前編
勇者の幼馴染ポジション、TS転生、好きな要素を詰め込みました。
「グギャアァァァァァァァァァ!!!!」
魔物の断末魔が響きわたる。聖剣によって魔核を貫かれた、熊を凶悪にしたような魔物がどうっと地面に倒れ、静かになる。
辺りには熊や狼などに似た魔物が数十匹転がっており、さながら地獄絵図といった感じだ。
まぁ、悲しいことに慣れてしまった光景なんだけど。
「お疲れ様ー」
息を整えている魔物を切り伏せた青年ーーアベルに軽く声をかけ近寄る。仲間である騎士と魔法使いは地面にへたりこんでるのに、油断なく周囲を伺う様子はまだまだ余裕がありそうで、ほんと勇者ってチートだなー、と思う。
「まったく、君の体力は底無しだね」
「んなことねーよ、結構ギリギリだ」
こちらを見る目は戦意でぎらついていて、戦い足りないようにしか見えないんだけど。まったく、脳筋すぎないだろうか。
上から下まで眺めると、身体についている血は大半が返り血で、大した怪我はしてないのがわかる。よかった、これならヒールで全部治る範囲だ。
「まぁ、とりあえず治すねー。≪ヒール≫ついでに≪クリーン≫」
アベルに向けた杖から光が溢れだし、アベルを覆う。瞬く間に怪我が治り、服についた血が消えていく様はいつ見ても見応えがある。僕ってばすごい。天才。
光が消えた場所には、すっかり戦闘前の姿に戻ったアベルがいた。少しワイルドな整った顔立ちに、汚れのない鎧姿がよく似合う。治し損ねた怪我はなさそうで、安心する。
「よっし、ヒールで全部治ったねー。さすが僕、天才」
「お前なぁ……。はぁ、ありがとうな」
「どういたしましてー」
アベルには問題がなさそうなので、騎士と魔法使いの方に向かう。騎士はアベルより傷は無さそうだが、大きな盾がボロボロで、体力もかなり消耗してそうだ。あらら、盾は次の町で買わなきゃだし、体力は僕の治療魔法ではどうしようもないから苦い薬飲んでもらわなきゃだ。
騎士ーーランスロットが近付いてくる僕を見て困った顔をしたのは、薬を飲まされるとわかっているからだろう。
「お疲れ様。とりあえず≪ヒール≫≪クリーン≫で、薬ね」
「…………あぁ、やはり飲まないといけませんよね」
「次の町までまだ距離あるし、ここで休むのは危険だしねー」
すっかり綺麗になったランスロットは、優しげな顔立ちの金髪碧眼の美丈夫だ。分厚い鎧の傷はそこまで深く無さそうで、あれだけの魔物の群れに前衛の彼が盾一つの消耗で済むなんて、やはり腕がいいんだなぁ、と思う。さすが将来を嘱望される騎士様だ。
薬を苦々しい顔で受け取る彼にちょっとイケメンざまぁと思ったのは秘密である。
さて、後は魔法使いーーテスタロッサだ。
ランスロットが庇っていたおかげか、テスタロッサには怪我はなさそうだ。だが、大魔法を連発していたせいで魔力が切れているみたいだった。これはお薬案件ですなぁ。ちなみにこっちも苦い。
眉をしかめてこちらを見るテスタロッサは大層な美少女だ。銀色の髪にサファイアのような瞳。おまけに幼げな顔立ちに不釣り合いなおっきな胸。ロリ巨乳ですよロリ巨乳。ありがたやー。
「テスタロッサは怪我はないみたいだね。≪クリーン≫とお薬どうぞ」
「うぅ……。やっぱり飲まなきゃだめぇ?」
上目遣いにこちらを見つめてくるテスタロッサは超可愛い。思わずいいよっと言ってしまいそうだが、それで困るのはテスタロッサだ。ここは心を鬼にしなくては……。
「だーめ、それにあそこまで大魔法連発する必要なかったでしょ?」
そう、彼女もまた国で一番と唄われる天才魔法使いだ。当然、使える魔法は幅広く威力も高い。
それを踏まえると、先ほどの大魔法は威力が高すぎてオーバーキルもいいところだった。原型を留めてない魔物も結構いる。
