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主人公の殺し方

「お前、どうしてここに……」

 そう尋ねる京一(けいいち)の顔を見て、祝部(ほうり)はひどく辛そうな顔を作った。

「あんた、なんて顔してんのよ……あんな事があって、あんたを探してたら慌てて逃げてくのを見つけたから家まで無事を確認しにきたのよ……そしたらいないって言うから少し探してみたら……」

 ブラウ、ウェズデムと、彼女の視線が揺れ動く。

 状況のわからない祝部にとっても、今この状況が不穏であることは理解できたようで、その手に持った剣【天羽々斬(あめのはばきり)】を、白銀の鎧――ウェズデムに向けた。

「あんたね、あの時会場に乗り込んできたテロリストは……」

「ほう、テロリストときたか。まあそういうことにしておこうか。悪くない」

「なんだかよくわかんないけど、あんたが悪そうね。力づくで止めていいかしら?」

「……どうぞ。ご自由に」

 キッ、と眉をつり上げ、祝部は駆けた。

 京一を追い回していた時はおそらく手を抜いていたのであろう。風を裂くような速さでウェズデムに近づいて行き、その剣を振り下ろす。

「なっ――」

 だがしかし、彼女の剣が、ウェズデムの鎧に当たる前に砕け散った。

「私の作り上げたシステムで、私がやられると思うのか」

 ウェズデムが彼女の身体に触れる。すると、今までアンバサダーとして巫女装束を(まと)っていた祝部の衣服が、モニターの映像がぶれるようにして消えていく。彼女はその肢体を薄く覆う、白のボディスーツ姿に戻ってしまう。

「え……」

 お椀型のきれいな形をした胸がぷるりと揺れる。

 その事実に呆然としている間もなく、ウェズデムはその手首の下から露出させた銃口を、祝部に向ける。


「やめろォォォォッッッ!!」


 京一の叫びも虚しく、発砲された銃弾が祝部に着弾し、彼女の身体が地面へと倒れ込む。

 動かない。

 今の今まで快活に動いていたあの強気な少女は、人形のように固まってしまった。

 さっきまで綺麗な夜空を映し出していたのに、夜の公園を雨が打ち始める。

 ぽつぽつ、ぽつぽつと。次第にそれは強くなっていく。

「ふむ、もう少しのところで……やはりこの方法では主人公は殺せんか」

「てめえェッッ!」

 もう考える事もせず、京一はブラウを振り切りウェズデムに向かって走った。

 もはやその声も、顔も、全てが不快で、憎かった。

 ただぶっ飛ばしてしまいたかった。

 だが近寄り大きく拳を振り回す京一をあざ笑うかのように、ウェズデムは足の裏のブーストを利用して上空へと飛び上がった。

「だから落ち着け。全てはその少女、被検体六六六番のせいだ。つまり、君が死ねば全てが収まる。何度も言わせるな」

「うるせえっ! もうてめえの理屈は聞き飽きたッ! ぶっ飛ばす!」

 激昂する京一は手に持っていたナイフを空に向かって投げた。が、それをウェズデムはひょいと避ける。

「いいのか? であればこのスイッチ、押させてもら――」

 だがその瞬間、ウェズデムを突如轟音とともに落雷が襲った。

 強くなった雨が、ついには雷を鳴らし始める。

「ぬぅっ!」

 激しい衝撃と、人間の身体では耐えきることなど到底できない程の雷に、さすがの自慢のパワードアーマーも状態をふらつかせる。ウェズデムはふらふらと落下していき、地面に片膝をついた。持っていた爆弾のスイッチが転がる。京一はそれを上から踏みつぶした。

 そうして彼は上からウェズデムを見下ろした。

「俺が主人公、だったっけ……それで言えば、あんたは悪役だ。序盤に登場する、雑魚だけどな。でもなんであれ、悪はご都合主義でやられる決まりだ。例え俺自身が適わなくても、そういう風にできてる」

「……ふ。ふふ、いきなり得意気だな。自分の非力を認めるなよ。情けない」

 ウェズデムは足のブーストを使用し、一気に後方へと距離を取る。

 だがそんな彼に、京一は不思議な力でも宿ったかのように、歩を進める。

「どうやっても俺を殺せないんだったら、俺は死なないんだよな。だったら俺があんたを倒す」

「ふふ、ふふふふっ。はっはっはっ!」

 凄まじい剣幕でまくし立てる京一に対し、しかしウェズデムは高らかに笑った。

「何がおかしい。物語は俺の味方をする。だったらあんたに勝ち目はないぞ」

「いやいや。いきなり強気になったのが面白くてな。確かに私は君を殺せない。殺そうにも、神がかった力に(さえぎ)られていつも逃してしまう。だから私はいろいろな手を考えた」

