異世界へ……?
プロローグです!!!!です!!!!
1月1日。元旦。
新年明けましておめでとう――――と、誰もがえんやわんやとお祭り騒ぎをするこの日。京斗の街は新年を迎えた喜びに、街中を煌びやかに彩っていた。老若男女、その誰もが笑顔をこぼし、街を練り歩いていた。
だがその街の中心から少し東に外れた一角に、この祝うべき日に相応しくない黒く塗りつぶされた場所があった。それは白く四角い建物で、正面にはメモリアルホールと施されている。そしてその下、正面入り口の脇には『十院家』と大きく書かれた立看板が置いてある。
そこには黒い服を着た人々がぞろぞろと集まり、周囲は重苦しい空気に染まっていた。誰もが下を向き、誰も笑ってなどいなかった。
「これで良かったのか?」
その様子を、少し離れた建物の屋根から見つめる三人の人物がいた。その青い髪の女は、冷たい凍るような目つきでそう、隣にいた少年に声をかけた。
「こうしないと、皆に迷惑をかけちまうからな……これでいいんだ」
その少年――十院京一は、言葉とは裏腹に、少し寂しげな表情でそう言った。彼の視線の先では、彼自身の通夜が行われていた。そこに集まっている人々はみな、京一の良く知る人物たちだ。
「けいいち、何でみんな泣いてるの?」
京一の横でちょこんと座りこんでいる少女が尋ねた。少女は京一の服をつまみながら、らしくない大人しい様子で座っている。無知な少女にも、今目の前で行われている事がどんな事か、雰囲気は伝わっているようだった。
「なんでだろうな……こんな馬鹿一人死んだくらいで」
京一は目を細めた。人だかりの中には京一のクラスメイトや担任の教師らもいた。
視線をずらせば、あの祝部釵までが、制服を着用してそこにいた。死を偽装するために利用した彼女は、今まで見た事もないような落ち込んだ表情で顔を落としている。
「なんつー顔してんだよ……似合わない」
京一は何かを誤魔化すように無理矢理そう言って笑った。
偽装とはいえ、まだ十代半ばの女の子に自分の死を見せつけたことに、後悔は残る。彼女にとってトラウマになってしまう可能性もなくはない。ただそれだけが気がかりだ。
来賓の中に、大柄な無精髭の男を見つけた。それは京一が世話になったホームレスの男、タイショウだった。彼は着慣れないスーツを着用し、らしくない暗い面持ちをしていた。
そして京一の両親も見える。義母はすすり泣くように下を向き、父はそんな母を支えながら、来賓らに一回一回頭を下げていた。
大丈夫だと高をくくっていたのに、胸がじわりと締め付けられる。
「家族にとってさ。俺は枷でしかなかったんだよ」
京一は一人、そう語りだした。
「俺がいなかったら、きっとあの人達は幸せになってた。新しく子供が生まれて、その子と三人、仲良く暮らしていけてた……そしてこれから生まれてくる家族の名前なんて考えながら、にこにこと楽しそうに生活してたはずなんだよ」
「……子供が、生まれるのか?」
こくり、と京一は頷く。
「お腹の中に子供がいるみたいだ。俺のせいで新しい子供を作るのを躊躇ってたみたいだけどな、やっと踏ん切ったみたいだ」
京一は母のお腹に目をやった。まだ目を見張る程大きくはなっていないが、確かにそこに新しい命がある。京一の妹か弟かがそこにいる。
彼女が大晦日のイベントに着いてこられなかったのは、それが理由だ。以前の事もあり、両親は妊娠ということにかなり慎重になっている。
ウェズデムもまた、それに気付いていたのだろう。だからこそ、京一を脅した。あれは両親を殺すという脅し以上に、再び生まれ来る家族を殺すぞ、という京一にとって一番効く脅しを選択したのだ。抜け目ない。
「そろそろ行こうぜ」
京一は踏ん切りをつけるように立ちあがり、背中を向けた。
「約束通り、助けてくれた代わりに、キリカと一緒に俺はあんたの世界、アインヴェルトとやらに移住する。それでいいんだろ?」
そう。それは京一がブラウに協力してもらうために出した条件。
