ショートコメディ『曽田くん』
「今日もいい小春日和だね!」
「そうだね」
私がそう言うと、曽田くんはそう言った。そう言うだけで、なんの感想や意見も持たない。常に、誰かの言葉を聞いているだけだ。
そんな彼は、別に、話していて楽しい友人というわけではないのだが、最近は一緒にいることが多い。
私は飽きっぽいところがあるから、彼のその反応の薄さとか、薄っぺらい同調とかが続くと、すぐに離れていってしまう儚い関係だと思っていたのだが、未だに、よく会話をする。会話というか、一方的に話しているだけなのだが。
「さっきの授業、ずっと寝てたわ。クラスの半数以上寝てたよね?」
「そうだね」
「曽田くんは寝てなさそう……」
「そうだよ」
「なんで寝ないの。昼ご飯の後、眠くならない? なるよね?」
「そうだねえ……」
「どうなの? そうなの?」
「そうだよ」
「そうなの!? そうなのか!」
「そうだよ」
「だから、なんなんだって話しなんだけど、いや、ほんと曽田くんて『そうだ』しか言わないよね」
「そうだね」
「そうだよ」
「そうだね」
「国語の授業の時、音読とかどうしてるの? はい、曽田くん。このページのところから読んでください」
「そうだなあ」
「どうしたんだい曽田くん?」
「そうですねえ」
「もしかして、書いてある字が読めないのかい曽田くん?」
「そうだ」
そうだじゃねえ……。
「嘘はいけないねえ曽田くん。曽田くん、ほんとは字が読めるんでしょ?」
「そうだね」
「そこなんで同調ぎみ!?」
「そうだろうか?」
「いや、そうだよ! 曽田くんは字が読めるのに、字を読まない! 曽田くんは、そうなんだよ!」
「そうだね」
……これ、意外と会話できてるかもしれない。いや、できてないだろ。今まで、私は、自分のことをクズの底辺だと思って生きてきたけれど、こいつも、私とは違う種類のヤバさを抱えているようだ。
私のクズさもヤバイが、こいつはもっとヤバい。
日常的に死ねとか思っちゃう私と比べるのは、あまり意味がないかもしれないけれど。でも、そんなヤバい曽田くんだからこそ、同族意識みたいのを感じて、こうして自然におしゃべりができるのだろう。だから、最近、彼と話しをするのが楽しいのだ。
この楽しい気持ちは、たぶん、普通の人には理解できないかもしれないけれど、私自身がわかればそれでいい。そうだろ。曽田くん。
「あのね」
「そうだね」
「曽田くん」
「そうだね」
「話しておきたいことがあるの」
「そうだろ?」
「私達ね」
「そうだなあ」
「最近、お互いの心が離れていってしまったような気がするの」
「そうだね」
「なにを話しても曽田くん上の空だし」
「そうだね」
「なにを訊いても『そうだろうか』しか返してこないし?」
「そうだろうか」
「そうだよ。だから、私達、もう終わりにしよ」
「……そうだね」
彼は、いつものようにそう言った。なにに対して『……そうだね』なのか、そんなことは、わかるはずもなく、その心中は本人にしかわからない。それなのに、今回ばかりは、彼の気持ちがわかった気がした。
彼は神妙な顔つきで『……そうだね』と言った。あの『……そうだね』はきっと、これまでのどんな『そうだね』より、重い『そうだね』だったのだろう。
こうして、私の儚い人間関係は終わった。
『……そうだね』と共に。