許せぬミス
それは時を戻すこと三十分前――。
積もることのない粉雪の舞い落ちる京斗の街を、京一は東へと歩いていた。
時は十二月二十五日クリスマス。夜九時。別に浮かれた事情で夜のクリスマスの街を歩いていたわけではない。ただなんとなく、こういったイベント染みた日に、あの家へと帰るのが少し億劫で、うろうろと外で時間を潰していた過ぎない。ただその手には途中で購入したフライドチキンのバスケットが握られており、京一はなんとなく立ち止まった五条大橋で、鴨川を見下ろしていた。
「帰ったところで……チキン見せて……らしくないよなぁ……」
ぶつくさと一人ぼやく。鴨川沿いにはいつも以上に一定間隔でカップルが座っているが、そこに嫉妬するタイプではない。
その時、京一は祝部釵に出会った。出会った際の二人は、全くの赤の他人である。京一は京の街に住み、祝部はとある事情で住まいである島子県からわざわざ京斗まで出てきていた。
その理由とは、ユニゲーの一大イベントであるクリスマスイベントが行われるからだ。
この一大イベント、『天下騒乱冬の陣! 全員集合だ!』(日本観光協会命名)では、毎年全国のアンバサダーを一カ所に集めて、運動会のような催しを行うのだ。ドンパチありの、平和な合戦だ。 これは主に広いドーム球場などで行われ、もちろん観客も数万人単位で入り、テレビも中継している。一番安いチケットで1万、その競争率は数千倍、生中継の視聴率は40パーセント越え間違いなしと、化け物イベントとなっている。
ちなみにこういった諸々のイベントにもポイントは加算されるため、手を抜くことは許されない。 むしろ年末に発表される全国ランキングにおいて、最後で最大のポイント稼ぎの場であるため、どこの都道府県もこのイベントで大量にポイントを稼いでランキングを上げようと躍起になる。さらにイベント収益の分配もイベントの順位によって変わるため、地方にとっては、涎の止まらないウハウハな企画となっている。
そしてもちろん全国数千万人のファンにとってもたまらない大規模なイベントで、今年は京斗で行われた。それ故クリスマスの京斗には多くの観光客が集り賑わった。ただでさえ観光客で溢れている街は、「もう無理です」という京の街の悲鳴が聞こえてきそうな程に人だかりをつくった。
祝部自身もクリスマスに浮かれたイベントなど皆無であり、この日を一人で家で過ごすのも恥ずかしいな、と上からの催促で京斗くんだりまで出てきたわけである。もっと言えば、嫌がる祝部に、お願いします参加してください、とプライドもなく頭を下げた島子県の観光課の職員に圧倒され、渋々出場することになったのだ。
このクリスマスイベント、あくまでアンバサダーらが一堂に会し、各都道府県のPR活動――御当地B級グルメやグッズ販売。さらには写真撮影会――や、運動会のような催し物をするだけの、これこそ本当にお祭り企画である。
だがしかし、アンバサダーの多くは若い男女であり、イベント終了後、拘束の解けた血気盛んな彼らは、今ぞ決戦の時と言わんばかりに場外乱闘を始めてしまう。
ただそれは裏公式イベントとして周知の出来事であり、アンバサダー関連の一切を取り仕切る日本観光協会も暗黙の了解を示している。実際、大半の観客はこの場外乱闘が見たくてここまで来ていると言っても過言ではなかった。
祝部もまた、その場外乱闘に巻き込まれた一人である。
彼女はこのユニゲーに乗り気では無い。とある事情でこのゲームに参加するハメになっただけだった。だがしかし、それなりに容姿端麗な彼女には相応のファンが付いており、それなりに業界でも有名人なのである。そんな彼女に喧嘩を売る他府県のアンバサダーは数多い。その大半は美女人気ランキングで彼女に負けている女のアンバサダーだが。
その日その時、祝部はそれら鬱陶しいまでの敵と、渋々戦闘を繰り返し、連戦連勝を重ねていた。
そんな時だった。祝部が京一と出会ったのは。
誰もが怪我をしないように遠巻きにバトルを見つめる中、一人そのバトルの間に何の躊躇いも無く入り、鬱陶しそうな顔をして通り抜けようとしていた少年がいた。
