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きもきもい~

 京一(けいいち)が段ボールハウスの外に出ると、そこは先程まで賑やかにバーベキューを行っていたホームレスたちの他に、三人、別の人間が立っていた。

 彼女らの歳は京一とそう変わらないように見える。だがその服装が変わっている。時代を感じさせる袴衣装に、その上半身には青と白の羽織を着用している。

 それはそう、誰もが一度は目にした事のある歴史上の集団――新撰組(しんせんぐみ)である。

 そんな一見コスプレをしているような少女らが、しかし冗談とは言えぬ鋭い視線でホームレスたちを睨んでいた。

「何者かと訊かれれば、新撰組が一人、斎藤一のアンバサダー、蝶璃(ちょうり)揚羽(あげは)です。以後お見知りおきを」

 アンバサダーという単語に、やはりそうかと京一は舌打ちをする。

 彼女らは新撰組のアンバサダーであり、その由縁(コネクション)と同じく、この京斗という町を守る警察染みた事を生業としている。アンバサダーはアンバサダーらしく、というモットーに乗っ取り、彼女らは新撰組のアンバサダーとして、毎日この京の街を練り歩いては自衛活動を行っている。

 京一も新撰組の噂は聞いていた。主に京斗の街の治安維持に貢献する有益者として。

 だがこの状況はマズイ。彼女ら正義にとって、ホームレスたち無法者は、悪でしかないのだから。

 それにしてもどうしてこんな町外れまで来たのだろうか。

「以前から噂には聞いていましたが、本当にこんな所に肥だめがあったとは。臭い臭い」

 蝶璃と名乗ったその気の強そうな女は羽織で鼻の辺りを抑えるように冷ややかに言った。

「しかも悪びれもせず火を焚いて焼き肉など……どんな育ち方をすればここまで傲慢に育つのやら。ああ、そうか。育て方に失敗したから、こんな所にいるんでしたね」

 くすくす、と彼女が笑うと、後ろにいた新撰組の隊員であろう少女たちも笑った。

「なんだと……」

「やめとけ」

 苛立ちを抑えきれず京一が一歩前に出ると、しかしタイショウが小声でそう制した。その太く分厚い腕に、体がせき止められる。

「どうしてだよ?」

「いいから。黙っててくれ」

「何です? そこの人たち、何か文句でも?」

 あざとくそれを見ていた蝶璃が、京一らを睨み付けた。己が苛立ちを隠そうともせず、京一は鋭く睨み返す。

「よく見れば、貴方は学生、かしら。まさかその歳でホームレスなんてわけでも無いでしょうし……ま、どちらにせよ(ろく)でもない人間であることには違いない」

 言い返すことのできない周囲は、先程までの宴の様子もどこへやら、しんみりと顔を落として沈み込んでいた。

 確かに彼女の言う事は正しい。ホームレスは決して誉められた存在ではないだろう。彼女たち治安維持を目的とする団体が、その街の汚点を見つけそれを処理しようとしていることはむしろ社会的に誉められるべき事だろう。それが彼女らアンバサダーの存在意義でもある。

 紛れもなく、彼女たちが正義だ。

 だがしかし、気に食わない。その子供染みた感情に、京一はタイショウの制止を振り切り、蝶璃に歩み寄った。歩み寄って何をしようと思ったわけでもなく、ただ苛立ちが彼の身体を突き動かしただけだった。

