最後の休息
「あ、けいいちっ!」
扉を開けた途端、無邪気な声でそう言って京一にしがみついてきたのは、キリカだった。
そこは京一の近所にあり、生前の母の時から家族ぐるみで親しくしてもらっている家だ。
「……無事だったか」
案の定と言うべきなのか、キリカに傷を負っている様子は無い。
買って貰ったのだろうか、あの浮き世離れした衣服は着ておらず、日本の標準的な女の子の格好をしていた。しかも両親のただならぬ愛情を感じる程に、必要以上にフリフリの付いた豪奢な格好をしていた。少女の白い髪が酷く違和感だった。
「どこ行ってたっ! このはげっはげっはげっ! 」
キリカは京一の首まで登り、またがりながら京一の髪をむしろうとする。その格好の可愛さとは裏腹に、かなりご機嫌斜めなようだ。
「京一くん」
次にそう、誰よりも心配そうな声で言ったのは、京一の母――いや、京一の義母、聖華だった。彼女は胸に手を当ててほっとした表情を浮かべていた。
「よかった、無事だったか。連絡くらい寄越さんか」
隣にいた父がそう言った。
「……悪い。親父たちも無事だったんだな」
「ああ、幸いな」
「何があったんだ?」
「わからない」
父は首を振り、京一は顔をしかめた。
「わからないって?」
「いやな、俺たちが家に戻ったら、もう既にあんな状態になってたんだ。俺たちはたまたま外食に出かけてたから助かったんだが、いつも通り家で食事を取っていたら……」
「っ! ……たまたま?」
「ああそうだ。本当に運が良かった」
父はそう言って義母の身体を引き寄せるように抱きしめた。
「キリカちゃんにね、美味しい物を食べさせてあげたかったの……京一くんも誘ったんだけど、連絡が取れなくて……」
ぶるり、と身震いを憶える。
今の義母の弁ならば、キリカ主導で外出したのではなく、両親の気まぐれで外出したに過ぎない。ということは今回の危機を避けられたのはキリカのおかげというよりは、外食を決めた両親のおかげということになる。
そこに、キリカの意志は存在しない。
これがあの鎧男の言った、ヒロインという存在の能力なのだろうか。
「お前……ほんとに……?」
「どうしたの? けいいちっ」
無邪気に京一の顔をのぞき込むこのか弱い少女が、今の京一にはとてつもなく恐ろしい存在に思えてしょうが無い。身体に密着させたくない、そんな嫌悪さえ憶える。
「とにかく十院さん。今日はゆっくりとうちで休んでください。京一くん。晩ご飯を用意するから、お風呂に入っておいで」
様子を一歩後ろから見つめていたこの家の家主がそう言ってくれる。
「そうだな。そうしよう。これからのことは明日決める。今日は甘えよう」
父の言葉を皮切りに、皆が動き出す。京一は心配そうに見つめる義母から視線を逸らすようにして反対を向き、リビングを後にする。
「けいいちっ。風呂か? キリカも行くっ!」
京一の心中も知らず、キリカは楽しそうについてくる。そんな彼女を見下ろしながら、
「なあ、お前さ、ウェズデムって人知ってるか?」
「うぇじゅでむ? なんだそれっ。はげかっ?」
「じゃあブラウは? アインヴェルトって言葉を聞いたことがあるか?」
「ぐえっ。けいいちわけわかんないっ。あほか? はげるのか?」
「ふざけてるわけじゃ、ないんだよな?」
「ぐえっ」
そんな知恵もないか、と京一はそんな質問をした自分に呆れる。
馬の耳に念仏というか、三歳児に外国語と言えばいいのか、キリカは一切悩む様子も見せず、きょとんとしていた。本当に理解していないのだろう。
「お前がヒロインねぇ……こんな、子供が」
京一は喜々とした表情で衣服を脱ぎ捨てる少女に目をやりながら、小さく息を吐いた。




