飯だ!風呂だ!
そっと扉を開けた。
別に誰に迷惑を掛けるわけでもない。見ず知らずの他人の家と言うわけでもない。
ただいつものように、京一は音を立てずに自宅の扉を開けた。
それが彼にとっての習慣だった。
扉を開け、いつものように誰もいない玄関を上がり、いつものように脇の階段を登って部屋へ行こうと、いつものように物音を立てずに静かに階段へ足を掛けた。
「ぐえっ。ここ、けいいちのおうち?」
「ばっ――」
しかしいつもと違うのは、そこに京一と一緒にいたキリカと名付けた少女の存在であり、そのイレギュラーは、やはり京一にとってイレギュラーな行動をみせた。
慌てて京一がキリカの口を塞ぎ、抱き上げる。キリカはもがもがと嫌そうに抵抗を示したが、京一は黙れと表情で示した。
「京一くん?」
がちゃり、とリビングの扉が開き、そこから一人の女性が現れる。三十代前半ほどの女性がおっとりとした表情で、京一を見ていた。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
その優しい眼差しに、しかし京一は気まずそうに視線を逸らす。
「京一くん。その子は?」
京一の腕の中でまるで拾ってきた子猫のようにしていたキリカが、その女性に片手を上げ「おっす」と快活に言った。
「あらあら……あなたは、誰かしら?」
彼女の質問にも、しかし京一はだんまりを続けていたのでキリカが京一を見上げると、京一の表情は暗く陰っていた。
「えっと……とにかく、夕ご飯食べましょ。あなたも食べる? カレー」
「たべるっ! はらへった!」
「うふふ。そっか。たんとお食べ。ところでお名前はなんて言うの?」
「きりかっ」
「……え」
その名を聞いた途端、その女性は表情を硬直させ、ゆっくりと京一を見上げた。
「けいいち?」
溌剌としたキリカの問いかけにも、京一は何も返さず沈黙を貫く。
何かを拒絶するように。
すると女性は無理矢理笑顔を作り、
「そっか。キリカちゃんか。良い名前ね」
と言って優しく頭をなでた。
「けいいちがつけてくれたっ! もっとほめろっ!」
「うふふ。可愛い可愛い」
「ていうか飯よこせっ! 腹へった!」
「あら元気な子。でもその前にお風呂、入ろっか」
「やだっ! 食べるっ!」
「だーめ。そんな泥だらけじゃリビングに入れないの。京一くんも、まずはお風呂に入ってきたら?」
「……そうします」
ようやく、たったその一言だけを返し、京一はそそくさと脱衣所へと向かった。キリカがひたすら飯だ飯だと騒ぐのを、その女性は後ろから少し含んだような笑顔で見つめていた。
「けいいちっ、おふろって何?」
「……お前は風呂に一度も入ったことがないのか」
脱衣所で二人きりになり、京一はようやくそうキリカに言葉を返す。異世界の衣服だと言うその白いエスニック柄のワンピースを脱ぐと、少女はあっという間に生まれたままの姿になる。先程まで飯の事しか頭にないようだったのに、今はお風呂に興味が移ったようだ。
身体を洗い、少女を綺麗にし終わったあと、京一と少女は共に浴槽へと身体を沈めた。少女はちゃぷちゃぷと楽しそうで、それを京一が見つめていると少女が顔を上げて尋ねた。
「ねえねえけいいちっ、さっきの人、だれ?」
その質問に京一は少しばかり返答を躊躇ったあと、天井を見上げて言った。
「俺の、母親だ……一応な」