 すると数メートルまで迫った京一に向かって、蝶璃が腰に据えていた脇差しを素早く抜刀し、京一に向けた。京一はそれを見て足を止める。

「斎藤一が愛した刀、かの池田屋事件でも活躍した業物、【鬼神丸国重(きじんまるくにしげ)】。その味、教えてあげましょうか?」

 鋭く光る刀身。その特徴である大乱れの刃文が美しく光を放っている。新撰組三番隊組長・斎藤一が実際に帯刀していた愛刀そのものを前に、京一はそこから足が進まない。

 例えそれが明らかな模造刀、そして人を切る事ができない代物だとしても、触れるだけで切れてしまいそうなその見事な刀に、恐れを隠しきれない。

「アンバサダーが一般市民に攻撃するのは、ルール違反だろ?」

「相手が公序良俗に反する者の場合、その限りではない。警官が一般市民を暴行するのは問題でも、秩序を乱す犯罪者を()らしめることは正義ではなくて?」

「誰が犯罪者だよ」

「貴方たちに決まっているでしょう。もしかして、公有地を無断で占有し地域住民に不安を与えている事が、正義だとでも? 貴方たちに教育を施した人間は万死に値するわ」

「昼間は迷惑にならないようにしてるし、ここに住み着いてることも、地域住民の人たちは許容してくれてる。こっちだってせめてもの礼として、公園の清掃を積極的にしてる」

「犯罪者の美談ね。そんなことではいそうですかと許していたら、この街は無法地帯となる。地域住民の方が許容している? 皆が持ってるから買って欲しいという子供と同じ発想ね。貴方たちの目に映るのがそういった人物ばかりなのであって、見えないところで不満を訴えている人は多くいる。だからこそ、こうして私たちに話が回ってきたのですから」

「じゃあどうしろって言うんだよ。この人たちだって苦労してんだ! こんな人たちにどこに行けって言うつもりだよ!」

「知らないわ。ゴキブリは見つかれば駆除されるだけ。駆除されれば、また別のどこかで住処(すみか)を探すしかない。醜く、汚らしく、誰もに疎まれながら、死ぬまで逃げ続ける……それが貴方たち」

 京一は我慢ならず、蝶璃の刀を掴んだ。もちろん【ユビキタススーツ】で生成された模造刀なため、指が切れることはない。

 ――が、蝶璃は掴まれていた刀を回転させて京一の手を振り剥がし、その刀で京一の脇腹あたりを思い切り打ち付けた。切れないとはいえ、昨日祝部(ほうり)に受けた箇所をもう一度攻撃されたことで痛烈な痛みが京一を襲い、地面に倒れ込む。

「いっ……て……」

「まさか、アンバサダーがただ衣装を身に(まと)っているコスプレ集団だとでも思いましたか? 私たちは私たちなりに、役になりきる努力をしているんです。貴方たちクズとは違う」

 京一を冷たく見下し、蝶璃は言葉を吐く。その一言一言が、京一の癪に障った。

「お前――」

 そう、京一が再び立ちあがって殴り掛かろうとした瞬間だった。


「ぐえ~うるさい~」


 あの白髪の少女が、段ボールハウスの中から目をこすりながら出てきた。この状況に酷くミスマッチで、ミステイクなその存在に、場の空気ががらりと変わる。

「……あの子は、何かしら」

 じろり、と疑いある目で蝶璃は京一を睨み下ろす。京一はなんとも言えないという風に、視線を下へと逃がした。

「まさか、街の風紀を乱すだけでなく、あろうことか子供をさらったのですか?」

「ち、違う! この子は、その……」

 反発するようにタイショウがそう叫んで、少女を守るように抱き抱えて抗議の言葉を発す。だが右も左もわからないか弱い少女を警察にも届けず(かくま)っていたというこの状況に、何の言い訳の言葉も浮かばない。蝶璃相手に、お涙頂戴の綺麗事は通用しない。

