はじまりの終わり
プロローグが長いのはどうかと思う。でも書いちゃう。
「ふ、ふふ、ふふふふふ」
ある程度、青蓮院の竹林を切り倒し、その倒れた竹の山の上で祝部釵は不敵に笑った。
「さあ出てきなさい仏頂面。あんたに島子の素晴らしさをとことんたたき込んであげるわ」
その時、祝部の背後から大きな石が飛んできた。物陰から京一が投げたのだ。しかしそれを焦ることなく祝部は剣で捌く。堅い石は綺麗に真っ二つになった。
「やっぱ死ぬだろそれ!」
京一は涙目で叫んだ。
「ふん。この剣は通称【天羽々斬】。伝説の魔物、ヤマタノオロチを切り裂いた由緒正しき剣を再現したの。刃の部分には、島子県にある世界遺産、石見銀山から取れるソーマ銀を使用してるわ」
「PRご苦労様。でもそれってスサノオノミコトが持ってた武器だろ? あんたのキャラクターはスサノオの妻のクシナダノヒメじゃないのか? しかも服装が出雲大社の巫女で、石見銀山の銀でできてる武器? 普通アンバサダーってのは一人一つの由縁しか持たないはずだろ? あんた一人でいろいろ詰め込みすぎだろ」
「う、うっさいわね! しょうがないでしょ! こっちは京斗とかと違って予算も何も少ないの! だから雇えるアンバサダーの数も少数! その少ない人数に、島子のありとあらゆる名物を詰め込まなくちゃいけないのよ! 私だってどうかと思ってるわよ!」
祝部はその由緒正しいらしい剣を地面に叩き付けた。
その時、クリスマスイベントということで一日中上空を飛び交っていた大きな気球船に設置されている巨大スクリーンから、リズミカルに点滅する光と共に、音が響いてきた。
『現代に舞い降りた、うら若き舞姫ェ! その瞳は伝説の魔物、ヤマタノオロチすら魅了する! ついた二つ名は、『出雲阿國』ぃひょお! 島子代表、祝部釵ぃぃぃ! いぇい!』
DJ調で届いたその宣伝は、京一というよりも、むしろ祝部自身を凍らせる致死呪文だった。
京一は高く上空を見上げながら、
「今度は出雲阿國まで追加されてるぞ……なんつうか、痛いなあんた」
「こ、これは違う! これは観光課の人たちが今回のクリスマスイベント用に宣伝文を用意する必要があるからって言って勝手に作ったのよ! 私のせいじゃない!」
慌てるように祝部はそう釈明したが、「……へえ。そっか」と、京一は冷たい視線を彼女に向けた。
「し、信じてないわねッ!」
なおも宣伝は続く。今度はCMだ。
『宍道湖。この神聖な湖で取れるシジミは最高品質。シジミのお出汁が出たお味噌汁は、もう止めらんない! ん~良い香り。今日もこれ飲んで学校行こっと。いっただっきま~す! 皆も島子に食べにおいでよ! 待ってるからね。にゃんにゃん』
スクリーンから響く祝部の無理してる感満載の猫撫で声。そして寒い演技。それは島子県を広くPRするために今回のイベント用に作られた、島子県庁観光課作のCM(力作)である。
「……やっぱり痛いな、お前」
「う、うるさい! 私だって嫌だったのよ! でもアンバサダーになるって言った以上、拒否するのも皆に悪いし……」
「そもそもなんでそんな嫌なのにアンバサダーになったんだよ。拒否権あったろ」
「そ、それは……私にアンバサダーになって欲しいって申し出に来た観光課の職員の人たちに、お、お婆ちゃんが二つ返事でOKしちゃったからよ……」
もじもじ、と祝部は声を萎ませる。
「……何か、いろいろ苦労してんだな、あんたも」
「哀れむなぁ!」
「待ってるからね。にゃんにゃん(棒読み)」
かぁぁ、っと祝部は顔を夕日のように赤くする。
「か、観光課の人たちだって地域活性化のために一生懸命考えてるのよ! 馬鹿にしないで!」
「してないさ。シジミ女」
「シジミ女言うなぁッ!」
茶化すように言って立ちあがる京一。
そして彼は挑発的な態度で笑うように言った。
「まあその調子で宣伝頑張れよ。鳥酉の」
ぶちり、と祝部のこめかみから音がして、彼女の怒りが限界に達する。
祝部は地面に落としていた銀製の剣を手に取り直した。
「あんたねえ……それは一番やっちゃいけないおふざけだって言ったでしょうが……一般人だから怪我だけはさせないようにって気を使ってあげてたのに!」
大地が震える。そんな錯覚に陥るほど、彼女の放つ怒りのオーラは凄まじかった。
やばい、そう思って京一はその場から慌てて逃げ去ろうとする。
「逃がさないわよ仏頂面! あんたは絶対、ぶち殺すッ!」
京一は暗闇に身を隠そうと、灯りの少ない方角へと駆けた。
そうして彼女をまいたのは、午後十時を回ったあたりだった。