危険な可能性
ようやく物語の核に触れていきます。もう少しおつきあいください(汗)
京一の背中に寒気が走った。
今までの小難しい話を聞かなかったとしても、充分に考え得る可能性だった。
異世界人がいる。この世界のどこかに。確実に紛れ込んでいる。まるで宇宙人が既に地球にコンタクトを取っていて、人の姿をして日常生活に紛れ込んでいるという都市伝説を聞かされた時のような気分だ。
「そしてそれが問題だ。異世界同士というものは本来干渉していなかった、と話したが、本来干渉すべきでなかった、と言った方が正しい。そう、干渉してしまっては問題なのだよ。それは様々なゆがみを生む。例えば単純に、各々の世界の生態系が狂う。田舎の清流に、外国産の獰猛な魚を放りいれてみろ。すぐにその清流のあらゆる生き物を食いつぶし、我が物顔でその清流を遊泳する。それは単純な摂理だ。じゃあその混ざり込む異世界の存在が、知能を持った人間だったとしたら? それもその世界が理解しえぬ、何百年も先の技術力を持った知識者だとしたら?」
「あんたの世界の人間が紛れ込んでるって、そういうことか?」
「そういうことだ、少年――いや、十院京一」
「……っ!」
ずっと少年と呼んでいたウェズデムが、今確かに京一のフルネームを吐いた。
まるでそれすらも初めから知っていたかのように。
「知ってたのか?」
「もちろんだ。私は無計画に事は進めない。異世界へくればその世界を充分に研究し、安全であると確認してから行動を起こす。まさか私があの青髪の野蛮人よりもこの世界に来るのが遅いとでも思ったか? もっと早く来ていたさ。ただ少し時間を使ってこの世界を回っていた。君の名前や経歴もちゃんと調べさせてもらった。さすがと言うべきか、やはりと言うべきか、私のいた世界もこの世界も、その技術力の大元は同じだ。それ故、この世界のネットワークに侵入するのは容易かった。一つ忠告しておくと、この世界の電脳警備システムは甘すぎる。侵入してくださいと言っているようなものだ。だからこうして私もあらゆるデータを抜き出せた」
今度は何もなかった【ノーフェイス】の顔の両目部分がかしゃりと音をたてて開き、そこから映写機のように放射上に光が伸び、京一らの周囲に球状の映像を映し出す。まるでプラネタリウムのような状態で、そこには先程とは比べ物にならない程に様々な画面が映し出される。現在のテレビ中継の画面から、どこかで見たことのある書物の一ページ。さらにはリアルタイムで映し出される監視カメラの映像らしきものまである。
「これらの中で、一つだけ私が引っかかったものがあった。それがこれだ」
無数の画面がぱっと切り替わり、今度はどこか日本の景色を映し出した。
その風景の中には、様々な衣装を身にまとい、その手に武器を携えた人間が目の前の同じようなコスプレ衣装の人間と戦いを繰り広げている。
それはアンバサダーだ。しかもその映像は、先日のクリスマスイベントのテレビ中継である。
「京斗。凍京。名越屋。北海堂。大坂。福丘。冲縄。今この世界、いやこの国で大流行しているという遊び、〈真・天下統一合戦〉。世間的には〈ユニフィティケーションゲーム〉と呼んだ方がいいのか? とにかく、疑似戦争を行うこの遊びに疑問を感じた」
「疑問?」
「ああ。それはボディスーツ一枚で、数多の衣服に瞬時に変装できる装置――【ユビキタススーツ】にだ。辿れば、このシステムを開発した会社は数年前に突如として現れたベンチャー企業であり、その企業の全容は謎に包まれていると、そうだったな?」
「……ああ。確かそんな感じだったと思うけど……」
「君はこの世界に不釣り合いな明らかなオーバーテクノロジーを、今まで疑問には思わなかったのか? この技術はどう考えてもこの世界の数百年は先をいっているものだ。どうせただ凄い、と惚けていたのだろう。そういうものなのだ、と受け入れていたんだ。実におろかな未開人だ」
