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ファーストコンタクト

異世界人登場!

 店を出ると、相変わらずの雨のせいか街の人通りもまばらだった。この京という観光街で、これだけ人がまばらなのも珍しい。

 しかし今の京一(けいいち)にはこの空気感がひどく落ち着いた。このまましばらく歩いていようと、京一は武蔵坊(むさしぼう)弁慶(べんけい)(みなもと)義経(よしつね)との出会いで有名な五条大橋を通りかかった。

 その時、目の前に人だかりができており、無数の傘が京一の行く手を遮っているのが目に入った。

「なんだ?」

 敏感に野次馬根性を発動させ、京一がそこへ近づいていくと、徐々にその人だかりの目的が見えてきた。彼らは皆、五条大橋がまたぐ鴨川を見下ろしており、その先には救急車が止まっていた。

 ただ事ではなさそうな雰囲気に、京一がそこを注視すると、五条大橋の下で救急隊らが担架を運んでいた。その怪我人らしき人物を乗せた救急車はサイレンを鳴らしながら向こうへと走り去って行く。

「アンバサダーだって?」

「らしいよ。ほら、あの源義経の人」

「あ~あのちょっとロリコン野郎か。前テレビで見た。絶対この欄干から降りない曲芸師。その人が怪我したの?」

「わかんね。でもSNSではアンバサダー同士の決闘で負けたんじゃないかって」

「え、怖っ……あれ、でもアンバサダーって相手が怪我しないようにできてるんだよね? 結構凄い血が出てたけど」

「さあ。あくまで噂っしょ」

 野次馬たちはそんな会話をしながら、もはやこんなところに要はないといわんばかりに散らばっていく。

 京一は軽く舌打ちをした。



 京一はアンバサダーというものに対して否定的だ。地域活性化のためにコスプレをして注目を集めるのはいいが、その彼らに武器を持たせて戦わせることは納得できない。それは昨日のあの新撰組のアンバサダーの傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な態度を見ていれば、なおさらである。

 あの状況で正義だったのは彼女らの方かもしれないが。

 だがだとしても、行きすぎた力は反発を生む。世間でちやほやされ、対人で無敵の力を持っていれば、誰でも優越感にひたる。他人を見下す。あの蝶璃(ちょうり)という女からはそれがひしひしと感じられた。

「……ん?」

 その時、京一の目の端を、何かが横切った。

 傘を持った人の中、傘もささず五条大橋を走り抜ける白い少女の姿だった。それはあまりにも違和感で、そこだけ別の世界を切り抜いたかのような、そんな劇的な違和感に京一は視線を奪われた。

「あれは……」

 京一はその少女の後を追った。今のは恐らく昨日のホームレスたちと一緒にいた、白髪の少女だ。この後様子でも見に行こうかと思っていたが、しかしこんな大雨の中、傘も差さずに何をしているのだろうか。

 ぴちゃぴちゃと水に濡れた地面を蹴り、京一は少女の背中を捉えた。彼女はとてとてと、頼りなく走り、しかしその歩幅は幼児そのもので京一はあっという間に彼女に追いついた。

「おい」

 そう呼び止めると、少女が立ち止まって京一を振り返った。

 彼女は傘もささず、ずぶ濡れだった。

「あ、けいいちっ!」

 相変わらずの印象的な大きな瞳をくるりとさせて、無邪気に少女は京一を指さした。

 一目に愛らしいと、京一はロリコンではないがそう感じる。

「相変わらず馴れ馴れしいな……ていうかお前傘は?」

「かさ? ないよ」

「無いじゃねえだろ。風邪ひくぞ。ほら」

 京一は自分の持っていた傘に、少女を導いた。少女は少しの躊躇(ちゅうちょ)もなく傘の中へと入ってくる。

「ぐえ~あったか~い」

 そのまま少女は京一の足に抱きついた。震えている。この寒い雨の中、ずっと外にいたのだろうか。まさか昨日の今日で、あの場所を追い出されたのだろうか。いろいろな可能性が京一の頭を錯綜するが、そのどれもが良い可能性ではない。