「ここにいる誰かの子というわけでもなさそうですし、こんな時間にこんな幼い子をホームレスに預ける親なんてもっと考えられない……」

「ちょっと待ってくれ! この子は――」

 チャキリ、と蝶璃は自慢の愛刀である【鬼神丸国重(きじんまるくにしげ)】を水平に持ち上げて威嚇するようにその切っ先を向けた。

「何にせよ、その子はこちらで預かりましょう。例えここにいる誰かの子供だという可能性があろうとも、しかしこんなところにいるよりよっぽど幸せな人生が待っています」

 蝶璃は抱き抱えられる少女に向かって歩きだした。

「ま、待て言うとるやろ!」

 ぐわっと、まるで熊のように、ホームレスの一人が横から蝶璃に襲いかかった。だがそれを蝶璃は華麗にかわしながら、確実にその愛刀で反撃する。

「くそっ!」

 それを皮切りに、次から次へと、子供への道を阻む親熊のように、大柄な男達が蝶璃に襲いかかったが、そのどれをも蝶璃は巧みな刀さばきで地面へと叩き伏した。

 そしてその歩を一切留めることなく、少女の元へと近づいていく。

 すると少女を抱えていたタイショウが少女を地面に下ろし、そして何かを決意したように蝶璃の前に仁王立ちした。ここに来る以前は、建造物の爆破解体作業の現場仕事をしていたという彼らしいたくましい腕を存分に見せつけ、そしてあからさまな敵意を、その目に宿す。見ているだけで恐れおののいてしまいそうなくらいに。

「俺らは確かに社会のゴミや。クズかもしれん。でもな、自分を頼りにしてくれる子供をおいそれと赤の他人に引き渡せる程、人情腐っちゃおらん。例えこれがルールに(そむ)く行為やとしても、俺は守りたいもんは守らせてもらう。家や家族は捨ててもうても、人間の心だけは捨てたらしまいや!」

 ブオン、と音がしたかと錯覚するほどに勢いよく振るわれた拳は、蝶璃を捕らえた。が、しかし蝶璃は刀の腹で彼の拳を、衝撃を吸収するようにして受け止めた。それに驚くでもなく、二撃三撃と、拳が振るわれる。

 しかし、その猛攻を焦ることなく防ぎ続けていた蝶璃が、不敵に笑った。

「心……? 残念ですけど、貴方たちはもとより捨てるべき心など持っていません。勘違いしないでください。この、ゴキブリがッ!」

 ズンッ、とタイショウの身体が上に跳ねた。蝶璃が刀の峰で思い切り溝を打ったのだ。巨躯の男はたったその一撃でうめき声を上げ、地面へと崩れ落ちた。

 その男に一瞥もくれてやること無く蝶璃は立ち尽くす少女へと近づいていき、らしくない優しい笑顔を少女に向けた。

「ほら、こっちへおいで。寒いでしょう、暖かい部屋で美味しいものでも食べよう」

 本当にらしくない、京一からすれば見たくなかった彼女の優しい一面に、なぎ倒された男達は言葉が出なかった。確かに自分達がいくら親面をしたところで、この少女を幸せにはできないのだから。どう見ても彼女たちが正しくて、自分達が過ちなのだから。

 しかし――


「ぐえっ。なんだこいつ。変なカッコ。きもきもい~!」


 少女がそう、とてつもない言葉を吐いた。その顔はとても不快そうで、まるで汚物でも見るかのようだった。あまりに状況にそぐわぬ不意の言葉に、蝶璃は笑顔を引きつらせていた。

 少女はそのまま蝶璃を遠巻きに見るようにしながら、とてとてとおぼつかない足取りで京一に近づき、京一の足にしがみついた。

 まるで親にしがみつく子のように。

 まるで兄を頼りにする、妹のように。

「……る、類は友を呼ぶと言いますか、その子はその子で、こんな小汚い場所に居座っていた理由があるのでしょうね」

 無理矢理笑いながら、蝶璃はそう言い捨てる。それはどこかマヌケで可愛らしい。

「何だよ。負け惜しみか? 子供ってのは正直な生き物なんだ。純粋にどっちが悪者染みてるか、直感で判断してるんだよ。な?」

「けいいちの方が悪そうっ」

「……空気読めよ」

 ちらりと蝶璃を見ると、蝶璃は勝ち誇ったように顔をにやつかせた。

「とにもかくにも、私たちの仕事はこうした不穏分子を排除、いいえ、駆除することです。ここを去りなさい。それが嫌ならば、力尽くで駆除するまでです」

 きらりと刀がきらめく。それが冗談でも誇張でもない事は、もう既によくわかった。

 京一はどうしようも無いこの状況に、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 その瞬間、京一に向かってきていた蝶璃の横から、何かが飛んで来た。それはドラム缶。ホームレスらが中に火を焚いて使っていたその錆びたドラム缶が飛んで来たのだ。それを蝶璃は身体の側面で思い切りくらい、吹き飛んだ。

