腹の底から
しかし彼女は気にしないままで、
むしろ話す内容を
聴かれたくないのか俺の耳に唇を寄せた。
「ねえ柚子ちゃん、田中くんって変だけど……
面白くて、いい人なんだね」
耳から顔を離すと、
彼女は照れ臭そうにえへへとはにかんだ。
それから立花さん、俺、
と歌の順番が交代していき、
彼女が歌い終わると健志へとマイクを手渡していた。
そして昨日握手しようとしてでさえ、
アッパーカットで拒んでしまったものを
今は彼女から近寄れている。
「は、はい田中くん!
これマイク、どうぞ……」
「お、おぉう!
助かるぜ、これがなければぼぉくは…………」
まだぎこちないけれど、確かな成長だ。
そうだ、このまま事が順調に進めばいい。
一巡して再び健志の出番となると、
女子がいるせいか
彼はいっそう張り切り出した。
今度はしっとりしたバラードから一転して、
ネタ系の早口ソングだ。
しかもスマホを片手に挑んでいる。
どうやらこれは替え歌でふざけ倒すらしい。
前奏が始まった瞬間、
俺は腹を抱えて笑いを嚙み殺した。
その時点で彼は替え歌を歌い出し、
一人二役の寸劇を行っていたのだから――。
「っひっひっひっひっひ、
ひぃ~ちょっと健志、それやめっ……ぶっ」
必死に笑いを堪えている
俺が馬鹿らしくなってくるくらい、
神は笑い上戸になっていた。
というよりも、
あいつのせいでせっかく堪えた
笑いが込み上げてきそうなくらいだ。
左隣へと目を向けると
彼女もまた声を上げて笑っていた。
それはいつも見せるような
控えめな笑顔じゃなく、
可笑しくて可笑しくて
――腹の底から笑っているような爆笑だった。
カラオケでの健志は終始ピエロ役に徹し、
場を賑わせていた。
彼の功名かはたまた、
カラオケという特別な密室が
生み出したイリュージョンなのか、
たった半日ばかりで
天宮さんは男子に慣れつつあった。
けれど楽しい時間こそ
体感的に過ぎ去っていくのは大変に速い。
何度か時刻を確認しながら、
あと少し、あともう少し、
と先延ばしにしていっていたら
気付けば日も暮れた十八時だ。
とは言えど、
事前にコースを伝えておいたので
夕食を外で済ませることも
親には伝えてあるから問題はないだろう。




