和人街の日々・四
冒険者ギルド・シャルラハート―――
和人街を後にしたカイトと来栖は夕暮れにギルドへと帰還した。
今宵はカイトが冒険者ギルドへの加入した祝いの宴を開くことになっている。
来栖の腕によりをかけて料理を作ります、とのことだがカイトは不安で仕方がない。
思わず、途中で買ってきた肉やら野菜やらの食材に「お前たちもおいしく食べてあげられるはずだったんだけどな」と謝り、来栖に叩かれてしまった。
だがカイトの不安は幸か不幸か裏切られる。
ギルドに近づくにつれて聞こえてくるガヤガヤとした大きな声。
ドアを開けると、ギルドは既に……粗野な賊どもに占領されていた。
「先に始めているぜ」
「ガーフィール……!!」
ギルド内部では宴が開かれていた。
喫茶店のホールの中心には室内なのにたき火がたかれ、火の傍には串焼肉が並べられている。
そしてティーカップに酒らしきものを注ぎ、作法も減ったくれもない豪快な仕草でグビグビと呷っていた。
よく見るとそこらへんのテーブルやら椅子やらを無断で薪代わりに火にくべている。
さらによく見ると、扱いが乱暴なのか、手に持つティーカップにはヒビが入り、中には取っ手が取れたのか、まるで杯のように使っている賊もいた。
(うわ……これは来栖がブチ切れるな)
カイトは心配一割、期待九割で事態の推移を見守ることにした。
これは戦闘だ。
カイトは身体に「張り付いている」魔導書に命令する……俺に力を与えよと。
それに応え、魔導書はカイトに力を供給する。
頭の中で、体に十数発の弾丸がストックされたイメージが巻き起こる。
すぐにでも戦える体勢だ。
「打合せは明日のはずでは……」
「早まったんだよ、ジャップ……」
「勝手なことを……」
「いいじゃねえか、おっ……お前の後ろの仮面野郎は新顔だな」
「……」
「俺の名はエドワード・ガーフィール……南部の大盗賊団、ガーフィール一家の若頭だ」
二メートル近い赤毛の長身、グラナート(炎の民)がそう言って大笑いした。
*****
「南部の大盗賊……」
「ただの田舎者ですよ、見ればわかるでしょう……五歳のガキだってここまでひどいパーティーは開きませんよ」
ブスッとした顔の来栖と対照的に喜色満面……かなり酒が入っている、のガーフィール一家。
カイトは臨戦態勢に入るが、いかんせん目の前の焼肉も捨てがたく、とりあえずは待機を決めて生き残った椅子に座る。
「この傷を見ろ、この顔を斜めに横切る刀傷をよ」
エドワードは顔の古傷を指さす。
左眉から右頬にかけて、刀のような鋭い刃物でつけられた跡があった。
「ジャップの武人に斬られた跡だ、いきなり闇討ちを受けてな……大変だったぜ」
「……」
「だが俺はひるむことなく言ってやった……和人は剣もまともに使えないのか、ヘタクソめとな、ガハハハハ!!」
「Yahoo!(すげぇぜ、若頭!!)」
「毎回、同じ自慢話をするんですよ」
「おい……」
つまりはとんでもない馬鹿どもと言う事か。
確かこんな風に盗賊が部屋で勝手に宴会しているシーンがジブリ映画であったな。
何の映画だっけ……「天空の豚の神隠し」?
