カウントダウンイベントだイェー!
いよいよクライマックス
十二月三十一日。大晦日。
一年を締めくくるこの年末の日には、世界各地でカウントダウンイベントと言う名の夜更かしが盛大に行われる。テレビにいたってはどのチャンネルをつけても画面の隅で新たな一年の始まりを秒単位でカウントしている。
十院京一は毎年毎年、大好きなお笑い番組を見ながら部屋でごろごろと年明けを迎えるのが何よりの楽しみで、その日は夜通し漫才や芸人たちのお馬鹿なゲームを見ながら気付けば朝になっているのが通例だ。
だがこの日この時、京一は人生で初めて、大晦日の大事な夜を、外で過ごしていた。
「ぐえっ」
あまりの人混みに、キリカのうめき声が上がる。
「ぐえっ」
今度はキリカではない、京一のうめき声だ。
そこは見渡す限り人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人。
地面を埋め尽くさんばかりの、人だらけだ。
そこは京斗に新しくできた新西京極スタジアム。総集客数四万人を越えるこの開閉式ドーム型スタジアムで、今日は全国のアンバサダーたちを迎えて年末年越しカウントダウンイベントが行われるのだ。
その名も『今夜は寝かさないぞ! アンバサダー年末カウントダウン祭! パート5』(日本観光協会命名)である。
先日のクリスマスイベントから引き続き、この日集まった四万人強の人々は、一席一万はするであろうチケット代に糸目を付けず、わざわざこのクソ高い時期にホテルまで借りて全国からここに集まってきている。たかだかコスプレ集団の感謝祭というには、あまりにも熱狂的で、狂信的だ。
「帰りたい」
そう思った京一だったが、残念な事に彼の身体は既に人の波にのまれており、引き返そうなどという行為を誰も許してはくれないだろう。少なくとも、この秒速一メートルの速度でドームまで到着し、この人混みから解放されない限り、自由はない。
どうして来たのだろうか。京一はそう後悔する。
あの島子のアンバサダー祝部釵にもらったチケットは四枚あった。しかしあいにく、京一の義母は人混みで長時間立ったりすることができない体調のため、来ることができず、それに父も付き添った。
そのせいで結局京一はチケットを貰ったものの行くのを諦め、誰かに半額くらいで売りつけようと思っていたら(というよりそれが本命だった)、しかしそれをあざとく聞きつけたキリカが、行きたいと言って駄々をこね出したのだ。
――あの子の行動には必ずなにか意味がある。
ブラウの言葉を思い出し、この行きたいにも何か意味があるのだろうし、うろうろしてるより何万という人混みの中にいた方が安全かと思い至った。
それもあって京一はキリカを連れてこの人の海へと飛び込んだわけだが、後悔先に立たずである。
ようやく入場ゲートが見えてきて、京一は息を吐きながらゲートをくぐる。
「いやー、さすがにこれはないわ……って、あれ?」
京一の側で離れず歩いていたはずのキリカの姿がない。慌てて後ろを見ると、彼女は入場口を入ったところでバタンキューしてしまったようだ。
「おい、大丈夫か? 行くぞ」
「ぐ、ぐえ~」
キリカの身体を抱き上げて進む。
どうやら祝部に貰ったチケットはそれなりに高価な席らしく、他の観客らとは通る道が違った。入場してからはさくさくと進み、そうしてようやく京一の視界に大きな会場が飛び込んでくる。
「おおっ」
正直乗り気でなかった京一も、さすがの圧巻の様子に声をあげる。
以前サッカーの試合を見に来た時は、まだリニューアルされておらず安っぽかったスタジアムも、今ではまるでヨーロッパのサッカースタジアムに来たかのような高級感と壮大さを感じさせる。
京一は唖然とスタジアムを見渡した後、すぐさま自分の席へとたどり着いた。
「始まるまであと三十分か。なんか食べ物でも買ってくるよ。ここで待っててくれ」
「ぐえっ。にくがいいな、にく!」
京一は再び席を立って客席内側通路、コンコースへと入る。
こういった場所では女子トイレがよく混むのか、女子トイレを待つ長い行列の横を通って売店へといく。
普段は京斗ならではのグルメが並ぶ中、今日は全国各地のグルメフェスとうたい、様々なグルメ料理の売店が並んでいた。なにやらこれらの売り上げも、ユニゲーのポイントに加算されるという。
「うおっ、すげ」
そこに一件、特に人の並びが凄い店があった。
どこのご当地グルメかと目を細めると、それが即座に島子県のグルメ店であることがわかった。だってその店だけ、料理の写真や値段うんぬんの標記よりも、今日このイベントに参加している島子県切っての人気アンバサダー、祝部釵の写真で埋め尽くされていたからだ。
まるでアイドルの販促会だ。スタッフ皆が巫女の格好をしたり、ハッピを着たりして、全面に祝部釵のことを推している。料理なんて二の次三の次だ。県名よりこの顔を覚えろと言わんばかりだ。
「確かに、あいつも可哀相なのかもなぁ……」
彼女は観光課から依頼があって渋々手伝っている的な言い訳をしていたが、あながちあれは言い訳では無いのだろう。まるで彼女一人に島子県全ての認知度が掛かっているかのようだ。
ただそれに対し、どこよりも大勢の客を集めている点を見れば、その集客方法がどれだけ効果的なのかは一目瞭然だ。彼女を前面に押し出したい気持ちはわからなくもない。
ただそれでいいのか、島子県。
なんて失礼ながら他県の心配をしつつも、京一は結局一番空いていた隣の鳥酉県のご当地グルメ、ホルモン焼きそばを購入し、さっさと客席に戻った。
しかし客席に戻った瞬間、会場を照らしていたライトが一斉に消灯し、暗闇を作り出す。
急がないと、と思いつつ頭の中を頼りに自分の席へとたどり着く。
京一が席に着いたのと同時、暗闇の会場内を、リズミカルな音楽が包み込む。そうしてすぐに、ピッチの上に八つのスポットライトが照らされる。そのスポットライトの下には煌びやかなアイドル衣装をまとった少女たちがおり、その手にはマイクが握られている。そしてイントロが終わると、彼女たちは激しい動きを見せながら、歌い出した。
京一もテレビを通して何度も聞いた事のある、京斗の誇るアンバサダーユニット『八ツハシ』の大ヒット曲だ。
二百三十万枚もの売り上げを叩き出したヒット曲に迎えられ、今回のカウントダウンイベントは盛大に幕を開けたのだった。




