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漆黒のレーヴァテイン「旧版」  作者: 山崎 樹
序章・戦乱のヴァルハラ
5/15

雨中の魔術士・四

屋敷・裏門―――


「命令無視に独断専行……あまつさえ依頼人の屋敷に火をつけるなど、カイトはいったい何を考えているのだ」


 カイトとローレンツが対峙していた頃、燃え盛る屋敷を包囲しようとしている何者かがいた。

 何やら武家屋敷……つまりは武人らを助けに来た友軍のようだったが、どうにも姿が妙だ。

 真っ黒い頭巾に、真っ黒い装束。

 顔は見えない。

 カイトも仮面で顔半分を隠しているが、多分にアクセサリーとしての趣が混じっているカイトとは違い、こちらは実用一辺倒。

 つまりは正体を知られたくない、後ろ暗いことを行っているという事実が露骨に表れていた。


「まあいいでしょう……カイトは魔術士、意思の疎通が図れるだけまだマシと言うものです」

「ですが……」


 頭巾より、よく整えられた髭が覗く……集団の頭目らしい男が不満を言う部下を窘める。


「では行きましょうか……我らの刃を見たもの、ことごとくを抹消しなければなりません」

「はっ……」


 頭目の命が下され、集団が一斉に屋敷にとりつき始めた。

 ある者は裏手から、あるものは壁を越えて窓から。

 そして頭目は、ゆっくりとカイトが戦う正面へと歩み始めた。


「余程のことがない限り、カイトは処分しませんよ……殺人に抵抗がない異世界人、意外にレアなんですから」


*****


屋敷前―――


 紅蓮の鳥は嘶くごとに、ローレンツの顔が黒い染みで覆われていく。

 彼の手より弱々しく光るそれはなんらかの術的な抵抗であるのか。

 だがもう遅い……カイトが魔導書の力を解き放ち、鳥を、フレスヴェルクを出した時点で勝負はついた。


「お前……名前、ま、いいか……外見通りの年じゃねえな」

「……」


 炎に焼かれ、術で傷を癒し、そのループを繰り返すごとにローレンツは老いていった。

 二十代の若々しい姿が変わる。

 皺がヒビのように顔を走り、肌からは潤いが失われ、歯は抜け、髪も抜け、目から意思の光が消え去っていった。

 フレスヴェルクの炎は浄炎、それは若さを奪う力ではない。

 全ての魔術的効果を打ち消すマジックキャンセルの法、偽りの生で身体を維持する人ならざる者には致命打を与えるのだ。

 百をゆうに超えているであろう不死者のごとき醜き姿が、ローレンツの正体であった。


「お前は、異世界人……これは、異世界の力」


 炎に焼かれながらも、どういう理屈か声を出すことができる。

 その皺がれた声が最期の言葉を紡ぐ。

 

「そうだ、俺は異世界人……俺はこの魔導書フレスヴェルクを扱うために人の身体を捨てた、頭のおかしな異世界人だ」


 カイトの答えを聞き、ローレンツはゆっくりと頭を下げた。

 肩も腰も、それに倣う。


「あん……なんだそりゃ?」

「強き者への……服従の土下座です」


 強い風が吹き、炎が高く燃えがった瞬間、カイトは術を解いた。

 後に残されたのは黒焦げとなったミイラの如き老人の死体。

 そして一冊の本が残された。


*****


 分厚い書は干からびたローレンツに抱きかかえるようにそこにあった。

 その書は表紙に鳥のような絵が描かれている。

 四隅を鉄で補強した高価そうなその書、だが驚くはその状態。

 古ぼけてはいたが、先程まで炎の中にあったのに少しも焼けている様子はない。


 再生能力。

 この書はカイトと同じく不死であるようだった、最低でもそういう風に捉えられるくらいには異質な存在であった。


「はぁ……どこかにもっと強い奴はいねえかな」


 先程よりもさらにつまらなさそうな顔でカイトが愚痴る。

 ふと周囲を見回すと、司祭を斃された賊どもが逃げ支度をしていた。

 逃げる奴らを襲ってもつまらない。

 手間もかかるし、面倒くさい……どうせ、ヒゲとその部下の黒っぽいのが一人残らず始末するだろう。

 自分がすることはもう何もない。


「……そう言えば俺の仕事は当主の護衛だっけ?」


 今更のように本来の業務を思い出し、カイトがばつが悪そうに頬を書く。

 カイトのお粗末な頭で考えなくても賊どもが屋敷から出てきた時点で当主は既に殺されていることだろう。

 任務失敗の文字が頭をよぎるが、結局のところ……後の祭りだ。


「到着時点でもう賊はいたみたいだし、俺が何しても結果は一緒……俺は悪くないぜ」


 どこか言い訳がましく、誰もいないにも関わらずわざと声に出す。

 罪悪感というものが少しだけ顔を覗かせていた。

 既に雨は止み、屋敷を焼いていた炎は消えていた。

 耳を澄ますと、遠くで賊どもの悲鳴が聞こえる。


「生きているかどうかだけ確認するか」


 カイトはそう呟くと、魔導書を拾い上げて胸ポケットに入れ、ゆっくりと屋敷の中に入っていった。



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