キリカ
「これは君が想像していた以上に恐ろしいことではないか?」
ウェズデムの言葉に、京一は絶句する。
「あの少女の力が、これ程までに強いものだと、君はようやく気がついた。どう足掻いても回避することのできない、呪われた運命だとね」
言葉が出ない。喉が異常に乾いてしまう。手が震え、頭が混乱する。
それはもう運命と呼ぶしかない、それほどの事実ではないか。
人間になど抗えはしない。それほどの。
「そんな、馬鹿な話が……」
「それを言うにはあまりにも遅い。こうして私のような異世界人がいること自体、馬鹿げた話だったろう? しかし異世界人はこうして存在した。異世界はある。であれば、少女の『物語的ヒロイン説』も肯定して然るべきではないのかな? それだけは違う、と逆にどうしてそう思えるんだ? じゃあ異世界も何も、全て私の妄想で、そんなものはなかったとしよう。であれば、君はどうする? 大人しく警察に捕まって、人生を終わらせるか? それとも躍起になって、母親を殺した【UTシステム】を運用する会社を訪れて、めちゃくちゃに壊すか?」
「それは……」
「残念だが『物語的ヒロイン説』を否定するには、状況証拠があまりにもそろいすぎている。私も何度も彼女の不思議な、所謂ご都合展開にあやからせてもらった。それもこれも、彼女が絶対的ヒロインだからだ。私はこの仮説が否定される何かが見つかるまでは、この考えを取り下げるつもりはない。だから、殺す。その、無垢なる少女を。そして君を」
ウェズデムは一歩前へと出て、京一に向かってその手の平を向けた。
あらゆる武器が飛び出してくるその凶器を。
「これでわかったろう。その少女の存在が、いかに凶悪で罪かを。その子が罪で、君が罰を受けているようなものだ。確かにその少女は奇跡を生む。しかし同時に、悲劇をも生む。物語上、脇役やエキストラの人生など描かれはしないが、しかし彼らも物語に確かに存在する。そして人生を歩んでいる。先程そこで叩きのめされたアンバサダーの少女にも、君が側にいたというだけで爆破に巻き込まれたあの会場の観客たちも。焦点を当てられなくても生きている。だが彼らのその人生を、その少女の存在は踏みにじる。必要のないものだと切り捨てる! それの何が正しい? 君は自分がよければ周囲がいくら傷つき倒れようとも、気にしないのか? 君の妹のように」
「――ッ!」
ウェズデムの最後の言葉に、京一は悲痛な面持ちで顔を上げた。
先程までとは違う、明らかに変わった様子で動揺を見せた。
「何で……それを……」
震える声で、京一は尋ねた。
「何故知っているか? 愚問だな。私は何でも知っている。いや、正確には知る事ができると言った方が正しいか」
ヴォン――と、【ノーフェイス】から光が飛び出し、それは大気中に鮮明な映像を映し出す。彼の世界の技術、エアスクリーンだ。
「気にはなっていたのだ。君はあの少女のことを〝キリカ〟と名付けた。だがしかし、咄嗟に考えた名前の割には、この国の標準的な名前からはかけ離れている。ハナコでもリエでもヨウコでもなく、キリカだ。調べてみても、そういった名前を持つ人間は、そう多くはない。じゃあ君はどうしてそんなぱっと思いつきそうにもない名前をつけたのか。それは君の頭の中に、その名前が記憶としてすり込まれていたからだ」
ウェズデムは自分の頭をとんとん、と二度指でつついた。
京一は、溢れ出る唾をごくりと飲み込んだ。
知っているはずがない。そんなはずは……。
「しかし君の周囲に、キリカなどという名前を持った人間は存在しない。もしやと思ったが、しかし君の亡くなった母もそんな名前ではなかった」
「やめろ……いいから、やめろ!」
「では誰なのか。私は性格上、それを調べねば気が済まなかった……そして案外すぐに答えに辿り着いた」
京一の制止を全く無視し、ウェズデムは言葉を続ける。まるで死刑宣告のように。
「やめろ! 言うなッ!」
「キリカ……フルネームは十院霧華。君の父親と、再婚した義理の母親の間に生まれた……いや、生まれるはずだった女児に用意していた名前だ」
ブラウは背後にいる京一を振り返った。
京一は尋常じゃない程に強く手を握りしめ、その顔は悲痛に塗り固められていた。唇を強く噛みしめ、そこから血が垂れている。
「生まれるはずだった、とは?」
黙り込む京一から視線を外し、ブラウが疑問をウェズデムに尋ねた。
「殺したのさ。そこで憐れにも跪く少年がな」