馬鹿にするように言って、ウェズデムは周囲に映し出していた映像を消した。それらエアスクリーンは、収束するようにしてパワードアーマーの瞳へと戻っていった。
「これらのシステム。つまり【UTシステム】だな。私はそれをよく知っている。何故ならそれは、私の住んでいた世界ではごく当たり前に、日常生活に利用されているからだ」
「なっ、そうなのか?」
「既に衣類品を店舗におもむいて購入する時代は終わっている。衣類はボディスーツ一枚にデータ化され収納。わざわざ店へ出向かずとも、家にいて衣服が試着、購入できる。もちろんそのデータ化された衣服は仮想映像ではなく、実体のある熱や風をしのげる歴とした衣服となる。人々はかさばる衣服を季節ごとに買い換える必要がなくなり、余計な資源を消費せずとも済むという画期的なシステムだ。まあ世界中の数多のアパレル企業をつぶしてしまったというデメリットはあったが、しかし変革とは犠牲をともなうものだ」
「……そのあんたの世界で開発されたシステムが、あのユニゲーに取り入れられてる、ってことか」
「そう。そして私にはわかる。あれはまだこの世界の人間に開発できる代物ではない。おそらくあれは、私の世界にいた誰かがこの世界に持ち込んだのだろう。解析してみた所、寸分狂わず私たちの世界のシステムを流用していた」
「……じゃあそれが、紛れ込んだ異世界人か」
ぎりり、と京一は下唇を噛みしめた。
何故ならそれこそが、そのシステムこそが日本にユニゲーなどというものを流行らせ、そしてそれ故に犠牲になったものがあったから。
死ななくてもいい人を殺した、悪しきものだから。
「なんで、どうしてそんな事……」
「奴らが何を企んでこの世界でそれらを利用しているのか、それはまだわからんが、一つだけはっきりしていることがある」
京一は顔を上げてウェズデムを見た。もはや京一にさっきまで募っていた怒りは無かった。
ただウェズデムの言葉に翻弄される。
「このままでは間違いなく、異世界の人間がこの世界を乱す。それはこの世界に限らず、どの世界にも言えることだ。考えてもみろ。私の世界の知識を持った人間がこの世界にいるんだぞ? 私の世界はこの世界に比べればはるか未来を行っている。つまり、その知識を多分に使い、この世界に存在しない武器兵器などを開発したら、世界はどうなると思う?」
「……っ! 戦争?」
こくり、とゆっくりウェズデムはうなずいた。
「そう。確実に要らぬ争いごとが起こる」
「そんな……」
「我々は相いれぬのだ。互いに違う文化を育み、違う価値観を正義としている。それはどうしようもない差異であり、矯正のしようもないものだ。それ故、和解の術はない。いや、和解する必要が無いのだ。我々は争いを持ってしてどちらが上でどちらが下か、どちらが正義でどちらが悪かを決定するしかない」
「だから……だからって、あいつを殺すのか? 悪いのはそいつら悪党だろ?」
「普段惚けているあの一見無垢な少女は、異世界同士を繋ぐ唯一の存在だ。だがそれ故、本来ならば行き交うはずの無い異世界人同士が、その少女の作り出した扉を使って異世界を行き来している。これは由々しき事態だと思わないか? 何の検閲も無しに文化も価値観も違うものを自分の庭に引き入れるのが正常と言えるか? 答えはノーだ。私はこの問題を一秒でも早く解決すべきだと考えている」
「……でも、それは確かなのか? あいつが異世界を繋いでいるっていう確証はあるのか?」
「証拠は無い。だがしかし、私の直感がそうであろうと告げている」
「ふ、ふざけんな! そんな、そんな勘で人を殺すのかよ!?」
「私もどっしり腰をすえてもう少し研究をしたいがね。だがしかし時間の猶予は少ない。これ以上異世界同士を繋げておけば、取り返しのつかない事が起こる可能性もある。そのためであれば、例え賭けであろうとも、私はあの無垢な少女を殺める事に抵抗を感じはしない」
揺らがない。京一の感情にまかせた言葉に、やはりその男は揺らがない。一つの物語を完結させてきた達観した男には、何も響きはしない。
