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創造の力

 清水の舞台に、幾人(いくにん)ものアンバサダーが横たわっていた。

どれもこれもテレビや雑誌で見たことのあるような有名なアンバサダー達で、実力も折り紙付きの京斗(きょうと)の誇る有名人たちだ。

 だがその全てが、打ち倒されていた。清水の舞台に立つ、二人の人間によって。

「アンバサダーか。滑稽だが、実に興味深い」

 ごきごきと首を鳴らしながら、ウェズデムは呟いた。

「なんなんだ、こいつらは……気持ちの悪い」

 ブラウは光剣リーヒットを腰に携え直し、そう吐いた。

「この世界の遊びだよ。幼稚な戦争ごっこだ」

「戦争ごっこ?」

「アンバサダー。つまりは観光大使の意味合いを持つ彼らは、自分の生まれた土地を一つのテリトリーとし、そこで芽生えた世に押し出したい文化や人物、土地遺産など、彼らはこれらをまとめて由縁(コネクション)と呼ぶが、その由縁(コネクション)を模した服装を(まと)って、他のテリトリーの人間と戦うのさ。そうして過去実際にあった天下統一の戦を再現しているのだ。あくまで地元の宣伝活動と称してね。暴力的なサブカルチャーに毒されたこの国の若者たちは、それをあろうことが受け入れ、それに熱狂した」

「……意味が分からない」

 ブラウは酷く不快そうに顔を歪めた。

「そう。この世界は私たちの理解できぬもので溢れている。だがしかし現実だ。そうして疑似戦争を楽しみ、自分の気に入った戦士、つまりアンバサダーに入れ込み、その宣伝する土地に行ったり、関連する商品を買ったりすることで、地域の活性化が促せるわけだ。ある意味、かなり頭の良い作戦とも言える」

「そうなのか?」

「ああ。そしてこれこそが、この世界の力なのだろうと私は考える」

「どういう意味だ?」

 ウェズデムは考えをまとめるようにしばし考えたあと、口を開いた。

「私の経験からすると、全ての異世界には個々に研ぎ澄まされた何かがある。そしてそれを力として利用しているわけだ。例えば私のいた世界であれば、高度な科学技術を利用した文明を築き、それ故、ありとあらゆる神仏の一切を殺してきた。そのため私の世界に神だの精神だのと言った概念は死滅し残されてはいない。宗教もごく一部の異端者を除けば、誰も信じてなどいない。全ては論理的に説明ができ、全ては人類で事を成さねばならないと理解している。言い換えれば、神が何も助けてくれない事を知っている。私たちの世界はそれを理解するに足る経験を充分にしてきた。おかげで私の世界は人類が途絶える寸前までいった……それはさておき、言うなれば、私の世界の力は“知識の力”と言える」

「知識の力?」

「そうだ。そして君のいたアインヴェルトでは、私の世界とは真逆に、一切の機械文明を拒絶し、神や自然などをまつり上げる精神文明を発達させてきた。それ故、自然の力を巧みに操り、自分の物とする術を磨くことができたわけだ。これをここでは“信仰の力”とする。私は、知識の粋を集め知者の極みとも言える隙の無い最強の鎧【ノーフェイス】を完成させ、こうして戦いに利用している。これが知識の力だ。一方君は、己の精神を研ぎ澄まし、自然に、神に力を借りる、言い換えれば共存するという形で天変地異を操る程の凄まじい力を手にしている。これが信仰の力だな。私たちは互いに、各々の力を存分に引き出しているではないか」

「……じゃあこの世界は何の力なんだ?」

 当然のようにブラウはそう尋ねた。それに対し、ウェズデムは再び思考するように言葉を止めた。天才の彼にも、容易(たやす)く断定のできないことなのだろう。

「それはもう少し調べてみないことには断定はできんが、この世界は私の世界と君の世界との中間のような、かなり特殊な世界観を所持しているように思える」

「中間?」

「つまり、機械文明でもあり、精神文明でもある。その両方を含有した、言わば中途半端な世界だ」

 ウェズデムがこめかみの辺りに触れると瞳から、宙に様々な映像をエアスクリーンで映しだす。それは彼が集めたこの世界の情報だ。

「中途半端故、機械的にも、精神的にも、飛び抜けたものを何も持たない世界となったんだろう。しかしその中途半端さが、別の力を生み出したのさ。それが、“創造の力”だ」

「創造……?」

「そう。君の世界はありとあらゆる物をありのまま受け入れるのを美徳とする。私のいた世界では、ありとあらゆる物を研究し、何か別の物に昇華させることを美徳とする。しかしこの世界は、その両方の価値観を持っているため、そのどちらでもない、どちらともつかない価値観が人間の中に芽生えたのだ。それが妄想、言い換えれば創造力ということになる。君も見てきたろう。神社や偶像崇拝もその一つと言える。君の世界がそこにあるものを神と崇めるのに対し、この世界ではどこにも無いものを神とし崇める。奇妙な感覚だ」

