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漆黒のレーヴァテイン「旧版」  作者: 山崎 樹
一章・ミッドガルドは回る
8/15

和人街の日々・一

冒険者ギルド―――


 目覚めた瞬間に感じたのは小鳥のさえずりと奇妙な程の静寂。

 そしてその静寂を鳴らす遠くから響く鐘の音は七回……。

 どこか惰眠を邪魔されて不機嫌そうな街の吐息を感じながら、カイトは目覚めた。


「朝ごはん……作らないと」


 寝ぼけ眼で、やたら固くて居心地の悪い枕から頭を上げたカイトの第一声がそれであった。

 思考は数秒……そして彼は自分が異世界に来たことを思い出していた。

 泣き虫ミイラ……神官っぽい奴、それからそれから……。

 単語を何も考えずにただ羅列して行くうちに徐々に覚醒していく。

 とどめにカイトは人差し指でトントンと、頭の横を軽くつつくように叩いて脳みそを起きさせる。


「うん、つまりこの世界は日本人が白人ぽいのに弾圧されている世界なんだな」


 カイトが昨晩まで叩き込まれた情報をまとめ上げた。

 和人(日本人)の住む土地を占領する教会。

 ちなみに彼らはグラナートと呼ばれる英語っぽい言葉をしゃべるらしい。


 英語ということは……つまりはアメリカ人ということだ。

 恐らくはあちらの世界から召喚されたアメリカ人が彼らの祖なのだろう……多分。

 あちらの世界において、英語を話すのはアメリカ人しかいなかったから、だいたいイメージはあっているはずだ。


 そう結論付け、カイトは枕の近くに置かれた盆に入った水で顔を洗うと、包帯を顔に巻き、バイザー状の仮面をつけ、顔の上半分を隠す。

 いったい、俺は幾つなんだ……改造失敗で滅茶苦茶になった顔を見ながら、ぽつりとつぶやく。


 失われた記憶……それは未だ戻ってはいないが、夢や、あるいはふとした拍子にその断片が蘇ることがある。

 多分、俺は十代……そしてその大半が学校で勉強している姿。

 学生だったのだろう……中学か高校……私服はなかったから小学生ではない。


「ま、今はいいか……ともかく学生だったのなら、少しは勉強できるだろう」


 この街は和人の街、だが白人に占領されている以上、白人が扱う言葉は勉強しないといろいろと不便なのだそうだ。

 勉強は正直言って嫌いだが、やる気を出してなんとか頑張ろう。

 決意も新たに、身支度を整えたカイトは、朝食目当てに階下に降りて行った。


 バタン、と戸が閉まる。

 それと同じくして窓から風が流れ込み、カイトが寝ていたベッドの枕にかけてある布がめくれ上がった。

 そこから除くのは分厚い本。

 題名はグラナート語入門……カイトが言葉を勉強するために使うテキスト兼辞書である。


 枕代わりにされたテキストは風に揺れ、どこか呆れたようにカサカサと音を立てた。


*****


「ふわわわ……」


 あくびをしながらカイトは階下に降りる。

 そこはシックな喫茶店……ではなく、ここは冒険者ギルドだ。

 ギルドマスターの趣味か、この冒険者ギルド・シャルラハートは喫茶店のような内装になっている。

 ちなみに舌を噛みそうな店名をカイトは略して、「シャラララ」と覚えている。


 カウンターに丸テーブル、鍵付きの引き出しに入れられた茶葉、アンティーク調のポットまである。

 カウンター奥にはまるでバーテンダーのようなシャツと皮のチョッキを着た二十代半ば程の店主、整えられたヒゲと、細めた目が印象的な男の名前は来栖。

 カイトが「表向きに」仕える冒険者ギルドのギルドマスターである。


「おや、意外に早いんですね……まだ七時ですよ」

「もう七時、少し寝坊したか」


 朝ごはん……朝ごはん。

 再び眠りかけた頭を叱咤し、きょろきょろとキッチンらしき場所を探す。

 異世界だから薪に火をつける所からやるのかとブツブツと呟く。

 そんなカイトの様子を、来栖は日常生活では意外と大人しいんですね、独り言ちたが、カイトは気にしなかった。


「朝ごはんでしたら、そこにサンドイッチを作っておきました」

「お、サンキュー」

「急いで食べてくださいよ、明日から仕事なので今日だけなんですよ、この街を案内できるのは」


 そうか、案内もしてくれるのか。

 実のところ、カイトが異世界に来て初めての記憶はほとんどあの救援に向かったあの武家屋敷から始まっているのだ。

 それより前の記憶は現代世界も含めてあまり思い出せない。

 絶対に改造失敗が原因だろうとも思うが、炎の魔術と不死身の身体は気にいっているので特に不満はない。


「卵に、サラダ、ハム……バリエーション豊かだな……うっ!!」


 卵サンドを口に含んだカイトが舌を硬化させる。

 なんだこの油ギトギトの卵。

 潰した卵にコショウ、だがなぜか油をたっぷりと入れてあり、しかも冷えて固まっている。

 

