第2話:逃げるな!目を背けるな!そっと胸に手を当ててドキ☆ドキを受け止めてごらん
妄想ホストから上手く逃げ切った僕は裏庭の花壇の前でしゃがみ込んでいた。
僕はやっぱり本館に居た方がいいんだろうか。授業には出られないし、変な人には遭遇するし、女の子に間違えられるし。
やっぱり僕は勉強しか取り柄のない男女と、イジメられてる方がお似合いなのかな。
「なんだ?野良猫が迷いこんでらぁ」
僕の頭の上で図太い声がした。僕は天を仰いだ。
「どしたよ?お前見ない顔だな。なんかあったのか?」
僕と同じ制服を着た男の人が隣であぐらをかく。スラッとした体格だけど僕より遥かに大きい。耳に幾つもピアスを付けて、何となく不良っぽいイメージが漂っている。
「お前ここに居るってことは特進の奴か?」
「うん、今日からなんだ。柚木明日香です。あなたは?」
「俺は幹孝久」
「幹君かぁ。なんか嬉しいなぁ」
僕は笑った。今日初めて笑ったような気がした。「……何が?」
「んーだって、今日は全然いい事なくってさ。変なサディストには絡まれるし」
「ああ、サディスト麗子だな」
「知ってるの?」
「ああ。あいつは生活指導だ。因みに俺らの担任は狂夜恋。ホストっぽい格好したやつなんだ」
あの妄想ホストも教師……やっぱりナルシスト部じゃなかったのか。しかも担任って。校長の神経を疑ってしまった。
「僕、馴染めるかなぁ」
不安のあまり、抱えていたものが涙となって零れ落ちた。
――ドッキューン!
……ん?今なにか鳴ったような気がしたけど。まあ、気のせいか。
「――もってやる」
「え?」
「俺がお前を守ってやる!」
幹君が突然僕の手を握りしめる。
「えっ?えっ?えっ?」
僕は手と幹君を交互に見つめる。
「安心しろ、俺も特進の生徒だ。お前を泣かせる奴は教師だろうと許さねぇ!そして俺はおま、お、お、お前のす、すすすすすす」
「お前のすすすすすす?幹君大丈夫?顔が赤い」
僕は幹君の額に手を置いた。
「ああ!お、俺はお前が好きだなんて言ってねぇ!違う!違うんだ……落ち着け俺。お前の、お前のすき焼きが……お前がすき焼きだから」
「なに言ってんだよ!僕がすき焼きってなに?すき焼き食べたいの?」
「いや、違う……お前を食いたい」
「は?僕は牛じゃな――」「ぬぉぉぉぉぉおおお!もう止めてくれ!俺は健全なんだ、俺は男なんだ、なのに……なんだこの動悸息切れは!」
はい、救心。と渡したい所だが、今僕の手元にはパブロンの半分で出来ている優しさしかない。くそっ!せめてウコンの力があれば。
「と、取り敢えず、明日から来いよ。俺がそ、そそそそ傍にいてやるから」
僕は幹君の温かい言葉と、初めて友達が出来た喜びで泣きまくった。幹君は僕が泣き終わるまでずっとずっと隣に居てくれた。
が、しかし、この時明日香は知るよしも無かった。自分を優しく抱きしめてくれている幹が、自分を女として見ている事に……。