ウェズデムは両手を前に差し出した。その両腕部分が、カシャカシャと小気味よく動きを見せ、腕の下から小さな砲門が飛び出てくる。そしてその砲門は確かに京一に向けられていた。
「さて。長かったがこれで私の話は終わりだ。私も人でね。理由があれど、一方的な殺人は余計な反発を生むと経験上知っている。そのため事情を説明させてもらった。これは寛大な処置だと思ってくれていい。君も、こんなどうしようも無い理由があるなら、あの少女を諦めることができるだろう。元々あの少女をどうするべきか、対処に困っていたのだろう? だったら私に差し出せば良い。正義か悪かで言えば、それが一番正しい行いだ。それとも世界のためだ、そういえばわかりやすいか?」
「納得、できるわけねえだろ……! そんな馬鹿な話」
「納得してもらおうとは思っていないさ。理解してもらえればそれでいい。もっと言えば、理解されずとも別にいい。これは私なりに義理を果たしたかっただけだ。この世界の主人公にな」
差し出した両腕の砲門から、二発の小さなミサイルが発射された。それは京一の両脇をすり抜けていき、京一の後ろの地面を爆破した。あまりの爆風に、京一は顔を押さえてしゃがみ込んだ。
「さて。では何故私が現在無防備なあの少女ではなく君を狙ったのか。そんな疑問が湧いてきた所だろう? 私とて無駄な殺人は避けたい。それこそが異世界間の歪みを生む原因になるやもしれんからな。だがね、あの少女はヒロインだ。彼女を直接襲っても、余計な邪魔が入る事はわかっている。それはあの野蛮人の世界でも充分に経験した。あの少女がピンチにおちいれば誰かが助けに入ったり、もしくわ偶然起こった自然現象に遮られたり……本当に不思議な力が働くのだよ。物語においてヒロインは最後の最後まで死なないからな。これは私が『物語的ヒロイン説』を提唱する一番の要素でもある。それ故、私は主人公の方を狙う事にした。君を殺せば、主人公のいない物語は終わりを告げる。そして物語の終わったヒロインはヒロインではなくなり、物語の力に守られる事なく死ぬだろう」
京一は動かなかった。
何がなんだかわからないこの状況で、ただ足が動かなかった。
自分がどうすることが正しいのか。どうするべきなのか。それがわからない。
バシュッ、と発射音がして、小さな注射器程度のミサイルが発射される。京一は急いで後ろへ駆けて、粉々になった墓石でできた山へと隠れた。轟音がして、鼓膜が破れたのではと思えるように、耳鳴りがする。
京一の身体に、吹き飛んだ瓦礫が容赦無く当たった。
「さあ少年! 観念するがいい! 何も持たない君は、私の前ではあまりに無力だ! 今君は軍隊一つを相手にしていると思っていい!」
声が響いてくる。その一方的な暴力に、京一は忘れていた怒りを再発させる。
「これで、本当にこんなことで全部が解決すんのかよ! ヒロインとか異世界とかよくわかんねえけどよ! 結局悪さしてんのは誰でもない、てめえら異世界人なんだろうが!」
「そうだ。だがしかし、だからこそ私がわざわざこんなところまで出向いてその悪の根源を絶とうとしているのだ。それとも君は、世界中から悪党がいなくなるなんて非現実なことを願っているわけではないよな? それはどう足掻いても無理な話だ。確かに、今この世界に【UTシステム】を流用している輩を止めることは可能だ。あれは私が開発したシステムだからな。強制的にシステムを停止させることは容易だ。それは少女を殺めた後ででも、やり遂げてみせよう」
何気なくウェズデムが言った言葉に、京一の耳がぴくりと反応を示す。
「……何? 今、なんて言った」
京一はおもむろに顔をあげて、尋ねた。
その表情は、何かとんでもないことを知ったかのようにわなわなと打ち震えている。
「何だ? 何か引っかかる事でもあったかな?」
「【UTシステム】は、あんたが開発した、のか?」




