舞い降りる銀
『さあさあさあ! 盛り上がってまいりましたァ! 東西対向超玉転がし! 男子の部に続き女子の部だァ! 勝つのは東か、西か!』
ババン、と実況のあおりに合わせ、巨大スクリーンに数字が表示される。そこには六桁ほどの数字が二つ並んでおり、それらはネットを通じて集計した一般視聴者らのアンケート結果だ。もちろんこのイベントも、生放送されている。
投票は僅差で東側が勝利しており、客席東側から歓声があがる。
『それじゃあ行っちゃいましょうか全国みなさん! レディィィィィィィゴォォォォゥッ!!』
実況が叫ぶと、スタジアムの上から破裂するような音と共に、キラキラと銀吹雪が舞ってくる。
だがそんな盛大な仕掛けに目もくれず、観客らはピッチへと視線を向ける。
この超玉転がし。運動会などでもよく見る、あの玉転がしとなんら変わりはないが、しかしその玉の大きさが異常だ。ゆうに三メートルはあろう高さのボールが三つ。真ん中に並べられている。それを中心に、両サイドに東陣営と、西陣営が別れて待機している。そして始まりの合図と共に互いにボールに向かって駆けだし、それを自分のゴールに持ち込む――のではなく、相手の陣地に押し込むのだ。
普通なら押すことすらままならないはずのその玉転がしに、しかし【UTシステム】を身につけた精鋭たちは、巧みにそれに衝撃を加えてボールを前に運ぶ。あの野蛮人ブラウ程ではないにしろ、二メートル近く飛び上がって蹴りつけたり、その腕力で持ち上げてしまったり、はたまた遠くから矢のようなものを当てたりと、それぞれ特徴ある方法でボールを運んでいく。
そして何よりこの競技の一番盛り上がるのが、対戦相手への攻撃が許可されているところだ。
というよりこのアンバサダー関連のイベントは、基本的に対戦相手への攻撃ありきで進められる。そうでないと、彼らである必要がないからだ。
観客が見たいのはカッコカワイイ人達がきゃっきゃと運動会をするところではなく、彼らが巧みな技で敵をなぎ倒すところなのだ。それはそう、コロシアムに近い。
彼ら一般人より優れた能力を持ち、さらに【ユビキタススーツ】により助長されたその動きは、観客を興奮させるだけのものがある。
『おおっと! 長野県代表、林檎のアンバサダー漕杖納子を吹き飛ばし、ボールを奪ったのは、島子県代表、祝部釵だァ!』
一際大きな歓声が上がる。
京一が巨大スクリーンに視線を向けると、カメラが祝部釵を映し出す。彼女はいつにない鋭い視線を向けており戦士だった。しかしちらっと巨大スクリーンに映った自分を見て恥ずかしそうに頬を赤らめる。観客からは笑い声があがった。
「……だめだありゃ」
ほおづえをつきながら京一が息を吐く。
「おおお! いけー! いけー!」
京一の横では、キリカが身体を前に乗り出して興奮して手を上げている。
その目はキラキラと、玩具を買い与えられた子供のようで、どこか微笑ましい。
このわけのわからぬ少女を連れ出すことに躊躇いがなかったわけではないが、しかしこうして連れてきて良かったと、そう思えた。
こんなに喜んでもらえるのなら。
「さてと、ほんじゃあま、トイレでも……」
と興奮しきったキリカをおいてトイレに行こうと立ちあがった時だった。
ドォォォォォッッ!!
その瞬間、会場が大きく揺れた。
あまりに大きな音だ。そしてそれはどう考えてもイベント側の用意した仕掛けの音ではない。
もっと重く、もっと生々しい、そんな音だ。
京一は周囲と同じように、上空を見上げた。ドーム型のスタジアムのそのてっぺん。そこからモクモクと煙があがっている。どうやら何かが外からドームに当たり、穴が空いたようだ。
『おーっと……これはなんでしょうか……?』
テンションマックスだった実況の声も、困惑気味に彷徨う。
京一はあからさまな異常事態に、ごくりと生唾を飲み込んだ。
その空いた穴から、何かがゆっくりと降りてくる。それは小さい。目を凝らしても何かがわからない。
その時、その降りてきた小さな物体を、会場のカメラが捉え、巨大スクリーンに映し出す。
それは白銀に輝く、鎧だ。
いや、鎧というより、パワードアーマー。京一はそれを見た事がある。
あの顔の無い、異様なアーマーを。
「あいつ……」
京一の全身が寒気立つ。
するとその顔の無い白銀の鎧が、その瞳の無い顔で、京一の方を見た。
的確に、確実に、この数多の人間の中から、京一を捉えた。
「逃げろォォォォッ!!」
京一が反射的に叫ぶ。
だがこの広いスタジアムだ。京一の声など、誰に届くわけもない。
バシュッ――白銀の鎧【ノーフェイス】から、極小のミサイルが射出される。それは京一のいる座席の遥か左方へと進み、爆発した。
呆気なく、残酷にも、ミサイルは観客を吹き飛ばす。
そうしてようやく、会場全体が悲鳴をあげた。まるでマイクのハウリングを聞いた時のような、そんな目を瞑りたくなる壮大な音に、京一は顔をしかめる。
会場に設置された非常ベルが、ジリリリと鳴り響き、そこら中の赤いランプが危険を知らせるためにクルクルと辺りを照らしている。
「あいつ……嘘だろ?」
まさかこんなところで、何の関係もない人を巻き込んで。
バシュッ――容赦無く、その【ノーフェイス】を纏った男、ウェズデムはミサイルを発射する。今度はそれがピッチ上に着弾する。
あれは自分を狙っているはずなのに。自分の場所を捉えているはずなのに。
しかし無差別に、あえてまき散らすように、ウェズデムは周囲を攻撃する。
「やめろォッ! 俺はここだ!」
叫ぶ。その無差別に悪意をまき散らす敵に、自分の存在を示すために。
だがこの騒音の中、それに声は届かない。知ってか知らずか、攻撃を続ける。
「そうだ……俺か。俺がここを離れないと」
そう思い至り、京一はキリカの手を取って、人混みで混雑しきっている出口とは反対の、ピッチの方へと降りていき、そこから下へと飛び降りる。案の定その動きに気付いたウェズデムの顔がこちらを向く。
京一はそのまま止まることなく、近くにあったスタッフ専用出入り口の中に入り、混雑の少ない屋内を外に向かって一気に駆けた。
「ぐえっ! けいいちっ、いたい!」
「悪いなキリカ! 今は我慢しろ!」
このいたいけな少女の身体を慮ってる余裕は無い。
今はすぐにでもここを離れなければ――京一はがむしゃらに駆けた。




