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「『トラウマなんで』なんて通用しないよ」

「何それ、ちょっとあんた、奏を疑うっての!?」


 柳眉を寄せる彼女の顔付きは、

 子どもが悪事を働いたときに

 説教しようという母親のそれに等しい。


 しかも、机を叩き付けて立ち上がったせいで

 周囲から奇異の目も向けられている。


「いやいやーそういうわけではないけれど、

 もし、心当たりがあるなら教えてほしいなーと。


 こういうことは些細なことでも 

 見逃してはならないだろうし……

 天宮さんの男子に対する咄嗟の暴力ってのは、

 いじめ被害者の後遺症にしては

 些かおかしい気がして、さ」


 と、神はまた意味ありげな微笑を浮かべた。


 どこに向けたとも言えない

 空虚なそれは全知の神だからこそ

 醸すものではないかと思う。


「あんたねー……だったら何だって言うん?」


 しかしそんなことが立花さんに伝わるわけもなく、

 彼女は友人を侮辱されたものとして苛立っていた。


 刺々しい口調を天宮さんが止めるのかと思いきや、

 彼女は彼女でそれどころではないようだった。


「んー俺はね

 〝天宮さんが誰か特定の男子に恨みを抱いている〟

 のじゃないかって考えてるよ。


 それと食事中は座っていようよ」


 何のことはないといった風に神は弁当を食し始める。


 自由人だ……。


 しかしあまりに静まり返りすぎたせいか、

 「まあ自覚的なのか否かは知らないけどね」

 と付け加えた。


 彼は弁当の最後のおかずを飲み込むと

 天宮さんの方に目を向けて、


「それじゃあもう一回試してみよう。


 分かってても無理なものなのか、

 初対面でない男子にも反応してしまうのか」


「試すってどうやって……」


 弱々しく呟いたのは他でもない天宮さんだった。


 何をさせられるか分からない恐怖と

 また同じ事を繰り返すかもしれない

 恐怖の狭間で苦しめられているに違いない。


 しかし神は大したことはないといい、


「立花さんと健志が席替えをすればいい」


 神以外の度肝を抜いた。


「あ、あんたちゃんと話聞いてたん?


 奏は男子が大の苦手で恐怖対象なんやで??」


 今にも掴みかかりそうな

 立花さんを前に神は平然としていた。


「聴いてたし、分かってるよ。


 だからこそじゃん。


 余計に試さなくちゃいけない。


 このまま進んでもいつかは

 ぶつからなくちゃいけない壁だ、

 そのときになって

 『トラウマなんで』なんて通用しないよ。


 ちゃんと検証して分からないと、

 いつになったってそれとは向き合えないからさ……」






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