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漆黒のレーヴァテイン「旧版」  作者: 山崎 樹
序章・戦乱のヴァルハラ
3/15

雨中の魔術士・二

屋敷前・深夜―――


 古風な武家屋敷の裏手門に一人の男が立っている。


 バイザーのような鉄色の面で顔の上半分を覆い隠している怪しげな男だ。

仮面の隙間から爛々とした血色の目が覗き、髪は総白髪……枯草のようなそれが、同じく色素の薄いヒビだらけの肌によく合っていた。

 ゴワゴワとした厚手の服は年季の入った汚れが染みつき、血で染まっても大して変わりなど無いほどだが、どことなく古風な風格が感じられる服にも見えた。


 道教の道士のような佇まい、知る者が見ればそう称したかもしれない……が、その不吉な風体はむしろ死人……キョンシーと言う方がしっくりくる、そんな姿である。

 もっとも、その不吉な姿は彼自身が選んだものである、有体に言えば彼が自身の与えられた能力を聞いて選んだコスプレに過ぎないのだが。


 男の名前はカイト……年は自分でも分からない。

 だだ目線が少しだけ高く感じられることから、多分、現代日本にいた頃より十センチほどは背が伸びている。

 これも異世界召喚の恩恵か。

 伸びた分も含めて身長は160センチほど、体格はやや華奢にも見えたがまあ平均といえる。

 子供にしてはやや高く、大人としてはやや低め、そんな背だ。


(俺を召喚した人間も気が利くじゃないか……できれば180くらいにしてくれればもっと良かったんだけど、ま、許すぜ)


 軽口を叩きながらカイトは屋敷内に目をやる。

 先程から続く騒がしい物音と悲鳴は賊どもが暴れまわっている音だろう。

 このまま突入したいところだが、生憎カイトの「もう一つの能力」は室内での戦闘に向いてはいない。

 カイトは魔術士……放つ力は周辺一帯をなぎ倒す。


(いや、むしろ……)