もっと小規模な魔法で充分だったのに大魔法を使って魔力が切れているんだから、自業自得なのである。
「だって、せっかく覚えた魔法使ってみたかったんだもん……」
「別に使っちゃダメとは言ってないよ。ただ、その結果の責任はとらないとね」
「うぅ……」
渋々薬を受け取り、ちびちび飲むテスタロッサは涙目だ。いっきにぐいっといった方が楽だと思うんだけどなぁ。
「おい、クリス。お前は怪我ないのか?」
「ないよー。後ろで結界はってたし、勇者様に庇っていただいてましたからねー」
いつの間にか近付いてきたアベルがじろじろ見てくるのを邪険にあしらう。てか見すぎ。
邪悪な者を寄せ付けない結界に、さらに今人間のなかでもっとも強いであろう勇者様の護衛までついてて僕に怪我をさせられるのなんて、それこそ魔王くらいだろうに。
「戦闘中は出来ることないからねー。おとなしーくしてましたよ」
「……ん、怪我がないならよかった」
にか、と笑う表情は小さい頃から変わらない。見るもの皆を安心させるような笑顔はさすが勇者って感じなんだけど、僕以外に笑いかける機会が少なすぎなので宝の持腐れである。
「クリスティーナ様とアーベルジュ様は本当に仲がよろしいですね」
「この薬も、あの二人くらい甘かったらいいのに……」
にこにこと笑いながらのランスロットの台詞に他意はない。ちなみに、アーベルジュはアベルの本名で、クリスティーナは僕の名前だ。
アベルとは長い名前を面倒がってお互いあだ名なんだけど、律儀な性格のランスロットは勇者様をあだ名で呼ぶなんて! とちゃんと呼ぶし敬語も外さない。オマケみたいな僕はクリスでいいんだけどなぁ。
まぁ、ランスロットは何回言っても聞いてくれないしいいのだ。時間が解決してくれるだろう。問題は、恨めしそうなテスタロッサの台詞だ。
「だーかーらー、僕らはただの幼馴染、腐れ縁!! 特別な感情なんてないんだってば!」
「はいはい。あぅ、苦ぁ……」
おざなりな返事に思わず胡乱な目を向けてしまう。てか薬まだ半分も飲めてないじゃないか。さっさと飲みなさい。
まったく、何が悲しくて僕が男と恋愛しなきゃいけないのか。
僕の身体は女だけど、心は男だというのに。
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異世界転生、というものを僕はどうやらしてしまったらしい。
僕の前世はごく普通の男子高校生だった。前世でどう生きてたかとかの記憶は正直あまり覚えてないのだけど、価値観やら知識やらはまだしっかり残ってるし、自分の事は男だと思っている。
そう、前世だ。今世はクリスティーナという女の子に産まれてしまったのだ。なんでだよ神様、記憶をちゃんと消すか男に生まれ変わらせてよ!
自分が女だと気付いた時の衝撃は、転生したと気付いた時の衝撃以上だった。赤ん坊の頃は性別なんてわからないからね。
転生の衝撃から立ち直り、今世を楽しく生き抜こう、あわよくば前世で出来なかった可愛い彼女を作ろうと思った瞬間の女の子でしたー、だ。崩れ落ちたね。親には心配をかけてしまい申し訳なかった。
まぁね、クリスティーナという名前だからちょっと違和感はあったんだけど、皆クリスクリス呼んできてたからね。正直クリスが自分の名前でたまに呼ばれるクリスティーナは僕が可愛すぎてふざけてるんだと思ってたよね。
今思えば、女の子という事を認めたくないからそう思ってたのかもしれない。
まぁ、それからも頑張って立ち直って、この世界の事を調べた。そしたら、 RPGのような世界ということがわかったのだ。
魔法も剣も魔物もいる。魔王復活の噂もある。さらに、ここの近くには勇者のみにしか抜けないという聖剣が刺さった丘があるという話がひっそりと伝わっていた。ピンときたね、これは勇者に転生したんだって!
