少女を殺す理由
話が長くてすみません。。。
「物語的ヒロイン説?」
聞きなれない言葉に、京一は眉根を寄せる。
言い方から名称の付け方まで、いちいち学者っぽいな、と京一は少し苛立った。京一はあまり勉強は得意な方ではない。言わば目の前の男は天敵とも言える。
「そうだ。君は物語文学に興味はあるかな? 面白いのが物語文学と言うものはどの世界だろうと普遍的に存在する。人間は想像する生き物だからな。じゃあその物語文学において、必ずといって良いほど重要で必要な存在は何だ? 言うまでも無く、それは“主人公”だ。物語文学は特定の人物の人生や生活を描くのが基本だ。それはどの時代、どの世界であっても変わらない。そして主人公と同じくらいに、重要で必要な存在がもう一人いる。誰だかわかるな?」
京一はウェズデムの催促をあえて無視した。それに答えてやるほどお人好しでは無い。
しかしウェズデムも京一が素直に答えるとは期待していなかったのだろう。言葉を留めることなく、あっさりと答えを言ってしまう。
「それが“ヒロイン”だ。ある種、ヒロインというのは主人公以上に重要な存在となってくる。何故ならヒロインの行動如何で、主人公の行動が決定されるからだ。ヒロインを守りたい。ヒロインに浮気をされた、ヒロインと出会って事件に巻き込まれた……それは物語を進める上でのキーマンだと言える……と、ここまでは理解できるか? ついてこられないなら要約してやってもいいんだぞ?」
「必要ない。さっさと結論を話せ」
今度は答えた。馬鹿にされているようで癪に障ったからだ。
とはいえ、これもきっとウェズデムに答えさせられたのだろうと、すぐに気づく。
「よろしい。では続けよう。では今度は被検体六六六番に話を移そう。彼女は出自の全く不明な、どこの誰かもわからない純真無垢な少女だ。だがしかし、彼女は偶然被検体となり、偶然私の目に止まった。そして私と共に悪なる研究者を追い、その野望を潰えさせた。どうだ? まるで私が主人公で、被検体六六六番がヒロインのヒーロー物語の展開じゃないか。映画でよく見る話だ」
「自分を主人公呼ばわりかよ。自画自賛もそこまでいくと痛いぜ、おっさん」
「自画自賛もしたくなる。こんな完璧な人間はどの世界にもいないからな。とにかくその後、被検体六六六番は異世界へと消えた。次にアインヴェルトにおいて、少女は青髪の戦士と出会い、そして彼女と共に世界を混沌に導く敵対組織と、さらには神々とやらと相まみえ、そしてそれらを打ち倒した。どうだ? これもまた、青髪の女を主人公とした物語のヒロインのような位置づけじゃあないか」
「言いたいことが、見えないな」
「まあ聞け。もうすぐ結論だ。今思えば、確かに違和感はあったのだ。どうしてくだらない感情を捨てた私が、あんな小娘に興味を惹かれたのか。そして少女は何故たびたび私に指針を示してくれるような事をしてくれたのか。もちろん君も知っての通り、少女は決して頭の良い人間じゃない。基本的には五歳児程度の知能しかない。少女はあくまで、偶然を持ってして、私に問題の解決の糸口を与えてくれた。そして何故それを疑問に思わなかったのか。思い起こせば無数の疑問が浮かび上がる」
そしてそれはアインヴェルトでも同じだった、とウェズデムは続けた。
キリカ――否、被検体六六六番を映していた映像が、黒の影絵のような画面に代わり、その影絵が動き出す。まるで紙芝居のようだ。
「少女は偶然青髪の戦士と出会い、そして冷徹な青鬼と呼ばれた青髪の騎士ブラウは、失った情にほだされて少女をひいきし、人間的に丸くなった。そのおかげか周囲に人が集まり始め、彼女は一人では太刀打ちできない難敵相手にも、その仲間と共に戦い勝利することができた。その旅の先々でも少女はほとんど偶然に、彼女らに利益を運んできた。つまり、彼女ら自身の物語を進める上で、少女の存在は無くてはならないものだったんだ」
「なるほど……それでヒロインか」
「待て、結論は私に言わせろ。結論を話者から奪い取るのは、人間がする最も愚かな行いの一つだ。相手を侮辱していると言ってもいい。……とまあ、結論はそういうことだ。だから私が行き着いた仮説は、被検体六六六番は人間ではない。いや、あくまで普通の人間ではない、ということだ。私は少女は概念である、と考えている」
「……概念?」
京一は今度こそ理解できない、とばかりにいっそう眉をひそめた。
もはや頭がついていかない。知識者の独りよがりの弁論に、頭が拒否反応を示している。
「難しいか? わかりやすく言おうか。例えば“私”と“被検体六六六番”を概念的に言えば、“主人公”と“ヒロイン”と言い換えることができるだろう? つまり“私”=“主人公”で、“被検体六六六番”=“ヒロイン”ということになる。だがしかし、私は人間だ。“私”=“主人公”とは言えても、“主人公”=“私”とは言えない。何故なら、世界には無数の物語が存在するからだ。それはつまり、主人公も無数に存在することを意味する。だから“主人公”と言う概念に対し、無条件で“私”と結びつけるのは早計なのだよ。わかるか?」
わかるようなわからないような、京一はそう思ったが、しかしわからないと言うのも悔しくて、とにかく先まで話を聞いてみようと沈黙を選んだ。
