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漆黒のレーヴァテイン「旧版」  作者: 山崎 樹
一章・ミッドガルドは回る
13/15

朱花は舞う・一

和人街・料亭―――


 三日後、ガーフィール一家との打ち合わせの日が来た。

 カイトと来栖は和人街中央通りから少し外れた料亭に、約束より数時間早く到着し、彼らがやってくるのを待っている。

 

 何をしでかすか分からない連中のことだ、早めに来るに越したことはない。


「なかなか、立派な居酒屋じゃねえか」

「居酒屋ではなく料亭です……戦争前から残っている数少ない老舗ですよ、あまりふざけたことを言えば叩き出されます」


 やや小さめながら小奇麗なその料亭はこのスラム同然の和人街ではやや異質だ。

 と言うのも、ここはさる武人の名家の縁戚がやっているお店であり、戦争後、幸運にもその名家が存続したため、維持できているのだ。

 ガラの悪いゴロツキも、後ろ盾が武人の名門では後の仕返しを考えると乱暴を働くわけにもいかず、まさしく掃きだめの鶴として和人街に君臨している。


「女の子同席とか有り?……」

「貴方ね……まあいいでしょう、芸者なんてもうほとんど生き残りはいませんよ、ただまあ綺麗どころならば一人二人好みの子を用意してあげますが」

「芸者?……いや、穂乃香さんとか呼べたりできるのかなってさ」

「おい……手前」


 穂乃香、教会のお偉いさんのお妾さんだっけか。

 線が細くて優しそうで、割烹着とか似合いそうだな……。

 いろいろと話したいな。


 カイトはぼんやりとした目で虚空を見るが、対して来栖は冷ややかだった。

 こいつ、本当に他人の女に手を出す趣味はねえだろうな、と顔に書いてある。


「一応、調べましたよ……話もしてきました」

「えっ、会って来たのかよ……ずるいぜ」


 カイトの欲求ストレートな発言に頭痛を覚えながら、来栖が彼女について語りだす。

 なんでも、五歳くらいの子供がいて、その子供を社交界か何かに出すためにお金が必要なのだそうだ。

 彼女の子供の父親……つまりは彼女の持ち主はそのための金を出す気はない。

 よって彼女は自分で資金を調達しようとしているのだが難航しているとのこと。


「五歳の子供……確か穂乃香さんは二十くらいだよな……十三、四で出産?」

「別に珍しくはありませんよ……所謂、性奴隷と言う奴ですね、買った人間が少女趣味……ま、それでも可愛がられているほうです……性奴隷が子を孕んだ場合、堕胎させられる場合も多いですから」


 どこか悲しげに話し続ける来栖。

 それはこれ以上の会話を続けさせない雰囲気があった。

 カイトは空気を読んでそれに従う。


「哀れなものです……奴隷とは」


 そんな来栖の独り言をかき消すような怒鳴り声に似た呼び声が辺りに木霊する。


「よう来栖、早いな……もう来ていたのか」


 二メートル近い身長に赤毛のウルフカット。

 エドワード・ガーフィールとその手下たち、十数名。


(早い……まだ約束まで数時間もあるぜ)


 もし仮に来栖とカイトが時間通りに来ていれば彼らは好き勝手に料亭で暴れたことだろう。

 数日前のギルド内での乱痴気騒ぎ。

 半分は素だが、残りは試したのだ。

 それは彼ら以外には分からないテスト。

 それに合格するか、不合格かでガーフィール家は交わった者を選別する。

 友か……あるいはエサか。


「さて、始めようか会談を……」


 先頭のエドワードは料亭に合わせてか着物だった。

 ただしそれは皮鎧の上から、まるでコートか何かのように羽織っている。

 いつでも戦闘できるよう、準備しているのだ。


「……」


 もはや戦闘は開始された。

 来栖・カイトの冒険者ギルド・シャルラハートとエドワード率いるガーフィール一家の果し合い。

 その火ぶたが斬って降ろされる。


*****


 料亭内部は白木? で作られた落ち着いた内装だった。

 まるで茶室のような数寄屋造り。

 窓から見えるのは、こじんまりとしているが庭園だ。


 草木や石で装飾されたあれは……なんの意味があるんだ?