で、近くに住んでたアベルを巻き込んで、勇者の修行と目論んだ。そこで、人生初の挫折を味わった。僕には剣と魔法の適正が、全然無かったのだ。
アベルが大人の見よう見まねですいすい剣術を覚え、あまつさえ自己流に改造したり、必殺技作ってる横で、僕の手からは木刀を模した木の棒がすっぽぬけた。
おばば様の家に忍び込み、勇者のための魔法が記された本を読み漁り、軽々火やら風やら格好いい魔法を覚えていくアベルの横で僕がいくら呪文を唱えてもなんにも出なかった。
てっきり勇者に生まれ変わったと思ってたのに全く戦闘向けの術を覚えられなかった僕はまたまたショックを受け、アベルに八つ当たりした。おかげでアベルにはトラウマを刻んでしまい、今でも僕が身構えるだけで構えさせてしまう。ふっ、思い出したくないものだな、黒歴史というのは……。
いくら幼かったとはいえ、胸をぽかぽか殴りまくったのは本当に悪かったと思う。ゴメンネ。
まぁそんなこんなで踏んだり蹴ったりな転生をした僕だけど、薬作りと治療魔法、あとおまけに生活魔法だけは適正があった。なんとなーくどれが薬草かやその効能、どうしたらよりよい薬になるかがわかるのだ。前世の知識でも無意識に働いてるのだろうか。
治療魔法は怪我をしたアベルに焦って前世の知識にあった呪文を試したら普通に使えた。調子に乗ってファイアやらウィンドやら唱えても効果は無かったのはなんでだ。
ただアイテムボックスやらクリーンやらの便利魔法は覚えられたので、まぁその点は有り難かった。ちなみにアベルは治療魔法やらは覚えられなかったけどちゃっかりアイテムボックスは覚えた。チート野郎め。
そんな感じでアベルと探検したり諦めず修行したりしていた僕達だが、ある日アベルがひょっこり聖剣を抜いてしまった。
……聖剣が見たいと言った僕のために、アベルが取ってきてくれたのだ。マジかよ。あそこ結構強い魔物やらガーディアン がいるから近寄っちゃいけませんって言われてたよね?なにあっさり抜いてきちゃってるの?
それからは大騒ぎで、勇者様のご光臨じゃーと騒いだ村長から話が伝わり、お城から迎えがきたアベルと一緒に僕もお城に連れてかれた。アベルが僕が一緒じゃなきゃいかないと駄々をこねたのだ。
そこで僕は天啓を受けた。これ、勇者の幼馴染ポジションやん?と。
補助役として最初はそこそこ役に立つけど、大体上位互換の聖女とかがきて、途中の町で離脱するかパーティにいるのはいるけどたまにしか出番無いとかそういうポジションのやつだ。
そして大体勇者が好きだけど、後からきた正ヒロインに持ってかれる、のは、別にアベルに恋愛感情抱いてないから大丈夫か。とにかく結構不遇なポジションである。せっかく転生しといてこれかよ!?と頭を抱えた。
そして、お城で王様から有り難ーいお話があり(内容は覚えてない)仲間を紹介されたんだけど、そこに居たのがランスロットとテスタロッサ、あとお姫さまだった。お姫さまは回復魔法の名手らしく、僕はお役御免かと思いきや、アベルが同行を拒否した。僕がいるからいらない、と言ったせいで目をつけられ、お姫さまと勝負することになったんだけど、そこでなんと僕にもチートが発覚したのだ!
