顔だけ極悪人な俺は家に人を上げます。(2)
俺が3人分のお茶を入れ終えてリビングに戻ってくると……。
「……」
「……」
目の前には、俺がお茶を入れにいっている間何があったんだ? と聞きたくなるような光景が広がっていた。
状況としては中城さんの膝の上に柚子が乗っていて、乗っている柚子の頭を中城さんが一定の速さで撫でていた。
俺は2人に近づき、お茶を出しながら二人に何があったのかを尋ねる。
「あの、二人とも。俺がお茶を入れている間に一体何が?」
「あ、先輩ありがとうございます。お茶を入れ終わったら、もう帰って良いですよ。お疲れ様でした。私は柚子ちゃんを愛でていますので」
帰るも何もここが今現在俺の住んでいる家である。
そう思ったが女子二人のこの空間で男である俺はただの異物であろう。
二人とも宜しくやっているようなので俺は自分の分のお茶を片付け、二階の部屋に戻ることにした。
部屋に戻る前に一度柚子の顔を見る。
柚子はとても楽しそうな……楽しそうな? 微笑みを浮かべた顔で気絶していた。
「ちょ、中城さん。柚子気絶してる!」
俺は慌てて柚子の元に駆け寄り柚子を持ち上げて中城さんと柚子を引き剥がす。
「急に何をするんですか? 喧嘩売ってるんですか? 売ってるなら買いますよ!」
「いやだから柚子気絶してるって! 中城さん、柚子のことになると必死すぎない?」
「ちょっと何を言ってるか分からないです、先輩。必死もなにも柚子ちゃんはもはや神ですよ。ゴッドです! ゴッド! 神は崇め奉るものなんですよ! 必死になって当然です! 分かりますか? この神々しいオーラが!」
何を言っているか分からないのは俺にとっては、いや世間一般では中城さんの方であろう。
怪しい宗教団体の教祖様を崇め奉っているときによく使っていそうな言葉を平然と、さも当たり前のように言ってくるヤツのどこに分かる要素があろうか。
そんな人が家まで来たら即警察に通報するレベルである。
それを中城さんにしないのはただ単に知り合いだからだ。
例えば、身元不明の自分にとって見ず知らずの四十代のオッサンがAさんの家の前で誰か来るのを待っていて、それにAさんが捕まってしまったとしよう。
そこでAさんがオッサンに『私の知り合いに神がいるんだけど誰も信じてくれないんだ。君ならわかってくれるよね』と言われてAさんはそのオッサンの言ったことを信じるだろうか?
答えは否である。
もしかしたら信じてしまう人がいるかもしれないが、俺だったら確実に信じないどころか一旦家に帰って警察に通報し、SNSに『神の知り合いを名乗るヤツが俺の家の前で人を待ち伏せている(笑)』と呟くことだろう。
そもそも多くの人は信じる信じない以前にこのオッサンは何を言っているんだ薬でもキメているのだろうかと思うに違いない。
つまり俺が何を言いたいのかというと自分もしくは知り合いに神がいると本気で思っている人は大抵頭の調子がおかしいかどこか頭のネジが飛んでいるということである。
「中城さん 、病院までついていこうか?」
なので俺が中城さんに病院までの案内を提案したのも不思議なことではないだろう。
「なんで私が病院に勧められてるんですか? もし連れていくとしたら柚子ちゃんの方でしょう!」
「それはな……説明しても中城さんは理解できないことなんだ。人間一度植え付けられた固定観念はなかなか変わらないって言うだろ? それと同じだ」
「何かよくわかりませんが納得できません!」
あれこれ中城さんと無駄なやり取りをしているうちに柚子が目を覚ます。
「ここはどこ……私はだれ?」
柚子は周りをキョロキョロしてそう呟いた。
「おいしっかりしろ、もう昼だぞ」
俺は寝起き? で頭が働いていない柚子の肩を叩き、覚醒状態に持っていこうとする。
「……はっ! おはよう……お兄ちゃん」
「今は朝じゃなくて昼だぞ」
どうやら俺は柚子を覚醒させることに成功したようだ。
覚醒早々悪いが俺は柚子に気絶してしまった原因を尋ねた。
「柚子、一体何があったんだ?」
俺は兄として気絶していた原因を突き止めなければならないのだ。
だが俺のその言葉を聞くと柚子は突然震え始め、周りを確認し始める。
その姿は捕食のターゲットにされた小動物そのものだった。
「あー何となく分かった気がする」
