舞台裏
このあたりのギミックをもう少し練りたい。。。
清水の舞台に容赦無く降り落ちた氷の矢が、まるで炎を近付けられたかのように一瞬にして溶けていった。その下にはウェズデムが横たわっていた。
「【ユングフラウ】……生を持たぬものだけを切るという剣。そうか。そんな反則があったんだな……野蛮な世界め、憎たらしい」
ウェズデムは低く唸るようにそう言って上半身を起こした。だがその様子は既に満身創痍で、鎧もこれまでの輝きを失っている。さらけ出された腕からは、確かな赤い血が流れていた。
「よもや、裏切られていたのが私の方だったとは……それでいいのか、野蛮人」
「私にとってどちらが有用か、そう考えた結果だ。そして京一は私の示した条件を飲んでくれた」
「いつだ。いつの間にお前達は示し合わせていた。私は常に十院京一を監視していたが、そんな動きはなかったはずだ」
「気づかなかったか? あの時、スタジアムで十院京一の隣に私はいたんだ」
「……何?」
「十院京一が貴様に監視されていることには気づいていた。だからこそ、あの何万人もの人間でごった返すスタジアムで、一瞬の暗闇に乗じて私から接触した」
「そこで聞いたんだ、あんたの計画を」
京一はブラウのセリフを引き継ぐように言った。
「野蛮人め。恥じらいもなく、鼻から裏切るつもりだったか」
「ふんっ。あの墓場で話を持ちかけられた時から、貴様の言う通りにするつもりなんて毛頭なかったさ。私としては、逆手をとって貴様を逆に殺してやろうというつもりで打ち明かしたのだが……」
○
京斗のアンバサダーとして活動するアイドルユニット『八ツハシ』のオープニングセレモニーで盛り上がる中、このスタジアムを本拠地とするサッカーチームのロゴが入ったキャップを目深に被ったブラウが、京一の背後に座って話しかけていた。
彼女の口から打ち明かされたのは、ウェズデムが自分を追い詰め、身の回りの人間を人質に京一に自殺を促すこと。そしてさらには、それが失敗した際の後詰策として、仲間を装ったブラウが京一を殺害するという計画だった。
ブラウとしてはこの計画の裏をかき、逆にあの鼻持ちならない機械男の面を暴いてやろうという腹づもりだった。
だからそんな考えを持っていたブラウにとって、京一から帰ってきた返答には酷く驚かされるものだった。
「俺を殺してくれ」
京一は迷いない声音でそうはっきりと言った。
ブラウの位置からは京一の顔は見えない。見えるのは、わけのわからない衣装で不自然に緑に艶めく芝生の上で踊る八人組の女子と、それを嬉々として見つめるキリカだけだ。
「どういう意味だ」
京一の本心を掴み損ね、尋ねる。
「昨日ずっと考えてたけど、俺の頭じゃ、今の状況を解決する方法なんて見つからなかった。きっと多分、俺がその答えを見つけるためには、もっといろんなこと知って、経験して、失敗しなくちゃいけない。でもそんな時間は残されてない」
「だからあの男を殺せばいい。そうすれば貴様の命を狙うものは――」
「いなくなると思うか?」
気づいたと同時に京一に指摘され、ブラウは言葉に詰まった。
「本当に俺が主人公なんだったら、きっとまた誰かが襲ってくる。次から次へと、インフレ起こした馬鹿どもが俺を殺しにくる。そして、その度に周りの誰かが犠牲になる」
京一の友人も。
無関係な周囲の人間も。
そして、両親も。
「それは、嫌だ。俺がどれだけ痛い思いしたっていいけど、周りの人たちには関係がない。主人公や物語なんて、関係ないんだ。その当たり前の生活を、幸せを奪う権利は俺にはない」
「だから、死んで諦めるのか?」
「諦めない」
「……矛盾してるぞ」
「俺が災害の火種になっているなら、俺がみんなのところから去ればいい。ただ物理的に離れるだけじゃない。俺を死んだと認識させて、十院京一がこの世からいないものになってしまえばいいんじゃないか」
そう考えついたのだと、京一は言った。
「死を偽装する、そういうことか」
「そう」
「……なるほど。私の【ユングフラウ】があればそれは可能だろう。あとは、その死を見届け、証言する存在が必要だが……」
すると京一が、すっと指を真っ直ぐにさした。その先には、競技が始まると同時、選手入場をしてきた赤いミニ袴を揺らす美少女がいた。
彼女の名は知らないが、こちらの世界に来て何度か、特に十院京一の周囲で見かけたことがある。
「迷惑かけちまうけど、あいつがちょうどいい。俺のことを知ってて、発言にも信憑性がある。それに、あいつなら多少巻き込んでも簡単に死にやしないだろうしな」
「本当に、いいのか。それで」
京一の覚悟を確かめるように尋ねると、京一はすっと黙り込んで沈黙を作りだした。
何かを考えるように、躊躇うように。
そうして京一はゆっくりと口を開いた。
「俺さ、ずっと考えてたんだよな。この2年間。自分の居場所はどこなのかって」
「居場所……? 実母が無くなり、義理の母が家に来たからか?」
「そう。今更、俺なんて……って子供じみた拗ね方はしないけどさ。でも、何年経っても俺はあの家に居場所を見つけられなかった。落ち着かないっていうか、なんか自分の存在が場違いな気がして座りが悪い」
「……」
彼の珍しく神妙な様子にブラウは黙りこんだ。
彼女にもその気持ちが少しだけわかった。ブラウが騎士団に入りたての頃、まだ周囲を毛嫌いし孤独を謳歌していた頃、上手くいかないチームとの関係に、そこが自分の居場所でない気がした。
世界は違えど、その感覚はなんとなくだがわかった。
「きっとさ、あそこは俺の居場所じゃないんだよ。親に気を遣わせるなんて、子供のすることじゃない。でも、俺にはどうしようも答えが見つからない」
どうすれば家族として一つになれるのか。その答えが見つからない。
いや、答えなんてないのかもしれない。
そんな考えがぐるぐるぐるぐると京一の中では廻っては消え、廻っては消え。
「……とはいえ、死を選ぶのか? それが正解だとは思えないが」
「少なくとも、ここにいて迷惑をかけ続けるよりは、正解だよ」
鼻で笑って言った少年に、ブラウはこれ以上踏み込んでしまうことは野暮だと考えた。
まだ十幾つの少年が、死を、それが偽りであったとしても、覚悟したのだ。
そこにケチをつけるべきではない。
これまで小さく見えていた京一の背中が、初めて大きく見えた。
ブラウはそれ以上は何を言うこともはばかられ、ただ少年の思うがままにさせてやろうと思った。
そしてそれをどんなことがあっても手助けしてやるのだと、そう決意した。