「邪魔よ!」と叫ぶ祝部に対し、その少年、つまり京一は眉間に皺を寄せ威嚇するように、「お前らの方が邪魔だ」と言い返した。
「はあ? 何それ? そもそもユニゲーの戦闘中は、一般人は極力立ち入らないようにするのが暗黙のルールでしょ! 危ないのよ!」
「暗黙のルールであって義務じゃない。そもそも何がユニゲーだ。あほか。そんなもん家のテレビゲームでやってろよ。迷惑だ。そんな恥ずかしい格好してて、惨めじゃないのか? 寒そうだな、パンツ見えてるぞ」
「ばっ……! これも【ユビキタススーツ】で変換した服装の一部だから恥ずかしくないわ! ただパ、パンツに見せてるだけ! 本物はスーツの下よ!」
「誰もそこまで聞いてねえよ」
かぁぁぁっと顔をトマト色に染め上げていく祝部。
「馬鹿にしないでくれる? 私は別に楽しくてこんなことしてるわけじゃない。地元のために頼まれてやってることなの」
「あーそうですか。嫌々なんでちゅねー」
「やっぱり馬鹿にしてんでしょあんた!」
「ところで、あんたの地元ってどこだよ?」
「ぬっ……よく聞いてくれたわね。私の演じる由縁は〝クシナダノヒメ〟。ヤマタノオロチを倒した英雄スサノオノミコトの妻よ」
少し恥ずかしそうに、そう胸を張って言う祝部に、京一は更に眉をひそめて、「誰だよそれ。知らん。どこの話だ?」と言い捨てた。
「ちょ、ヤマタノオロチよ? あの伝説の! じゃあ出雲大社は知っているでしょ? この巫女装束は出雲大社の巫女であることも指してるの」
「知らん」
考える間も無くそう言い捨てる京一に、PR活動を念頭に置いてできるだけ平然を保っていた祝部にも焦りと苛立ちが芽生える。
「あんた勉強できないでしょ? 不良でしょ? 普通の人ならこれくらい知ってるわ」
「何だ、俺のせいか? 観光PR戦士失格だな」
「そ、その言い方はダサいからやめて! アンバサダーよ! ほ、本当に知らないの? 山陰地方の、出雲大社で有名な、あの県を?」
「だから何度も言わすな。そんな地方の事なんざ知るか」
「ち、ちほ……し、島子よ島子! 島子県! 知ってるでしょ!?」
ここまで誘導してわからないとは、と若干自分の生まれた県の知名度の無さを嘆きながら、しかしそれを教え伝えるのが自分の役割か、と祝部が言った。
しかしそれでも京一の険しい顔つきは変わらず、結局彼は首を傾げて言った。
「いや、知らん――ってうおっ!」
言うか言い切らないか、まるで答えを予測していたかのように京一の顔面を銀製の剣が襲った。落としそうになったフライドチキンを、なんとか持ち直して体勢を整える。
「た、確かに私の住む島子はマイナーで目立たない県かもしれないわ……でもさすがに、その名前自体を知らないなんて言わせないわよ! この馬鹿!」
「知名度の無さは自分たちのせいだろ! 俺に当たるなよ!」
「だからこうしてたたき込んであげるんでしょ!」
対戦相手のことも忘れ、容赦無く京一に振るわれる剣。それをなんとか距離をとって避ける京一だが、すっぱりと五条大橋の欄干が縦に横にと切り裂かれる。恐ろしい切れ味だ。
「ま、待て! 冗談だ、知ってる!」
身の危険を感じた京一は後ずさりするようにそう言って、祝部を宥めようとする。
京一はあくまで彼女の機嫌を取るように言った。
「あ~いや、最高だよな。鳥酉は」
ざくっ――と、京一の持っていたフライドチキンのバスケットに、剣が突き刺さった。
箱はちぎれ、ぼとぼととチキンが無残にも地面に落ちていく。
「今、なんて言ったの?」
ゴゴゴゴ、と音がしそうなくらい、祝部はこれ以上ないくらいの怒りに震えていた。
その目は間違えなくても京一を刺し殺してしまいそうな勢いだった。
「あんた、一番やっちゃいけないミスを犯したわね……観念せいや!」
言って祝部がバトルを放棄して一般人である京一を追い回し、京一はその一方的な暴力から逃れるようにして走り、そして現在に至るのであった――。