「喋んな。もうあんたの推論自慢は聞き飽きた」

「まあ聞け。物語において、主人公が死ぬのはどういう展開があるのか、それは限られてくる。第一にヒロインによる殺害。つまり、狂ったヒロインによる心中という形だ」

 ピン、とウェズデムは人差し指を天に向かってさした。

「だがこの方法は不可能だ。その少女、被検体六六六番は、私情のもつれで男を殺す程、精神的に大人ではない。小さな幼女が主人公を殺してしまう、そんな物語を私は知らない。では二つ目。病死、寿命による自然死だ」

 今度は中指を立て、数字の二を示した。

「もちろんこれは完全な天任せの事情になってくる。残念ながら、君は即座に死んでしまうような不治の病でも、もうそろそろ寿命を迎える老人でもない。それ故にこれは却下だ。そして三つ目。それが自害だ」

 三本の指が、上空に向けられる。

「絶望の(ふち)に陥った主人公が、自身の存在を悲観して自決をはかる。最も悲劇的であり、同時に最も美的でもある展開だ。私は君を殺すためにその展開を迎えさせようと、君を追い詰めた。そして君は今しがた、自害をはかろうとした……が、邪魔された」

 ウェズデムは大きく息を吐き、残念そうに肩を落とした。

「本当に残念だ。この結末のために、いろいろと手をわずらわせたのに。まあ成功というのは万の失敗の上に成り立つものなのだから、これもまた成功への一歩と考えよう」

「じゃあさっさとその顔さらけ出して、殴らせろ」

「ところで君は、宗教というものを崇拝しているかな?」

「……あ? それが何の話だっ――」

 どん、と京一の身体が揺れる。

「あるだろう。もう一つ、主人公が死ぬべき物語の展開が」

 京一は自分の身体に走った衝撃の正体を確かめるべく、ゆっくりと、視線を下ろした。すると京一の胸から、鋭く光る一本の剣が飛び出している。

 京一の背中から、誰かが剣を突き刺したのだ。

 ウェズデムは四本目の指を立てて言った。


「仲間の裏切りだ」


 京一は後ろを振り返った。

 そこにはやはり、きれいな青い髪を風に(なび)かせ、冷たく射殺すような目を向けているブラウが立っていた。彼女はその手に、確かに剣を持っていた。

 そしてそれは京一の胸を貫いている。

「なん、で……」

 だがその問いに、ブラウは答えない。

 非情な面持ちで、京一を睨みつけるだけだった。

 京一は崩れるように地面へと倒れた。腹に突き刺さった剣が、酷く痛む。だがその痛みも徐々に感じなくなっていく。どうやら急所をかすっているようだ。

 そんな京一を、実験動物を見るような目でウェズデムが見下ろして言った。

「この世界の神の子でさえ、仲間の裏切りによって死んだのだ。たった数枚の銀貨によって」

 京一は朦朧(もうろう)とする意識の中、何とかウェズデムを見上げたが、しかし彼のパワードアーマー【ノーフェイス】からは、何も表情が伝わって来ない。その奥では笑っているのだろうか。

「これが、君を中心とした物語の、結末だ」

 くるりと、もはや興味を無くしたようにウェズデムは(きびす)を返し、京一の視界から消えていく。そうして彼の後ろに、キリカの手を握るブラウが続いた。

「すまないな」

 彼女は最後にそう言い残した。

 キリカが泣きながら何かを叫んでいる。が、もはや京一の耳には声は届かなかった。

 そして追い掛ける気力も、呼び止める気力さえもない。

「大丈、夫? ちょっと、しっかりしなさい!」

 意識が途絶える寸前、京一の耳に届いたのは、赤く染めた肩を抑えた祝部の声だった。彼女は命に別状はないようだが、少し離れた場所から身体を引きずるようにこちらを見つめている。

 泣き顔で京一を見つめ、ずるずるとこちらへと近づいてくる。

 彼女は何かを叫んでいるが、京一の耳にはもはや何も聞こえなかった。


「そうだった」


 ふとウェズデムはそう言って立ち止まり、事切れる寸前の京一を振り返った。

「悪者が物語で敗北する最大の要因は、慢心による詰めの甘さだったな」

 そう得意気に言って片腕を京一たちに向け、ミサイルを放った。それは事切れた京一に見事命中し、大きく地面をえぐる。

 もはやそこに京一の姿はなく、ただ地面に飛び散った血だまりだけが残されていた。


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