逃れられぬ運命(のろい)
「やめてくれっ!」
京一は思わずそう叫んだ。その大声にブラウは言霊を塞き止める。
そしてゆっくりと振り返った。
「どうして止める? これは敵だろう?」
「だからって、そこまでする必要はねえだろ……そんな簡単に人を殺すな! ここはあんたのいた世界と違う!」
「……ゼノに危険が及びかけていた。だから助けねばと……だが確かに、やりすぎたかもしれない。すまなかった」
そう不器用に謝って、ブラウは血を流して横たわる蝶璃に近寄った。そして彼女の側で跪き、その手をかざした。するとその手の平から、暖かい光が漏れはじめ、痛みに呻いていた蝶璃が徐々に静かになっていき、ついには眠るように黙ってしまった。
「こ、殺したのか!?」
「逆だ。治療した。とりあえず血は止めた。だが血を流しすぎて気絶しただけだ」
「……そうか」
「私もここまでやるつもりはなかったんだが……気がついたら頭に血が上って……情けない。これじゃあ昔の私だ」
「キリカだ……」
「え?」
「キリカが、こいつが物語を引き寄せてるんだ……」
次から次へと。絶え間なく、京一を巻き込んでいく。
それはそう、全てこのヒロインのせいで……。
「そろそろ諦めて殺されてくれやしないか、少年」
声が、響く。
ブラウでも、蝶理でも、そしてキリカでもない、第三者の男の声。
それは京一の正面、一人でに揺れるブランコからだ。
そのブランコから、一人の人間が浮き出てくるように現れる。その白銀の鎧を纏った男が。
「ウェズデム……!」
「ハローハロー。少年、いい加減逃げ回るのは止めにしないか? 私も鬼ごっこは嫌いじゃないが、限度というものがある。君が逃げ回るせいで、大勢の罪のない人間が、命を絶ったじゃないか」
「お前のせいだろ!」
当然の如く、ウェズデムの勝手な物言いに反論する。
「困るな。私のせいにされては。君がさっさと死ねば、余計な犠牲者は増えなくて済む。言っただろう。私は君を殺すためならば、何でもする、と」
「いい加減にしろよ……だったら俺一人を狙えばいい! できるだろ! どうしてわざわざ周囲を巻き込むようなやり方をする!」
「残念。私は手元が狂いやすいんだ」
完全に馬鹿にしている。この男は、まともに取り合うつもりはないらしい。
「とりあえず、君には拍手を送ろうか。これだけの窮地の中、よくもまあそうまで致命傷を負わずにで逃れてこれた。君がやはり主人公なのであると実感させられるのと同時、私は自分の『物語的ヒロイン説』にますますの確信を抱いた……おっと、私の悪役も板についてきたな」
言って肩をすくめる。わざとらしい程に。
「だがどうだ? どこまで逃げたところで、物語という運命は君を追い回す。異世界人に襲われ、警察官に爆弾魔に間違われ、そしてさらには市民を護るはずの人間にまで襲われる。君はもはや物語の中心にいるのだよ。逃げようのない、宿命に」
「……」
「さて、では次はどう殺そうか」
ウェズデムはブランコを止め、考えるように腕を組んだ。
「もう、やめろ! 関係無い人たちを巻き込むな!」
「やめん。君が死ぬまで」
「なんだよそれ! ……だったら殺せばいいだろッ! ほら、さっさと撃てよッ!」
京一が開き直ってそう両腕を広げる。
ウェズデムは少し考えたあと、腕についた銃口を京一に向け、銃を放った。
――が、発射音とほぼ同時、京一の前に青が割って入り、その剣を振るって銃弾をはじき飛ばした。
「わかってもらえたかな、少年。正攻法では君は死なん」
「ブラウ、邪魔すんな!」
「そんな簡単に命を投げ出すなッ!」
ブラウの背中に掴みかかる京一に、彼女はあくまでウェズデムを睨み付けたまま言い放った。
「運命が辛いのであれば、抵抗してみせろ! 諦めるな! 試練は無意味にはおとずれはしない! この先に未来があると、そう信じて戦え!」
「なんだよ、それ……俺はこんな運命御免なんだよ! 主人公なんて、望んでねえ!」
激しく言い合う二人を観察するように見つめながら、ウェズデムは足を組んでその上で頬杖をつき、小さく息を吐く。
「私とて、君を殺したいのは山々だが、君はなかなか死なん。少年。私が説明したことを憶えているか? その少女、被検体六六六番は『物語的ヒロイン』だ。つまりそれは、物語におけるヒロインの能力を有する、という意味だ。じゃあ物語におけるヒロインの能力とはなんだ? それは主人公を物語に巻き込み、その物語を進めるための潤滑油となることだ。時に足を引っ張り、しかしそれが時に直面する問題を解決するヒントとなる。ヒロインとはそういう存在だ」