「だがしかし、あの少女は違う。“少女”=“ヒロイン”であり、“ヒロイン”=“少女”なのだ。そう、少女は“ヒロイン”、という概念の存在なのだよ。それこそが、『物語的ヒロイン説』の結論だ。端的に言ってしまえば、少女は絶対的な“ヒロイン”であり、ありとあらゆる場面、場所において、“ヒロイン”という立ち位置に強制的に為ってしまう。その時の主人公は時に私であり、時に青髪の女であり、そして時に――君でもある」
ウェズダムは京一を指さした。
「俺が……主人公?」
京一は唖然と呟いた。
「ああ、勘違いするな。君らは私と違って主人公に価するような立派な人間じゃない。能力も容姿もな。だがしかし、この場合の主人公とは、ヒロインに対する立ち位置を示すものであって、能力の優劣は意味しない。あくまでヒロインという絶対的な存在がいて、それに準拠して主人公が設定されるに過ぎないんだ」
「そんなもんどっちだっていい。だからそれがどうしてあいつを殺す話に飛躍するんだ?」
「ああそうだったな。その話だった。忘れていた」
「忘れんな」
初めの怒りはどこへやら、京一は既に墓を荒らされた怒りを失い、ただ男の言葉を聞き遂げるだけになっていた。いや、どこかでそれを楽しみにしていた。
自分の知らない、理解できないものへの好奇心が、沸き立つ。
「では少女がヒロインという概念だとしよう。そうした場合、一つの疑念が解消される。それは、異世界への扉への疑念だ。先程も言ったが、どの世界にも普遍的に物語文学というものが存在する。冒険活劇や、ファンタジー、推理小説や恋愛ものなどがな。それ故、どの世界にもヒロインという概念は普遍的に存在するのだ。言い方を変えれば、ヒロインという概念は世界を選ばない。ということは、だ。ヒロインという概念である少女が、誰も為し得なかった異空間の壁を通り、異世界へと渡ったとしても、可笑しい話ではないだろう?」
「……」
「確かに被検体六六六番は私の世界において、ヒロインだった。だがしかし、私の世界が救われ、平和になった途端、少女はまるで役目を終えたかのように忽然と消えた。何故なら、もはや私の世界にヒロインは必要が無いからだ。平和になった世界で、物語は進まない。描かれない物語に、ヒロインは不必要だからな。そうして少女は役目を終えて消え、異世界へと飛び立った。そしてそこで、新たな別のゼノと呼ばれるヒロインとなった。ゼノはゼノであり、もはや被検体六六六番ではない。それは概念だからな。その時々で呼称を変える。だからこそ、少女は私を憶えていなかった。何故なら外見は同じでも、その少女はもはや別の物語のヒロイン――つまりは別人だからだ。それも当然だ」
「ってことは、アインヴェルトって所でも世界を救って物語が終わり、そして役目を終えたから、姿を消した。そうして今度は、この俺たちの世界で起こるだろう物語のヒロインとして、今ここにいる、と言うことか? 全く別の人間として」
「コレクト。その通りだ。ここまで説明してやってようやく理解できたか。未開人」
言ってウェズデムは肩をすくめてみせる。やはりいちいちリアクションがアメリカンなのが鼻につく。京一は彼の住む世界を見たことはないが、おそらく欧米染みたところなのだろうと想像がつく。
「ではその絶対的ヒロインという概念である少女を私がここまで追い、そして抹殺しようとする理由は何か。それはその少女が、本来は干渉し合うはずもなかった異世界同士を、繋いでしまっているからだ」
「……繋いで、しまっている?」
「そう。私の研究によれば、異世界同士は今まで何一つとして干渉し合ってこなかった。そこにあってそこに無い。それこそ夢物語の存在同士だったわけだ。だがしかし、その干渉し合わない世界において、唯一どの世界にも存在してきた存在がいる。それが、あの白髪の少女だ」
京一は切り替わった映像上のキリカを見つめた。やはりどこからどう見ても、ただの女の子にしか見えない。そんな異世界だなんだと言われるような立派な存在ではないように見える。ただの阿呆でマヌケで生意気な、幼い少女だ。
「少女の存在が異世界同士を繋ぎ合わせ、本来あるはずのなかったその異世界への扉をも生じさせた。それに気付くものは少なけれど、しかし私は違う。私は少女の残した異世界への扉を見つけ出し、こうして異世界を自由に行き来している」
「それが、殺す理由になるのか?」
「なる。何故なら、こうして異世界への扉に気付き、それを使用するものが私一人であれば、何の問題も無かった。しかし異世界への扉というものは、そこにあるのだと認識してしまえば、そこに現れる。口で言うほど簡単ではないがな。それ故、あの青髪の女もこの世界へと渡ってこれた。ということはだ。今こうして異世界への扉に気付いたものが出てくれば、それは必然その他の人間もその存在に気付き始めるだろう? 大事なのは認識だ。確実にそこに異世界があるのだ、と気付いてしまえば、その扉は開かれてしまう。そう、誰にでもな」
「……ってことは、まさか……」
「ようやく気付いたか。未開人。そうだ。君達が気付かないだけで、今もこの世界には私以外の異世界人が紛れ込んでいるぞ」