…………うん。治療魔法が威力とかありえないレベルだったらしい。普通治療魔法で治せないような怪我まで治せちゃうんだって。お姫さまが全力で長い呪文を唱えようやく使える高レベル治療魔法が、僕が鼻歌混じりに唱えるヒールより弱かったのだ。
それでお姫さまだけ置いてきぼりにした勇者一行は、打倒魔王の旅にでかけるのだったー。
というわけで、今はその旅の途中。さっき襲ってきた魔物は中々多かったが、勇者様御一行の敵じゃなかったよね。経験値美味しいです。あるのか知らないけど。
僕がどうでもいいことを考えてる間に、アベルはさくさく魔物から使える部分を採取し、アイテムボックスに放り込んでいた。ランスロットとテスタロッサも薬を飲み終わり、回復したようだ。よきかなよきかな。
「お待たせしました。もう動けます」
「お口にがぁ……。早く次の町行こ?甘い物食べたーい」
「アベルお疲れー。ふむ、そこそこ収穫あったみたいだし、甘い物分位にはなるよね?」
「……テスタロッサが一番高く売れるヤツ粉砕してくれたけど、まぁ、そこそこにはなる」
「…………テヘッ☆ ごめんね?」
ペロッと舌を見せるテスタロッサは可愛らしく、なんでも許しちゃいそうになる。ランスロットなんか顔赤いし。
でも、アベルには効かないようで、しらけた目で見ている。マジかよアベル、こんなに可愛いのにお前その反応かよ……。
「んじゃまぁ行きますかー」
僕が適当に声をかけると、皆動き出した。こういうのは勇者様がすべきだとは思うんだけど、アベルは基本的に無口で、僕以外とはあんまり話さない。なので僕がなんちゃってリーダーみたいなことをしている。
ランスロットは勇者様を差し置いてなんて、てなるし、テスタロッサはめんどーいだそうだ。消去法だね。それでいいのか勇者様御一行。
たまに僕が薬草を採取しながら次の町へと向かう。ここらの魔物はさっき全部襲ってきたっぽい。平和なものだ。
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特に問題なく次の町に到着。アベルが派手なことを嫌うので、勇者様御一行歓迎会!みたいなのはない。ひっそりと旅してるので、資金も基本的には先ほど倒したような魔物の売れる部分で得ている。実力者揃いなのでそれでも十分やってけちゃうのだ。僕も薬売ったりしてるし。
そんなわけで、宿屋でも一人一部屋余裕でとれるし、基本そうしてる。テスタロッサと一緒は、ね。どーしても部屋がとれない時たまにあるけどほら、僕精神的には男だから緊張しちゃうんだよね……。まだアベルと一緒のがありがたいんだけど、ランスロットに男女同室は駄目です!!と怒られてしまった。なので基本は一人部屋である。
今回の宿屋も四室空いてたので、一人部屋だ。まだ昼間だけど、皆疲れただろうってことで夕飯まで自由行動になった。なので早速荷物を適当にほってベッドに転がる。あー、久々のベッドきもちー。夕飯までゴロゴロしとこー。
コンコン
僕が全力でベッドゴロゴロしてると、ノックの音がした。アベルかな?ノックした後ほっといたら勝手に入ってくるから気にせずゴロゴロしてると、扉が開かない。ありゃ?アベルじゃないのか。
「はいはーい」
しぶしぶベッドから起き上がり扉を開ける。そこにいたのは珍しくランスロットだった。
「ありゃ、ランスロットじゃん。珍しい」
「お休みのところ、突然申し訳ありま……っ!? な、何て格好をしてるのですか!?」
「へ?」
言われて見てみれば、ゴロゴロしてたせいか胸元が乱れてちょこっと肌が見えてる。けどマジでちょこっとじゃん。ランスロット大袈裟すぎない?
あわあわして目を背けたままのランスロットに急かされ、胸元をちょちょいと整える。ついでに他のところも軽く整え、ランスロットに声をかけると、おそるおそるこっちを見てセーフだったのかホッと息をついた。
「クリスティーナ様、あのような格好で扉を開けてはいけません! 私だったからよかったものの、変な輩でしたら襲われていますよ!?」
「はーい。ごめんなさーい」
「本当に、気を付けてくださいね……。もし貴女に何かあれば、私もですが、アーベルジュ様がどれ程怒ることか」
アベルは友情に厚い男だからなぁ。僕なんかを襲う人はいないと思うけど、万が一があったら確かに恐いかも。一応気を付けよっと。
「何故か、伝わりきっていない気がします……」
「だいじょーぶだよー。それより、なんか用じゃないの?」
「……あ、はい。そうです。その……」
そこで何故かもじもじするランスロット。イケメンの恥じらう姿なぞいらっとするだけだから、早く話してくれんかな。
しばらくもじもじした後、ランスロットから言われたのは意外なことだった。
「買い物に付き合ってほしい?」
「はい……。その、テスタロッサ様がお疲れのようでしたので、何か喜ばれるような物を、贈りたくて」
「……ははーん?」
ほうほう、テスタロッサが喜ぶ物、ねぇ。ほうほう。
恥ずかしそうに頬を染めるランスロットは、乙女も顔負けの可憐さだ。美形は何でも絵になっていいっすね、けっ。
いや、でもランスロット、テスタロッサのこと好きなのかー。そういや今日の戦闘でも傷一つつかないよう必死に庇ってたみたいだしね。てっきり真面目な彼のことだから、嫁入り前の女の子に傷をつけてはとでも思ってるのかなと考えてたんだけど、愛ゆえかー。いいっすねー。甘酸っぱくていいんじゃないっすかー。あ、砂糖吐きたくないので馴れ初めはいいです。
まぁでもそういうことなら、悲しいかな、僕は役に立たないんだけど……。
女の子の好みなんてよくわからんし、自慢じゃないがコイバナとか初なのだ。女子力という謎の力は僕にはほぼ備わってない。精神的には男だしね!!