 続いてハムサラダ・サンドを口に入れると今度はパンがベタベタだ。

 野菜の水分がパンに浸み込んでぐっしょりしている。


(……これは突っ返すべきか、いやでもせっかく作ってもらったし)


 ふと見ると来栖はこのダメ・サンドを食べるカイトに平然としている。

 もしかするとこの世界ではこんな不味い飯が普通なのか、いやいくら何でも。


「……早く食べてくださいよ、時間は貴重ですから」

「お、おお……」


 結局、サンドイッチを全て平らげたカイト。

 うん……料理はこれからは俺がしよう、と固く誓いを立てた。

 だが今は……口直しがしたい。

 どこか屋台で何かおいしいものを買おうか……と金がないことに今更ながらに気付く。

 お金を……貸してください。

 だが……カイトはあえてそれをお願いしない。

 カイトが一番初めに聞きたいことは他にあった。


「ごちそうさま……じゃあ出かけようか」

「ええ、行きましょうか」

「だがその前に、藪から棒な質問で悪いが……あの子、どうなったんだ?」


 来栖が、少しだけ不思議そうな顔をする。

 この質問を彼は予測していなかったのだろう。

 カイトが言うあの子とは、武家屋敷で見つけたミイラの少女? のことだ。

 戦利品として持ち帰ったカイトだが、別に売り払うために持ち帰った訳じゃない。

 カイトとて、そこまで頭のネジが飛んでいる訳ではないのだ。


「ちゃんと供養してやろうぜ……間違っても、薪代わりに燃やすような鬼畜なことをするなよ」

「薪代わりって……おい、手前の発想の方が鬼畜だ」


 言葉が乱れた来栖が誤魔化すようにわざとらしく咳ばらいをする。

 その後、思い出すようになぜか笑い出した。

 目は笑っているが、口元は吊り上がり、堪えきれない喜びを我慢しているのが推察される。

 どう見ても……悪人の笑顔だった。


「彼女は死んでいる訳ではありませんよ……今、「貴方の本当の主」が蘇生措置をしているところです」

「え、生き返るのか」

「ただし、恐らく会うことはできないでしょう……身分が違いますからね」


 含みを交えた来栖の皮肉ともいえる発言、あるいは自嘲か。

 カイトがあの子を助けたこと、それはカイト自身に何の利益ももたらさない。

 金銭は功績もあって多少はもたらされるだろうが、恐らくカイトが助け出した事は葬り去られ、適当な理由が「あの子に」告げられることだろう。

 

 来栖はもとよりカイトもまた陰に潜むもの。

 金銭やコネ、物資などを対価に手を黒く染める汚れ役。

 決して表に出てはいけない汚れ役。

 そのことをカイトはまだ正しく説明されてはいない。


「ま、それならしょうがねえよ……」

「強がりですか?」

「いや、恩着せがましいのは好きじゃない……ただ泣かせるなよ、あの子を……泣き虫なんだから」


 カイトの発言に来栖は可笑しそうに笑う。

 どこか、子供を見るような、未熟な者を見るような笑い方。

 だが嘲笑ではない。

 眩しそうに目を細める仕草から、それが馬鹿にしているわけではないと知れた。


「貴方……彼女の生前を知らないのでしょう……泣き虫などと適当なことを言うものではありませんよ」

「ああ、そう言えばそうだな……悪い」


 ただ来栖は付け加える……無欲なことはこの街では罪となる。

 その意味を理解できないカイトのボケ顔を横目に来栖は外への扉を開いた。


 外に出ると感じる空気は雑多な物だった。

 木造建築が並ぶその遥か遠くに、不似合いな石造りの大聖堂。

 それがこの街が何者かに占領された街であることを示している。


「いい街ですよ……本当に」


 戦乱と占領、そして更なる戦いを支える相州ソウシュウの街。

 交易都市、前線基地、占領地……数多の顔を持つこの街の一番知られた俗名は奴隷都市。

これより四方、大いに乱れ、誰として安穏たる立場に置くこと叶わず。

例え奴隷だろうとたやすく王家の一員となりうる。

そして逆もしかり……昨晩の王が、翌朝には糞と化す。


 金と欲望が渦巻く奴隷都市・相州……。

 事実上の一日目をカイトは迎えたのである。


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