「もういい! あんたのその妄言は、聞き飽きた!」
「まあ聞け。私も幾度も被検体六六六番に助けられた。それはそこの青髪野蛮人も同じだ。だがしかし、それは常に誰にとっても良い結果をもたらすと、そう思うか?」
「いいから喋るな! もういい!」
京一の苛立ちをあざ笑うように、ウェズデムは言葉を進める。
「例えば、初日、君がその青髪野蛮人と初めて相対した日。その直前に事故があったのを憶えているか?」
それはあの五条大橋で京一が見た、救急車で運ばれるアンバサダーの事だ。噂ではアンバサダー同士の決闘をしている最中に、足を滑らすなどして鴨川に落ちて怪我をしたという事だった。
「あれは不運な事故だった。足を滑らせて川に転落。その際頭を強く打ったらしい。命に別状はなかったようだが」
「それもてめえの開発したシステムのせいじゃねえかよ!」
「本当にそう思うか? あれが噂通り、アンバサダー同士の決闘の最中に起こった事故だと?」
「違うって言うのか?」
「あの日、事故にあった若者は、街で見たことのないアンバサダーを見つけた。ここ京斗で、京斗のアンバサダーでないものがいるということは、つまりそれは敵だ。そういうゲームだろう? その見知らぬアンバサダーを見つけた若者は、そのアンバサダーに決闘を仕掛けた。しかしそのアンバサダーは一切戦闘を行わず、一目散に逃げだした。それを追っている最中、その若者は誤って足を滑らし転落事故を起こしたんだ。じゃあその時その若者が見た、見たこともないアンバサダーとは誰のことだと思う? そんな、アンバサダーと思われるような奇抜な格好をした人間とは誰だ?」
京一は、そう言われて自分の足に掴まるキリカを見下ろした。あの時の彼女は雨の中何かから逃げるように走っていた。
「そうだ。その若者は少女をアンバサダーと勘違いし追いかけ、その途中で偶然怪我をしたのだ。偶然な」
「それが、こいつの引き起こした偶然だって、言いたいんだろ?」
「少女はヒロインだ。ヒロインは簡単には死なない。そうだろう? 物語上、主人公やヒロインは、まるで神がかったかのような偶然に助けられることが往々にしてある。映画を見てみろ。敵が撃った銃は一切当たらないのに、主人公らが撃った弾は百発百中だろう? ヒロインが殺されかけた時、必ず誰かが助けに入るだろう? あれと同じ原理さ。ヒロインである少女は、物語を進める上で絶対的な優位の立場にある。だからこそ、彼女を襲ったアンバサダーの若者は、彼女のそのヒロイン能力によって、物語から排除された」
「そんなもん、ただの偶然だろうが! 偶然は偶然だ! それ以外のなんでもねえ!」
「違うな。じゃあそこの青髪野蛮人に襲われた時、橋が崩れて助かったのは? 私に襲われた時、つい先日まで敵だったその女が、君を助けに割って入ったのは? 君の家の爆破に、君の家族が無傷で済んだのは? そして今、君が助けられたのは? ……それらの奇跡を全て偶然とかたづけるのか?」
「全部お前らのせいだ! 偶然でも奇跡でもない! 全部あんたらが俺を巻き込んだだけじゃないか! ただのペテンだ!」
否定する。京一は、全てを否定する。
そう願うように。
「じゃあ聞こう。私が爆破させた君たちの家、この国の警察は君をその爆弾魔だと判断したな。それ故君は警官に追われていた」
それが何だ、と言いたげに京一はウェズデムを睨み付ける。
「君も感づいたろう。これもまた、何か運命が自分を巻き込もうとしているのではないかと」
「だから、それがなんなんだよ……いちいち勿体ぶって話すな!」
「考えて見ろ。君が爆弾魔だと疑われたのは、君が親しくしていたホームレスが以前、ビルなどの爆破解体の現場で働いていたからだ。その男に爆弾の作り方でも教えてもらったのではないかと警察は疑っている……しかし、ここで一つ疑問に思うべきところがある」
「……?」
「君があのホームレスと知り合ったのは、あの少女と出会う随分前だったんじゃないのか?」
「……それが何だって言――ッ!?」
言いたいことがわからない、と京一が訝しげな表情で尋ねようとした時、しかし京一は気がついた。恐ろしく肌寒い感覚を持ってして、気付いてしまった。
「そうだ。被検体六六六番と出会い動き出したはずの運命が、君の物語が、しかしあの少女と出会う以前の事象をも物語に組み込んでしまっているんだ」