「僕、あんまり女の子が喜ぶような助言出来ないんだけど……」
「ですが、私も何を贈ったらいいか皆目検討もつかず……。今まで剣一本で、女性と関わった経験がないのです」
イケメンなのに……?と訝しく思ったが、ランスロットの顔は真剣そのものだ。
……もしかして、ランスロットって童貞?こんなにイケメンなのに?ピュアかな?
だが、そういうことなら協力するのもやぶさかではない。お仲間には親切にすべきだろう。決して捨てられた子犬のような目にほだされたわけではない。
「んー……、まぁ、一人よりマシか。よし、一緒に行ってあげるよ」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」
そんなこんなでかるーく用意をして、町を二人で歩く。マジで女の子が喜ぶような物ってわかんないんだけどなぁ。
「甘い物は夕食の時食べるだろうから避けるとしてー、何がいいかねー」
「そうですね……。あ、あれはどうでしょう?」
そういってランスロットが指差したのは、なんと武器屋だった。バカかな?
「念のために聞くけど、何を贈る気?」
「テスタロッサ様は攻撃は大変優れていますが、防御に不安がありますので、鎧など如何かと」
「却下」
心底驚いた顔をこちらに向けてくるランスロットに、ため息をつく。女子力無いけどついてきてよかったわー。こいつイケメンなのにとんだ脳筋ですよ。残念すぎる。
「流石にね?それはないわ。大体鎧とか重い。二重の意味で。もっと可愛い物にしよ?」
「そうですね……。テスタロッサ様が着られた場合、体力を削られ、いざというときに動けないかもしれませんし、機動性も落ちます。さすが、クリスティーナ様です」
「あー……。うん」
その二重じゃないんだけど、まぁ、いいか。
その後も魔術の触媒になるもの(まぁ喜びそうだけど)とか歩きやすく丈夫な靴(これも重い)とか実用性しか考えないランスロットをなんとか方向修正し、最終的に花束を買わすことに成功した。
「花、ですか」
「まぁ定番だけどね」
というか、僕の貧弱な経験では女の子が喜ぶ物って言われても花位しか出てこない。流石に鎧とかよりはマシな、はずだ。
淡い色合いのテスタロッサに映えるよう、赤やオレンジ等の華やかな花束にしてもらった。当然花を選んだのは僕である。ランスロットは食用に出来る花を選ぼうとしたからね……!!
「これを、貴方が疲れていたみたいなので選んできました。喜んでもらえると嬉しいですとか言って渡せばいいよ」
「…………そうですね。が、頑張ります」
「おー、頑張れ頑張れー」
適当に応援しながら宿に戻る。
宿に近づくにつれ、ランスロットの顔が赤くなり、フラフラし始めるのがちょっと面白い。
優しくて力持ち、性格よしの将来性バッチリで、その上イケメン。文句の付け所が無い男だというのに、恋の前では形無しだね。
「…………大丈夫?」
「は、はははい。おそらくは」
宿が見える距離になってくると、もうほんとに真っ赤で息も荒く心配になってきた。
声をかけてもこちらを見ないのは礼儀正しいランスロットらしくない。これは、ヤバイかな?
