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漆黒のレーヴァテイン「旧版」  作者: 山崎 樹
一章・ミッドガルドは回る
14/15

朱花は舞う・二

和人街・料亭前―――


 来栖とエドワードが会食を愉しんでいる頃、カイトは料亭の手前で静かに待機していた。

 既に会食が始まって数時間、時刻は夕刻を過ぎ、夜の帳が落ち始めていた。


「ひでえぜ……何時間、俺を放置する気だよ……」


 料亭前にはなぜか木製のテーブルに椅子、そこに半ば突っ伏すようにカイトは待機していた。

 テーブルも椅子も、近くの店から強引に借りてきたもの。

 立ちっぱなしで数時間待機は流石に辛い。


「あ、うまい、肉汁がじゅわっと、それにこのタケノコ、シャキッとしていい感じだ」


 テーブルの上には山盛りの肉まん。

 こちらは、さすがにテーブルや椅子のように脅迫して奪ってきたわけではない。

 文無し、お金なしのカイトはタダで物を買うために知恵を絞った。


 そうだ……来栖のツケ払いにしてしまえ!!

 幸いにも来栖の名前を知っていた肉まん屋はツケ払いを許してくれた。

 そしてカイトはホカホカの肉まんをパクつくことができたのだ。


「そう言えば、俺に科せられた任務ってなんだっけ」


 五個目の肉まんを食べながらカイトは指で頭をトントンと叩く。

 確か、店で暴れるであろう賊を成敗するという奴だっけか。


「確かそうひゃったな……ん」


 ならば簡単だ、店で大きな音がしたら飛び込んで……暴れている奴を爆破。


(そしたら依頼成功……ん?)


 自らのやるべきことを思い出したカイトは満足し……そして唐突に考えた。


(ところで俺って、その依頼を達成したら給料は貰えるのか……)


 武家屋敷での戦いから数日、報酬の話を来栖から一度も聞いていない事をカイトはようやく気付いたのだった。


*****


和人街・料亭―――


「そうか……来栖、お前は奴らに着いたというわけか」


 底冷えするほどの憎悪に染まった言葉がエドワードから漏れ出る。

 顔を切り裂いた刃は彼が自慢する斜めに走った傷跡にさらに傷を加え……恐らくはバッテンのようになるだろう。


 周囲の配下は、忠誠を誓う若頭の声音が凍るごとに、その怒気を強めていく。

 既に皆が得物を抜いている。

 剣、斧、爪……その怒りは若頭を傷つけた女・穂乃香と、裏切った来栖へ。

 そして……この襲撃を許してしまった自分へと向けられている。


「まだ分かりませんか……別に私は貴方が出し抜こうとしている連中に雇われた訳ではありませんよ」


 十数人……三十にも及ぶ血色の目に睨まれながらも来栖は平然としていた。

 むしろどこか呆れたような節すらある。

 それは馬鹿者を眺める目線。

 目の前にあるチーズに釣られて罠にかかった馬鹿なネズミを見るような底意地の悪い目であった。


「ここは盗賊ギルドやら賊共が取引をしていけない場所なんです、そういう協定が結ばれています……無論、私もね」


 このスラム……和人街は十年前の大戦で敗れた敗北者の街。

 ここでは支配者たる教会の許可を得た組織以外は商いをできない。

 現体制に不満を持つ敗北者どもに武器など渡って反乱など起こされては困るからだ。


「どんな裏組織もここには入り込めない……しかし逆に言えば、ここの住人が貴方がたをどんな酷い目に合わせても裏組織は文句を付けないということです」

「何……」

「愚かにもゴテゴテと装飾品を身に着けた金持ちがやって来たのならば……襲うでしょう……それが周囲に喧嘩を売りに来た田舎者ならば誰も助けたりしないので猶更、好都合だ」