「お前、家は? どこの誰なんだ? 見た感じ外国人とのハーフとかか? 捨てられたわけでもないだろ?」

「ぐえっ」

「……答える気は一切無い、か」

 やれやれ、とため息をつく。

 少女を見下ろすと、少女の衣服は酷く汚れていた。雨に濡れているだけじゃない。土に汚れ黒ずみ、あれから風呂にすら入っていないのではないか、と思う程に。

 どうしたものか。身元不明のこの少女をどうすればいいか、その答えの一つとしてすぐに浮かんだ家に連れて帰るという選択肢を、しかし京一は即座に切り捨てた。

 間違いなく、家に連れて帰れば家族は少女を歓迎してくれるだろう。彼女の身元が判明するまでの間、何の躊躇(ためら)いもなく彼女を保護してくれるだろう。

 京一の両親は、それほどに優しく暖かい、人の良い人間だ。

 だがしかし、それは京一にとってあまり好ましくない、できればしたくない事だった。

 だからすぐにそんな考えを捨てた。

 じゃあどうするか、警察にでも届けるか。だが昨日のあの出来事を経験しているとそれもどうも(しゃく)にさわるというか、好ましくない方法で、じゃあ結局のところ、あのホームレスたちに預けるのが一番だと思い至った。

「しょうがない、おっちゃんらんとこ行くか……って寝てるし」

 器用な少女を京一はそっと足からはがし、背中に抱えた。少し重いが、あの公園まではそう遠いわけではない。急いで行こう、と京一が歩を進めた――その時だった。


「見つけた」


 背後から声がした。

 その声に京一が振り返ると、そこには一人の女が立っていた。

 しかしその様相が実に珍妙であった。まるで今の雨空をそのまま吸収したかのような、青く透き通った髪。それだけで人を射殺してしまいそうな、鋭い視線。こんな寒い時期だと言うのに肩を露出させていて、下は太ももを大露わにしたホットパンツ。腰には長いマントのようなものが巻かれており、その左腰には、なにやら西洋刀のようなものが携えられている。

 まるでゲームから抜け出てきたかのような、そんな女だった。

 そしてその青い髪の女は傘をさす事もせずにそこに突っ立っているのに、しかし彼女は濡れている様子が一切無い。それが実に奇妙だった。

「何だ? あんたアンバサダーか? の割に日本人には見えないな」

 シャキン――と、京一の質問に答える事無く、その女は腰に備えていた剣を抜き、構えた。実にファンタジックな洋刀に見える。地面についてしまいそうな程長く、その剣に触れた雨粒が弾けるのではなく、すっと切れてしまうような、そんな鋭さが鈍く光っている。

 しかしそれはどう見ても日本のものではない。

 アンバサダーの大前提として、日本における由縁(コネクション)を演じるというものがある。そもそもアンバサダーの意義は、町起こしなのだから、それが当然で必然だ。それ故、アンバサダーの中のほぼ大半は、純和風様式の服装や装備を着用している。それは祝部(ほうり)(かんざし)しかり、蝶璃揚羽(あげは)しかり。

 しかし目の前の女は西洋染みた服装に、西洋ものの武器を所持していた。

 要するに、アンバサダーとしておかしい。そもそもアンバサダーは一般人に喧嘩はふっかけない。それは規則違反だ。下手をすればアンバサダー資格を剥奪(はくだつ)される。

 とも思ったが、だがよくよく考えれば、京一はこの二日間でアンバサダーに二度襲われているのだった。特にクリスマスのあの日、島子(しまね)県のアンバサダー祝部釵に関しては、本当にただの癇癪(かんしゃく)で切りかかってきたのだから、もはや擁護(ようご)の余地もない。そういうアンバサダーもいるのだ、と受け入れるしかない。

 そんな風に京一が思考していると、その正体不明の女は走り出した。京一に向かって。

「お、おい待て!」

 言うも止まらず、女はその鋭い剣を京一の目の前で振り上げた。

 少女を抱えていた京一は何もできず、ぎゅっと目を(つむ)った。だが京一の身体に痛みが走ることはなく、京一の背中、そこで眠っている少女の身体が自分から引き離されていくような感覚があった。京一は反射的に少女の身体を引き戻した。