「そんなに心配なら、練習しとく?」
「練習、ですか?」
ほぼ無意識でそんな台詞を言ってしまった。だって、あまりにもヤバそうだったからつい。
でもいいアイディアだよね、ランスロットもシミュレーションしといた方が本番落ち着くだろうし、このまま行かせるのは不安だし……といった事を説明すると、ランスロットは感激してくれた。
「クリスティーナ様、そんなお気遣いいただいて……。ありがとうございます……お願いしても、よろしいでしょうか?」
「いいよ、これで送り出すのもなんか無責任だし」
軽い気持ちでそういって、宿の裏手、人気の無い方にランスロットと向かう。
そこには一本大きな木があった。そこの下でなら周りからも見えないだろうし、ランスロットも気が楽だろうということで、練習場所をそこに決めた。
僕が木を背にして、その前にランスロットが立つ。真剣な眼差しのランスロットは、本当にただのイケメンである。
……うわー、なんか緊張するなー、これ。練習とわかってても、なんか、あれ。イケメン強い。
「じゃ、じゃあ僕がさっき教えた通りにやってみてくれる?」
「わかりました……」
ランスロットが目を閉じて精神統一する。僕もこっそり深呼吸する。
目を開けたランスロットが、一歩僕に歩み寄り、花束を捧げる。似合いすぎて息がつまった。
「テスタロッサ様、貴方がお疲れのご様子でしたので、慰めになればと思い、こちらをご用意させていただきました。貴方の様に、可憐な花です。受け取ってくださいますか?」
少し微笑みながら花を捧げられ、最初鎧を贈ろうとしたとか君食用選ぼうとしてたよね?とかが全部飛んでいく。世界に二人しかいないような、ランスロットの真剣な眼差しに捕らえられるような錯覚に陥りそうになった。
ボンッと、顔が真っ赤になるのを感じる。
「は、はひ……」
思わず花束を受け取ると、ランスロットが本当に嬉しそうに笑った。限界まで赤くなっていたと思った顔にさらに血が昇る。くらくらしてきた。
「ど、どうでしょうか……?」
「……とんでもないわ」
急に赤くなり、不安そうな顔をするランスロットにそう答えるのが精一杯だ。イケメンなめてたわ。
花束を返し、顔を手で扇ぐ。あっついやばい。イケメンと花があそこまで親和性あるとは……。僕はひょっとして、とんでもないものを産み出してしまったのでは……。
「不合格、でしょうか」
「いやいや、合格!すごい合格!満点だよ!!」
しゅんとするランスロットに慌ててそう告げる。
満点すぎてテスタロッサヤバイかもしれないけど、それは黙っておこう。からかわれた仕返しではない。
ランスロットに自信を持つように言い、テスタロッサの元に向かわせる。これは夕飯の時には二人はカップルになってるかもしれないなー。お祝いしなきゃ。
「そうだ。こちらを、クリスティーナ様に」
「なに?」
ランスロットに渡されたのは、さっきの花束より一回り小振りな花束だった。白系統の花がまとめられている。中々可愛い。
「今日付き合っていただいた、お礼です」
くすり、と微笑みながら渡され、また顔に血が昇る感覚を味わう。やめて、なんか急にイケメンになるのやめて。これさっき君が熱心に聞いてた食用の花じゃなくて、僕が心身共に女の子なら惚れちゃってるよ?
「あ、ありがとう……」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」
そういって去っていくランスロットを見送る。
あー……。テスタロッサ頑張って。祈ることしか出来ない僕を許してください。
「それにしても、やばいわ……」
まだ熱い顔を扇ぐ。イケメンの告白じみた真似とはあそこまで破壊力があるのか。それはモテるはずだわー。
あーなんか最後のでどっと疲れた……。町に結構早めに来たおかげか、まだまだ夕飯までの時間は余裕がある。
部屋に戻ってゆっくりしよ……。そしたら顔もおさまるでしょ。
そう思って歩き出した僕は、気づかなかった。
「なんだよ、今の……」
僕を見下ろす苛烈な眼差しと、そう呟かれた暗い声に。