「叩き出すか、来栖……じゃなかったギルドマスター」
「こいつらにそんなことをしても無駄ですよ……それに大事なお得意様ですから」
腹の底から溜息を吐きだす来栖。
その物悲しい背中に少しだけカイトは気圧される。
こ、これが大人の仕事と言う奴か……。
ガーフィールの賊どもはそれから数時間程、騒ぎ続けた。
その間……。
ティーカップを棚ごと割る。
割った破片をゴミ箱と勘違いした茶葉入れに入れようとする。
カイトが炎術で料理しようとして失敗、キッチンの壁に穴が開くなどのトラブルに見舞われたが、なんとか宴は去った。
*****
「さて……そろそろ騒ぐのも飽きたな、ぼちぼち打合せをしようか」
騒ぐだけ騒ぎ、暴れるだけ暴れた後、そう言ってエドワードが打合せの開始を宣言した。
それに応えてエドワード、来栖、カイトの三人を中心とした会議の場が設置される。
よく見るとエドワードと言う男は意外と精悍な顔つきをしていた。
赤毛はオオカミの鬣のようなウルフカット。
口奥には牙のような鋭い歯が覗く。
どことなく、優れた狩猟者という風格である。
後で来栖から聞くに、グラナートとは元々、南部の盗賊の総称だと言う。
何百年もかけて表側だけを整えたのが「教会」なのだそうだ。
「今回の依頼はご禁制品である特殊鉱石の密輸、鉱石自体はそちらが用意、こちらは密輸ルートの確保およびその間の護衛、間違いありませんね」
「ああ……物は用意する、手前らはそれを運ぶ道を教えてくれればいい、利益はその分だけ分配する」
密輸……つまりは物品税を逃れるため国家権力たる教会の目を盗んで物資を流すこと。
ただその場合でも、今度は盗賊ギルドなどの「裏の権力者」の許可が必要となる。
許可にはやはり金が必要であり、ようは簡単にズルできないということだ。
「ルート確保も既に済み、ルート上の有力者にも根回しが終わっています、何割か分け前は要求されていますが、それは必要経費と諦めましょう」
「それよそれ」
「はい……?」
「目を瞑る代わりに分け前をよこせだ……盗賊ギルドだか、何だか知らねえが……随分とこのガーフィール一家に偉そうな口を叩くもんだな」
「やめなさい……」
エドワードが唸るような声を上げる。
獣が威嚇するようなその脅しは常人なら震えあがる程強烈だったが、この中にこの程度でたじろぐような人間はいなかった。
裏の取引には、裏の権力者の許可が必要……ただし唯一の例外が「和人街」である。
ここでは「裏の取引」に規制がない。
と言うよりも取引自体がご法度なのだ。
教会に不満を持つ和人に武器など流されてはたまったものではない。
「軽はずみな事をするものではありませんよ……貴方がたガーフィール家はこの街には新しい……本当の恐ろしさを知らないのです」
やや棘がある上から目線で来栖が窘めるが、エドワードは特に反応を示さなかった。
彼は立ち上がり、なれなれし気に来栖の肩に手を回す。
盛り上がった腕の筋肉は、来栖の顔程の厚さがあった。
「クソ詰まらねえことを言うなよ、知っているんだぜ……今、件の裏の権力者共が弱まっているのを」
「……」
「今がチャンスだ……来栖、単刀直入に言う、ギルドなんて畳んでガーフィール家に仕えろや」
それは掛け値なしの招待状だった。
エドワードと言う男は来栖を高く評価しているのだ。
我が家に仕えろ……うまく使ってやると。
だが来栖は和人……敗北者なのだ。
ギルドを畳むということは奴隷に逆戻りするという事。
ガーフィールに使われる奴隷になるという事なのだ。
「毛唐かぶれ(西洋かぶれ)と言われようが私とて和人……和人としての誇りがあります」
「……」
「申し出はありがたいのですが……御容赦ください」
それに……。
「私は私を試す人間は嫌いですので……」
瞬間、極寒の冬にも匹敵する冷気の刃がギルドを飛び交った。
エドワードの申し出へ、来栖は刃物をつけて断りの便りが届けたのだ。
それはガーフィール家への侮辱にも取れる。
周囲の賊の中には怒りで色を失った者もいたが……エドワードが笑いながら手を振ると彼らは押し黙る。
「俺はお前のために言ったんだがな……」
「……」
「まあいい、悩むこともあるだろうさ……打合せは三日後、和人街の料亭でやろう」
*****
その後、エドワードは再び宴会を始め、小一時間ほど騒いだ後、手下達を引き連れて帰っていった。
後に残されたのは、ぐちゃぐちゃになった店内。
その片付けは明日にやるとして、カイトは抜け目なくクスねておいた焼肉串を頬ぶりながら、探し物をしていた。
あの宴会で、一つ、疑問に思ったこと……それを解消するためにだ。
「私はガーフィールになど仕えたりはしない……私は最後まで和人としての誇りを貫きます」
「……」
「第一……あの家に仕えたら、必然的に和平会の秋水を真の主とするカイトとはお別れですしね……短い間とはいえ、貴方と別れるのは寂しい」
「……」
珍しく、しおらしい態度を取る来栖。
だがカイトは来栖のその挙動をことごとく無視する。
いくばくかの沈黙が続いた後、弱気な姿を見せてしまった来栖は、それが恥ずかしいのか……誤魔化すように少し怒るような風でカイトを詰問する。
カイトは何かの紙束を捲っていた。
「いったい……何を調べているのですか!!」
掴みかかってきた来栖にカイトは簡潔にその詳細を告げる。
「このギルドの冒険者の登録名簿……俺以外にこのギルドの冒険者はどんなのかって」
「えっ……」
来栖が呆けた声を出す。
その間にカイトは名簿を次々と捲っていく。
白紙。
白紙。
白紙。
一番上に名前……カイト。
「来栖……冒険者がいない冒険者ギルドって斬新だよな」
カイトの純粋な疑問は来栖の胸に巨大な剣を突きつけた。
頬を引き攣らせた来栖が何とか返答する。
「ゼロから始めるのです……ゼロから」
数か月間、加入者ゼロの冒険者名簿を見ながら、彼は力なく声を出した。