 エドワードが吐き気を抑えるように口元を抑えた。

 豪胆な盗賊にしては珍しい、弱々しい態度。

 彼は悟ったのだ。

 自分はこの街で狩りにいそしむ狼ではない……むしろ。


「Kill……kill more jap!! (殺せ……ぶっ殺せ!!)」


 恐怖を振り払うようにエドワードが髪切り声をあげる。

 それに応じるように周囲の賊が一斉に飛びかかった。

 女を、来栖を……始末するために。


「……」


 そして飛び上がる白木のテーブル。

 彼女の蹴り一つでひっくり返ったテーブルは、乗っていた料理をぶちまけ、さらにその重量で賊どもの歩みを止める。


「あざーすっ、いただきます!!」


 閃光……。

 来ると分かっていた。

 だが今度も彼らはその一閃を捉えることができない。

 腹を、顔を、腕を、一薙ぎごとに舞う朱色を、驚き慌てることでしか受け止められない。


 五人が倒された時点で賊どもの闘志は砕け散った。

 倒された五人は激痛にのた打ち回っている……死んではいない。

 手加減されたのだ、彼女が本気ならば殺されていた。

 つまりは……この料亭にいるガーフィールの者は、若頭エドワード含めて彼女に生殺与奪を握られたのだ。

 今まさに落とされ兼ねないギロチンの刃に、抗う勇気を彼らは持っていなかった。


「くっ……クレイジーが」

「それ、ひどくない……こんな十代の可愛い娘に対して」

「どうでもいいでしょう、穂乃香さん……それよりも交渉開始と行きましょうか、若頭」

「ぐっ……」

「貴方は人質だ……本家の親父さんが、私達が納得する身代金を払ってくれるか祈りなさい」


 笑顔の来栖に、恐怖を必死に抑えようと顔を引き攣らせるエドワード。

 先程と逆となった立場。

 否、先程よりもより一層、露骨だ。

 勝者と敗者が明確に分かたれている。


 そしてその立ち位置は永遠に変わらないかに思えた。

 だがそれを揺るがすかのように料亭の引き戸が破られる。

 ガーフィールの増援か。


 違う……引き戸を吹き飛ばして現れたのは和人。

 皺だらけで、仮面をつけた魔術士だった。


「よし、賊が暴れているな……成敗開始!!」

「カイト……」


 現れたのは来栖・ギルドマスターの部下、カイトだった。

 ガーフィール一家の者ではない、味方だ。

 ほっ、と胸を撫でおろす来栖。


「あれっ……もしかして穂乃香さん?」


 カイトはちょっかいを掛けようとした、好みの女性がこの場にいることに少しだけ驚き、そして喜んだ。

 カイトの手には彼の武器である魔導書・フレスヴェルグ。

 先の武家屋敷の一件で敵に奪われたことを鑑みて、カイトの身体に縫い付けられたのだ。

 カイトが念じれば、その魔導書は現世に現れる。


「そうか……賊って穂乃香さんのことか……うん、爆破は止めよう」

「えっ……あたし、狙われてる?」


 穂乃香がぎょっとしてガーフィールの賊どもに突き付けていた……血まみれの小太刀を放り投げ、同時にひっくり返したテーブルの影へと退避する。

 そのわずか半秒後に、カイトの魔術は完成した。


「ファイア・ウォール!!」


 唱える必要のない呪文をカイトは、格好つけのためだけに唱える。

 放たれた炎は渦を巻き、周辺一帯を薙ぎ倒す。

 紅蓮が老舗の木造建築物を焼き焦がし、何もかもを台無しにする。


*****


「これで仕事完了……穂乃果さん、今度、相手をしてくれよ!!」


 炎に遮られた向こう側から、カイトの掠れた声がする。

 周囲を見渡すと料亭の入り口付近が消し飛んでいた。

 もうもうと吹き上がる粉塵で視界が遮られている。


「ゲホッ……カイトめ、あの愚か者」


 いつの間にか、ガーフィールの賊の何人か、そして人質にしていたエドワードの姿がいなくなっていた。

 爆発のスキを突き、抜け目なく逃走したらしい。

 

「あの仮面、誰?……ガーフィールが魔術士を雇ったなんて聞いてないんですけど」

「本当に誰なんでしょうね……あの馬鹿は」


 額に特大の青筋を立て、来栖が搾り上げたような声を出す。

 まったくの想定外だ。

 まさかカイトが穂乃香の方を賊だと思うなんて。


「追いましょう……このままでは大損だ」

「ギルドマスター……大丈夫だよ、ゆっくりで」

「……追わないのですか?」


 訝しむ来栖に、愉しそうな顔で穂乃香が告げる。


「あたし、これから和人街とか結構利用するのよね……こんな美味しい獲物を仕留めるチャンス……独り占めしたら悪く思われちゃうじゃない」

「……」

「街のゴロツキに端から声を掛けたから、今頃、奴ら大変なことになっているよ」


 この時より熾烈な鬼ごっこが始まった。

 追われる相手はカイトとエドワード・ガーフィール。

 追いかけるは和人街の住民全て。

 一攫千金を狙った餓鬼どもが二人を追う。


「チャンスは同じ……でも、獲物を仕留めるのはあたしだけどね」

「ゴロツキどもに追い回されて消耗したところを仕留める……なかなか策士ではないですか」

 

 だが……。

 果たしてゴロツキどもでカイトの足止めができますかね。

 足止め程度さえ……重すぎると思いますよ。


 来栖は再び策を練り始めた。

 狙うは我田引水……最後に笑うのが自分になるために。


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