 どこか楽しそうにカイトが口笛を吹いた。

 色の悪い唇は皺だらけで、漏れ出た声は錆びた歯車が回るような軋んだ音だった。


 「木の家にはやっぱ……火だよな」


 皺がれた声が不吉な言葉を紡ぎだす。

 カイトは自らの身体に命令する。

 彼の身体に刻まれた術式はそれに応え「弾丸を生成する」。

 本物の弾ではない……あくまでカイトのイメージだ。


 だが弾丸と言うのは、むしろカイトの魔術を適切に表しているとも言える。

 カイトは人ではなく、魔術を打ち出す大きな「銃」なのだ。

 弓よりも早く、剣より強大な「銃」の使い手。


 カイトは「弾を込めた」。

 カイトが持つ弾は十三……。

 その内の一つを今、放つ。


「呪文は……唱える必要はねえけど、恰好がつかないからな……ま、考えておくか」


 瞬間……今しがた賊に破られた裏門があった場所に紅の魔法陣が現れる。


「ファイア……」


 その言葉と同時にそこは暴風と灼熱と地獄となった。


*****


屋敷内・当主の私室―――


「おかしいと思いませんか……敗者たる貴方がたが豊かに、勝者たる私達より豊かになるなんてね」


 この武家屋敷の主たる老人……その部屋に賊どもが土足で踏み入れていた。

 先頭はヒラヒラとした服を着た僧侶。

 ご丁寧にツバの立った黒い司祭帽を被っているのだから司祭の職に就いているのだろう。

 さもありなん、彼の名前はローレンツ。

 この街で司祭職につくれっきとした聖職である。

 そんな彼が片手にカトラスを持ち、老人を脅していた。


「毛唐が、何の用だ……大戦でわしらから主君を奪っただけでなく、今度は何が望みだ」

「金に決まっているじゃありませんか……この街でそれ以上に大切なものなんてそうそうないですよ」


 ローレンツのカトラスが老当主の首元に突き付けられる。

 にっこりと、そこだけは聖職者として相応しい穏やかな笑みを浮かべる。

 司祭が強盗など、この街では珍しくもない。

 その中で司祭ローレンツはこれでも紳士的な方なのだ。


 彼は人を殺して財貨を奪い、その財貨で葬式を上げてくれる。

 残された遺族がわざわざ葬儀の手配をしないで済むようにとの配慮だ。

 紳士的で……かつ合理的でもある。


「強き者に媚びて、弱き者をくじきなさい……それが神の教えです」

「貴様……何を知っている」

「強者に媚びなさい」


 念を押して何かを催促するローレンツに老当主はどこか怯えたように目をそらす。

 これがただの強盗ならば怯えないだろう。

 彼は武人……ほんの十年前までは都にて帝のお傍に侍るサムライだったのだ。

 無礼な狼藉者には断固とした態度を取る。

 例え、老いたる身でかなわなくとも。


 だが彼が目をそらすのは別なこと。

 没落した家を建て直すために彼は不正に手を染めた。

 刑吏という身分を悪用し、物資を横流ししたのだ。

 酔狂な金持ちがガラクタに凄まじい金額を提示した。

 馬車で運ばれた金貨の袋……山と積まれたそれがまだ一割程度の前金だと。

 彼はそして半生をかけて守り続けた義の心を売り渡した。


「貴方……後ろ暗いことをするには少し軽率ですよ」

「……」

「パンパンに膨らんだ財布をちらつかせれば信頼していた仲間だとしても、心変わり位するでしょう」

「……」

「特にこの街は誘惑が多いですから」


 刃が首に食い込み、ローレンツの語尾が徐々に高くなっている、焦れているのだ。

 だが老当主は決断できない。

 ここで命を長らえても、次にまたお家再興の機会が巡ってくるか……。

 この衰えた身体にそう時間は残されてはいない。

 もう手段は限られている。

 そして彼は、ローレンツの最後通告を見逃した。


「もういいです……衰えた武人には付き合いきれません」


 刃が当主の首を両断する。

 ローレンツは痺れを切らしたのだ。

 彼は紳士的で合理的で、ついでに短気でもあった。


 先日も堪えが利かずに人を殺し、抗議してきた遺族達もカッとなって火葬にしてしまった。

 だがローレンツは別に心内を隠す術に長けているわけでもなく、隠したりもしていない。

 彼の怒り……彼が凶行に走ることを目の前にいて予見できなかったのだから、かの当主……確かに衰えていた。


「司祭様……殺してしまっては件の金持ちが買い取るというガラクタが何か分かりません」

「分かっていますよ……ああ、またやってしまいました……ふぅ」


 当主の首を斬り飛ばし、その噴出する血で赤く汚れながら、身じろぎもせずにローレンツは佇んでいる。

 その異様な光景に彼の配下である賊はそれ以上の発言を控えた。

 彼は雇われた身でローレンツと付き合いは短いが、彼の「短気」を見るのは初めてではない。

 余計なことを言って、自身の首と胴を放されるなど御免だし、くっつきますかね?とローレンツに死んでからも弄ばれるような最期など迎えたくはないのだ。


「まあ、仕方がありませんね……こうなったら屋敷内の物を手当たり次第持っていきましょうか」

「そんな大雑把なものでいいのでしょうか」

「ガラクタが必要なのは私が殺した当主ではなく、酔狂な金持ちです……件のガラクタが手に入るのならば取引相手が変わろうが関係ない……あちらで教えてくれますよ」


 なるほど、と賊は納得した。

 そう、単純に金持ちと取引する相手が変わっただけ。

 そして自分達が欲しいのは金だけなのだ。

 実にシンプル、故に多少の事が変わっても成立する契約。


「さすがは司祭様……俺たちのような賊とは違い頭が回りますな」

「ほめても何も出ませんよ」


 謙遜した口ぶりだが満更でもないのか、司祭が口元を綻ばせ、わずかに喜びを表現する。

 つられて賊も頬を緩ませたが、それも焦げた臭いにおいが鼻を刺激するまでだった。

 何かが燃える匂い。

 それは木造建築物にとって決して看過しえない事。


「た、大変です司祭様……誰かがこの屋敷に火を!!」

「なんだと……早すぎる、火をつけるのは盗みを終えてからだとあれほど!!」


 にわかに賊どもが騒がしくなる。

 せっかく畜生働き(強盗殺人)を犯したというのに、盗む前に灰にされては叶わない。

 驚きと動揺……そしてそれが一段落した後に訪れた憎悪。

 こんな馬鹿な真似をした奴をぶっ殺してやる。

 それが例え見知った仲間だとしてもタダでは済まない。


「まったく、どこぞのイカれた者の凶行か……早く、消火を!!」

「ダメです、消えません……この雨の中で……普通の炎ではありません」


 部下が泣きつかんばかりに現状の悲惨さを訴える。

 額に青筋を立て、迷惑そうなローレンツは思わずカッとなってカトラスを煌めかそうとするが……さすがに自重した。


「仕方がありませんね……この上は金銭だけを奪って撤退するとしますか……まったくどこのイカれた輩か、許せませんね」


 人様の家に火をつけるなど……そのような傍若無人な振る舞い、決して許すことなどできない。


「この体が張り裂けそうな怒り、聖王猊下の名の下に裁きを与えましょう」


 ローレンツは誓いを胸に、略奪を早めに切り上げるべく当主の死体を放り投げ、そそくさと退散の支度を始めた。

 その去り際の顔は引きつった怒りに満ちており、とても聖職者を連想する顔ではなかった。


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