「ッ! ……おのれっ!」

 汚れたそれをぶつけられた蝶璃は、涼しげな顔を怒りに染めて投げたホームレスらを睨み付けた。その凄まじさに、ホームレスらは情けなく後ずさりをする。

「こそこそと害虫のように鬱陶(うっとう)しく存在するだけでなく、こちらに抵抗してくるなんて……腹が立つ腹が立つ腹が立つッ!」

 そう言って蝶璃はその刀を垂直に掲げた。

「ちょ、蝶璃さま!」

 その時、ずっと傍観していた同じ新撰組のアンバサダーの隊員たちが、そう声を上げる。

「何です」

 そう言った後、蝶璃は何か焦げた臭いがしてくることに気がつき、足下を見た。彼女の自慢の衣装である群青色の袴の裾が、メラメラと燃えている。どうやら先程投げられたドラム缶の中にあった火のついた炭が飛び出て、彼女の袴に燃え移ったようだった。

「あ、熱っ」

 蝶璃は女の子らしく可愛らしい声色でそう言って、慌てて自分の裾の辺りを手で払ったが、しかし火は消えず、仲間の二人が慌てて近寄って、その象徴である青い羽織を使って火を必死に消していた。

 ようやく鎮火したのか、座り込んでいた蝶璃がおもむろに立ちあがり、

「ゆ、許せませんね……アンバサダーの魂である衣服を燃やすなど、言語道断! ここにいる犯罪者は皆、この蝶璃揚羽の名において、粛正します!」

 そう勇んで立ちあがったが、しかしその蝶璃を見て側近の女達は顔を両手で押さえ、京一を含め男達は彼女に釘付けとなった。

 彼女の新撰組の衣服が消滅し、白の【ユビキタススーツ】へと戻ったのだ。高熱によるエラーが起きたのだろう。見た目がスーツとはいえ、機械だ。無理もない。

 ボディースーツといえば聞こえはいいが、それは身体のラインを綺麗に無駄なく表した下着のようなものである。それで人前に立つのにはいささか恥じらいが必要で。

 要するに、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 しかも、燃えた一部が【ユビキタススーツ】にも反映され、彼女の股間部分に丸く穴が開き、下着のV字ラインまで大露わになっていた。

 見た目はとんでも変態である。

 場は唖然とし、蝶璃は見る見るうちに顔を赤く染めていく。

 どれだけ強がっていても、彼女もやはり女の子なのだ。

 蝶璃は慌てて身体を隠すようにしゃがみ込み、涙目で京一らを睨み付けた。京一は見ていませんよと言った風に視線を逸らしたが、どうやらそれは意味がなかったようだ。

「こ、これは最後通告です! 次、ここにいるのを見かければ、実力行使で貴方たちを排除しますから! 嫌ならさっさと出て行きなさい! わかったわね!」

「……えーと。あーはい」

 とりあえず、京一はそう返事をしておいた。

 今更そんな女の子っぽく言われてもと思ったが、思いのほか可愛かったし、なによりあんな必死に恥ずかしいのを隠そうとする蝶璃に同情した。

 そのまま蝶璃は仲間の女性らに連れられるようにその場を後にし、賑やかだった公園は夜の静けさを取り戻した。

「何か、ラッキーだったな」

 京一が言うと、しかしタイショウは堅い表情を崩さず、

「つっても、問題が解決したわけじゃねえ」

「ま、そうだけど……」

 京一はそう答えて、足下にしがみついたままの少女を見下ろした。

 随分静かだなぁと思っていたら、いつの間にか、少女は京一の脚にしがみつきながら眠っていたようだった。気持ちよさそうに、鼻ちょうちんを携えている。

 そんな無垢な少女の寝顔を見つめつつ、

「というかこいつは、本当になんなんだ?」

 ただそれだけが疑問として残ったのだった。

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