そう言って俺は中城さんをジト目で見た。
多分コイツが何か気絶させるようなことをしたんだろう。
その証拠にさっきから中城さんの目が四百メートル自由型の日本記録を更新するような泳ぎを見せていた。
その泳ぎっぷりはもはや『私が犯人です!』と宣言しているのと同じである。
そして俺は吹けもしない口笛を吹いて最後まで犯行を誤魔化し通そうとした中城さんに詰め寄った。
「一体何があったのか君なら分かるよね?」
俺は自分の顔をフル活用して中城さんを脅す。
「はい、すみません。私が全て悪いです」
顔がそんなにも恐ろしかったのか中城さんは俯いて俺から一歩下がった。
だがそれにしては様子がおかしい。
先程から俯いたまま一歩ずつ下がり続けているのだ。
「まさかそのままフェイドアウトする気だったり?」
「ギクッ…………マサカソンナコトナイデスヨ。深く反省してますよ」
そう言いながらも一歩下がる。
「ならその足を止めようか中城さん」
「ははっ……面白いこと言いますね、先輩。人間足を止めてしまったらもうそこで試合終了なんですよ」
さらに一歩下がる。
「俺は立ち止まって一度自分を見つめ直してみるのも大事だと思うぞ」
「へーそんな考え方もあるんですね。私はちょっと用事があるのでこれにて失礼しますね」
中城さんはついには背中を向けて全力でリビングを出ようとしていた。
「柚子! 二番だ!」
だが、そうはさせないのが俺だ。
俺は自分手を挙げて柚子に合図を送る。
「……わかった」
柚子は俺の合図に気づき返事を返した。
俺はあらかじめ中城さんが何かやらかすことを見越して柚子にいくつか必殺技を教えていた。
まさかそのうちの一つを使うときが来るとは人生何があるか分からない。
さぁ柚子の必殺技に恐れ戦くが良い。
俺がそう思った直後、準備が整ったのか柚子は必殺技を放った……。
「……あやかちゃん、もう帰っちゃうの?」
そうこれが必殺技うちの一つ『アヤカブレイク』である。
中城さん以外には効果は薄いが中城さん本人に対しては絶大な威力を誇る、まさに『アヤカブレイク』は対中城さん用決戦兵器であると言っても過言ではない。
その証拠に今まさにリビングを出ようとしていた中城さんが足を止めていた。
だがこの必殺技には一つ弱点がある。
それは相手が中城さんだった場合、柚子本人が興奮状態となった中城さんという危険に晒されるということだ。
「はい、犯人確保」
なので俺は中城さんが覚醒する前に身柄を取り押さえ、その後そのまま中城さんをソファーまで連行した。
「じゃあそこに座って」
「……はい」
連行された中城さんは思いの外反省しているようだった。
中城さんが俺に連行されてソファーに座る姿は夕方疲れきって帰宅するサラリーマンを見ているときのような哀愁を感じさせた。
「聞きたいことは分かるよね?」
「はい、柚子ちゃんの件ですよね」
「何であんなことになったんだ?」
「頬擦りしました」
「それだけか?」
「抱きしめました」
「それと?」
「髪の匂いを少々……」
少しふれあうくらいだったら問題ないとは思うが、流石に頬擦りや髪の匂いまでいくと柚子に同情せずにはいられない。
なので柚子の気絶に関する件は被害者本人である柚子に判決をしてもらうのが良いだろう。
「柚子は中城さんをどうしたいんだ?」
「正直何されるか分からなくて怖かった……けど」
そこで柚子はその後中城さんに何か言おうとして言い淀む。
だが暫くして意を決したのか中城さんをまっすぐ見た。
「……嫌だったけど、まるで友達がいるみたいで楽しかった。だから友達になりたい……ダメかな?」
「何言ってるのよ? 柚子ちゃんと私が友達になることなんてないから……だってすでに親友、いや家族も同然なのに友達になったらランクが下がりそうじゃない」
中城さんがいつ俺達の家族になったのかは知らないが、どうやら中城さんと柚子はもう大丈夫らしい。
この件をきっかけに折角出来た関係が崩れることを危惧する故の行動だったが俺の行いは全て余計なお世話だったようだ。
「あやかちゃん、今度からあやかちゃんのことあやかちゃんって呼んでも良い?」
「柚子ちゃん、もう既に呼んでるじゃない。もう可愛いんだから」
心配しなくても二人は上手くやっていける、と2人のやり取りを見た俺はそう思い二階に上がるのだった。