京一は死ぬ死なないに関わらず、この世界を去る決まりだったのだ。ブラウは彼女の探し人であるゼノを自分の世界に連れて帰りたい。でもヒロインという概念である少女は、不思議な力に守られているため、おそらく自分の世界に強引に連れ帰ろうとしても不可能。
ならば、主人公である京一とセットで、移住するという形を取ろうと考えた。そうすれば、ゼノを自分達の世界に連れ戻すことができる。それはブラウなりに思案した末に導き出した答えだった。
だが――
「あの約束はもういい。反故にする」
「え? いいのか? こいつを自分の世界に連れて帰りたいんじゃなかったのか?」
「私も頑としてそう思っていたが、だがこうしてしばらく接してみて分かったことがある。この子は、ゼノじゃない」
ブラウはきょとんと見上げるキリカの頭を、優しく撫でた。
「キリカだ。な?」
「うんっ」
普段見せない優しそうな表情でキリカを撫でるブラウを、京一は物珍しそうな目で見つめた。
「私にヒロインだ何だという仕組みはよくわからないが、でもこの子は多分ゼノじゃない。それは理解できた。だから私はこの子の意志を蔑ろにしてまで、自分の世界に連れ戻りたいとは思わない。連れ帰っても、もはやあの日々は戻ってこないのだから」
「……そうか」
「それに貴様の言ったとおり、私もこの子が物語を呼び寄せているんじゃなくて、何か物語が起こるべき場所に引き寄せられてきているんだと思う。だからきっと、この子がこの世界で貴様の隣にいるべき理由がある。ということは、無理矢理私の世界に連れ戻っても、きっと運命はこの子をこの世界に引き戻す……それじゃあ意味がない。だから、様子を見ることにするよ」
「様子?」
「そう。これも貴様の言う通り、私たちはこの子に関して何もわかってはいない。ならば、この子がゼノとしての意識と記憶を取り戻すことだって、充分にあり得る。あの時、貴様のピンチにこの子が呼び寄せた私の世界の神オーディン……あれは不動の神として有名だ。聖域から出ては来ない。だがしかし、神は聖域から出て、自らの意志でこの世界までわざわざ出てきた。そして貴様を、いやおそらくキリカを助けてくれたのだ。キリカがまだゼノだったころ、この子は不思議と自然に愛される子だった。そして神々をも虜にし、この子のおかげで私たちは神々と会話し、そして和解する事ができたといっても過言ではない」
「じゃあその神様ってのが、キリカをゼノとして助けに来たっていうのか?」
「……わからない。でも神々はこの子とまだ繋がっている。私と同じようにゼノと間違えているのか、もしくわ全てを超越している神には、キリカもゼノも同じだと理解しているのか……私はその辺りを神々に聞いてこようと思う」
「そんな簡単に聞けるもんなのか?」
ブラウは首を横に振った。
「再び果てしない旅となるだろう。神々と私たちを繋ぐ存在であったゼノがいない以上、さらに過酷な旅となる。神の御許へ辿り着いても、会ってくれるかどうかさえわからん。だが私はまずそうして確信を得なければならないんだと思う。この子がゼノなのか、何なのか……おそらく神なら、知っている。それを確認しないことに、私は勝手なことはできない。そう思う」
ブラウは名残惜しそうにキリカから手を離し、自分の目の前に手を捧げた。すると空間が歪み始め、彼女の世界アインヴェルトへの扉が開かれる。
「そういう事だ。とりあえずは、貴様にその子を預けておく」
「ちょ、ちょっと待てよ! 俺はあんたの世界に行けると思ってあてにしてたのに、じゃあ俺はどうするんだよ? 家もなけりゃ、もう戸籍もないっつうの!」
慌てて京一はキリカを抱き上げてそう言った。しかしブラウは異世界への扉へ片足を突っ込みながら、
「貴様は主人公なんだろう? だったらどうせ、どうにかなるさ。じゃあな」
と、何の躊躇いもなく、ブラウは異世界へと戻っていった。
異世界への扉は消え失せ、もはや正面にはたくさんの屋根が広がっているだけだった。
「嘘だろ……結構楽しみにしてたのになあ……異世界」
「ぐえっ」
「いつ行けるんだろ」
「はらへった」
「はぁ~~~」
幼子と二人。残された京一は大きくため息をついた。




