。
「すみません。会社を間違えたのかもしれません。」
僕はそう言って彼女の会社を去った。
何度も迎えに行った会社を間違えるはず無いというのに。
「滝本アスカちゃん?そんな名前の子に覚えはないけど……」
そう言ったのは彼女が慕っていた小学校の先生だった。
「すみません。人違いだったのかもしれません。」
僕はそう言って先生の元を去った。
彼女に誘われて何度も会った先生の事を今更間違えるはず無いというのに。
「アスカ……。そんな子居たかなぁ?」
「滝本っていう知り合いは居なかったと思うけど。」
「滝本アスカ?聞き覚えが無いですね。すみません。」
誰も覚えていない。誰も違和感を持っていない。誰も彼女が居ない世界を不思議だと思っていない。彼女は誰の記憶にも居ない。僕の記憶にしか居ない。
僕が狂っているのだろうか。それとも世界がおかしいのだろうか。もう何もわからない。
ただ一つだけわかるのは、アスカがもうどこにも居ない事だけだ。