「……確かに。神という言葉の持つ意味そのものが違うように感じる」

「この寺という場所もそうだ。ここには彼らの崇める神のようなものがまつられているが、それは何でもない、ただの木でできた像だ。彼らはこんな何の価値も形もない偶像に価値を見いだし心底陶酔し、全てをゆだねている。そしてこのような偶像をまつる文化が、世界中に存在する。しかしそのどれもが、実際に存在しえない空想の存在だ。彼らはその全てを妄想し、創造した。何よりおそろしいのが、その創造が形となり、明確な力に変わっていることだ」

「それがアンバサダーか」

 こくり、とウェズデムは頷いて見せた。

「元々は私の開発したシステムのせいだがね。だがその知識の力と彼らの創造の力が融合し、このような馬鹿げた遊びを生み出した」

「だが弱い」

「野蛮人め。力だけが能ではないだろう」

 言われてブラウは少しむっとした表情を見せる。

「彼らの創造の力は戦闘というものに特化されていない。むしろ戦闘能力はおまけ程度で、その他の部分に優れている。それは(ひとえ)にこの世界が非常にバランスの良い平和の保たれた世界だからだろう。戦うことを第一義に考えなくていいのだ。それ故馬鹿げた方向へと突き進んでいる。端的に言えば、彼らは無を有に変えるのだ。それこそが創造の力の真髄と言えよう。無から有を描き出すなど、科学者の私としては決して肯定できない話だがね。しかしここは人の理解の及ばぬ異世界だ。さっさと扉を閉じて無かったことにさせてもらおう」

 もう一度こめかみの辺りをこづくと、ウェズデムが展開させていた数多の映像情報が、瞬時に収納されるようにして消え去った。

 そして終始うつむいていて動かないキリカに近寄り、上から見下ろした。

「さあ立て。行くぞ」

「……けいいち」

「いい加減その名前を呼ぶのは諦めろ。あれは死んだ。心臓の鼓動が止まったのを私は確認し、確認した上で吹き飛ばした。万が一もない。もう物語は終わったのだ」

 ぐいっと半ば強引にキリカの腕を掴んで立たせた。

「はなせっ! このはげっ! うんこっ!」

 抵抗するようにキリカは暴れ、ぽかぽかとウェズデムの鎧を叩き、そのせいで自分の手が痛んで、「ぐえっ」とうめき声をあげた。

 そんな少女をウェズデムはどこか含んだように黙って見つめ、

「記憶は違っても、呼び名だけは変わらんのだな」

 そう誰にも聞こえない声で呟いて、人差し指をキリカに向けた。するとその人差し指の指先がパカリと開き閃光を放った。その光を見たキリカは、頭をぐらりと揺らして気絶し、ウェズデムに身体を預けた。

「何をした?」

「気絶させただけだ。まだ殺せん」

 そう言ってキリカを肩に抱え、逆の手を宙にかざし、集中するように目の前を睨み付ける。すると同じように空間が歪み始め、一つの大きな輪を作り出す。そしてその先に、この世界とは異質な、異様なセピア色の景色が映し出された。

「数日離れていただけだというのに、随分と久しいものだ」

「それが、貴様の世界か」

「ああそうだ。素晴らしいだろう。繋がりが切れる前に、一度観光をしておくか?」

「断る。私には貴様の世界は汚すぎる」

 ブラウは不快そうに鼻を抑えた。

「ふん。冗談だ。元からそんな余裕はない。事は一刻を争うのだから。君も帰れ、野蛮人。元の世界に帰れなくなるぞ」

「……わかっている」

 ブラウは惜しむように抱き抱えられるキリカを見た。

 だがなんとか未練を振り切ったように彼女も背中を向けて、正面に剣をかざした。同じように空間の歪み――異世界の扉が開かれる。こちらはウェズデムとは打って変わって、緑溢れる眩しい青々とした世界だった。

「では、帰ろうか。私たちの世界に」

 その言葉を合図に、二人は大きく一歩を踏み出した。そして異世界への扉をくぐり、フィルムを途中で差し替えたように周囲の景色が一瞬にして――変わらなかった。

「……なに?」

 呆然と、ウェズデムは周囲を見渡した。

 だがどれだけ見渡しても、そこは先程までずっといた異世界、日本の京斗、その清水寺の舞台の上である。後ろを振り返ってみると、そこにあったはずの異世界への扉がない。綺麗さっぱり消えている。隣に同じように驚いているブラウの姿も見える。彼女もまた、何が起こっているかわからない様子だった。

 片手を差し出す。しかし今度は空間はぴくりとも歪まない。

 扉が、開かない。

「……どうしてだ?」


「あんたにもわからないことがあるんだな、おっさん」


 ピピピピ、と【ノーフェイス】内蔵されている探知機が音を鳴らして反応し、人の訪れを知らせる。ウェズデムが提示された方向を見ると、その闇夜の向こうから、何かが確かに近づいてくる。

「この声……何故だ……!」

 そしてその声と足音を過去のデータから解析し、【ノーフェイス】は即座にその人物が誰であるかを導き出した。

 ただそんなものが無くとも、ウェズデムにはその声が誰のものか、理解できていた。


「何故生きている! 十院京一ッ!?」


 目の前に現れたそれは、幽霊か、幻か、はたまた悪い夢か。

 ウェズデムが確かに殺し、死を確認した少年――京一だった。

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