 どうやら青髪の女は京一の目の前で空振りをしてフェイクを入れ、その隙に背中の少女を奪おうとしたようだった。しかし京一の抵抗により少女を引きはがせず、そのまま後方へ跳ねるように着地した。

 女は京一を睨み付ける。その鋭い視線が酷く美しい。青い髪がきらきらと揺れる。やはり彼女は日本人ではない。明らかな西洋人顔をしている。だからこそ、なおさらアンバサダーとしておかしい。

「お前、誰だ? アンバサダー……じゃ無いみたいだな? ただのコスプレイヤーか? それにしては(たち)が悪――」

「その子を、返せ」

 京一の言葉を聞き遂げる事無く、女はそう言って剣を京一にもう一度振るった。



 雨音が強くなる。ぽたぽた。ぽたぽた。と、京一の顔から赤い液体が水たまりに落ちた。

 京一の頬がざっくりと斬られていた。

 脅しではない。本当に。

「つっ……やっぱりお前、アンバサダーじゃないみたいだな……あれの持つ武器は一応、人を傷つけられないように制御されてるらしいからな」

「さっきから何の話だ。アンバサダー? 私はそんな名ではない」

 女は初めて質問に答えるように言った。

「そんなことよりどうでもいいから、死にたくないならその子を渡せ」

 京一は少女をゆっくりと背中から下ろした。だがそれは女の言う通りに渡すのではなく、自分の後ろ、その家屋の屋根の下に寝かした。雨が当たらないように。

「断る。返して欲しかったら、理由を話せ」

「理由? アライエン共に語る理由など一つも無い」

「アライエン……? はっ、アンバサダーじゃなくてどこの誰かと思ったら、壮大にネジのぶっ飛んだ中二病患者かよ。それにしては度が過ぎるんじゃないか? ……あんたまさか、アンバサダーの真似事、とかじゃないよな?」

 ギロリ、と京一はその時初めて敵意ある眼差しを向けた。

「何をわけの分からないことを」

 女は剣を高く構えたまま、京一に向かってもう一度駆けた。しかし女は京一に届く前に、大きく上へとジャンプした。

 そう。上へと、高く。

「嘘だろ……?」

 大きい。あまりに高く、優に三メートルほど上へと跳ね、大きく京一を飛び越した。そしてくるりと(ひね)りを加えて着地し、彼女は今も眠る白髪の少女の側へと降り立つ。

「ようやく見つけた……ゼノ」

 そう呟いて女がその少女に手を伸ばそうとした時、背後から京一が蹴りを見舞った。しかしその渾身の力を込めた蹴りが、華奢(きゃしゃ)な見た目のその女に、いとも容易(たやす)く止められる。まるでサンドバックにでも蹴りつけたかのように堅かった。

「天泣きし時、雨は降り。天怒りし時、地は震える。座して我らが願いに応えよ――【トラロック】!」

 女が突如そう奇妙な言葉を並べ、最後に叫んだ。するとその時、京一の耳に鳴り響いていた雨音が、ぴたり、と止んだ。世界は静寂に包まれる。

「え……」

 唖然として周囲を見渡すと、京一の周囲の無数の雨粒が、綺麗な球体の状態で宙で止まっていた。まるで時間を止めたかのように。


 あり得ない現象だ。あまりにも不可解で、あまりにも幻想的。

 しかしそんな奇妙な感覚に興じている時間は無かった。その宙に浮いて止まっていた雨水の一粒一粒がユラユラと揺れはじめ、そして一気に加速するようにして動きだし、それらは全て京一に向かって勢い良く飛んで来た。

 威力を何倍にも改造したエアガンの弾を、これでもかと言う程全身に全方向から喰らったかのような感覚が京一を襲い、それはすぐに痛みへと変わる。


「あ、ああぁぁッ!」


 痛い。そう感じた時には、京一はもう地面に横たわっていた。


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