 看板も、もやしがのたくったような変な文字……漢字? 読めねえ。


(テーブルに食べ物も並べられてないし、サービス悪いなこの店……嫌いだぜ)


 一同が会するこの場において、どこか詰まらなそうにカイトが目を泳がせる。

 置かれた掛け軸も、木彫りの像も、良く分からねえし。

 よく見るとテーブルに食べ物が……なんだこれ、小さい器にワカメ? 何、嫌がらせ……? 早く帰れってことか。

 まぁ……こんなヒャッハー集団だしな。

 でもこちらは客だぜ。


「店員さーん!! お料理持ってきてぇ!!」

「カイトに料亭は難しすぎましたか……ま、腹芸ができない魔術士なんか打合せに参加させてもトラブルの元ですね」


 なぜか退店命令を受ける俺。


「貴方は店の外で待機していてください……多分、トラブルになるでしょうからその時になったら戻ってきて乱暴狼藉を働いている賊を成敗してください」

「……分かったぜ」


 料理を独り占めするなよ……ちゃんと俺の分を持ち帰ってくれよ。

 そう言ったら来栖はすごく嫌な顔をした。

 なぜ……?


*****


 邪魔者を排除……否、カイトを予備兵として来栖とガーフィールとの交渉は始まった。


 お通しの後、一品ずつ料理が運ばれ、両者とも……意外にもガーフィールの狼どももまた大人しく食事を続けた。

 刺身、山菜のテンプラ、鮎の塩焼き……相手が毛唐と言うこともあり、食事は軍鶏のすき焼き。

 細かく切っては食べごたえがないだろうと、軍鶏だけを別途に調理し、ぶつ切りにしてローストチキンとさえ言えるような大きさで鍋に入れている。


「ほぅ……」


 エドワードが思わず感嘆の声を上げる。

 大人しくしていたのは食事に舌鼓を打っていたからか。

 抑えようとしても抑えきれないのか、食事と同時に酒を注ぐ手も軽やかだ。

 日本酒や焼酎を飲みほしていく。


 ちなみにエールやワインの類を一応は頼んだものの、出してはもらえなかった。

 そこらへんが老舗としての矜持の分かれ目であるらしい。

 なお対抗したわけではないだろうが、エドワードは締めのタケノコ御飯に手を付けなかった。

 こちらは単に嫌いなだけである。


「さすがは十年前までは支配階級だった和人の名店……貴族料理は得意と言うわけか」

「いろいろと指摘したいこともありますが、まあ概ねあたっています」


 なんともチグハグな回答だが、来栖は指摘することを控える。

 今宵の打合せ……実のところ、打合せ事態が目的ではない。

 ガーフィールは既に決断を終えている。


 禁止されている和人街での裏取引……特殊鉱石の密輸を思いとどまって欲しいとの考えから来栖は彼らを招待したのだ。

 うまい飯と酒を用意するのは交渉を円滑にするため基本だ。

 だが……そんなことは相手も分かっている。

 先に結論を言えば……来栖の努力は水泡に帰す。


「来栖……お前が言いたいことは分かる、だがよ」

「どうしてもダメですか」


 来栖の苦しみに耐えたようなうめき声にも似た懇願を……エドワードは一笑する。


「くどい……盗賊ギルドだか、大商会だか知らねえが……どうにもでかい顔を見せるじゃねえか……何だったら戦争だ、ぶち殺してやるぜ、逆らうものはこのガーフィールの名の下にな!!」


 エドワードはもはや聞く耳を持たない。

 もはや来栖は説得を諦めた……この男との運命は決まった。

 ならばやるべきことは一つ。


「エールをお持ちしました」


 ぐったりと椅子に座り込む来栖……意気揚々としたエドワード。

 そんな彼らの絶対的な立場の差を和ませるかのように女中がエールを運んでくる。

 木でできたジョッキに注がれたエールの匂いが辺りに漂う。


 おお、エールあるじゃん。

 ガーフィールの面々は飲みなれたエールの登場に顔を思わず緩ませる。

 しかし……若頭エドワードだけが、逆に顔を引き締めた……まるでそう、敵が来たかのように。


「この店じゃエールは出さないんじゃなかったのか……まったく、いきなり刺客かよ」


 現れた女中の正体に気付いたのは……さすがは盗賊として幾多の死線を超えてきた故か。

 常人には目にも止まらぬスピードで引き抜かれたカトラスが女中の首を狙う。

 だが、それよりも早く。

 それよりもなおも早く……練達のエドワードですら見切れぬほどの俊速で刃が通り過ぎる。


 彼と、彼を守る賊どもが気付いたのは……数秒も経った後だった。

 ほとばしる血飛沫、顔を抑えて頽れる若頭を見て笑う襲撃者。

 癖の強い髪を後ろにまとめ……左頬に泣きぼくろがある女。

 服に隠していた小太刀を振るったのは女中だった。


「もしかしてこれで終わり……私が独り占め? ……ラッキーじゃん」

「約束では半々のはずですよ……穂乃香さん」


 まるで童女のような無邪気に笑い、女中……穂乃香が目の前の、仕留めた獲物を検分しにかかる。


「ちょっと私、お金が欲しいのよ……悪いんだけど盗賊団の若頭……私のために身代金になってくれない?」


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