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変わらぬアパート

作者: 翠川稜





 この話はいまから10年前ぐらいに起きたことだ。

 友人が、夏場なのにアパートを引っ越すことになって、その手伝いに借りだされた。この友人の前田っていうのが、なんていうか、常に上から目線で人に語る人物で、お前何様だよってツッコミを入れたくなるような人柄で、オレ自身その偉そうな部分が鼻につくものの付き合いは小学校の時からと長く、偉そうなその分、面倒見がいい兄貴的な雰囲気もあるやつだった。だから付き合いは割と長く続いていたのだ。

 

 「なんで、この夏場に引っ越しよ」

 「住んでたアパートが火事になって、いやーもーっびびった」

 「へー」


 なんでも、同アパートの一人暮らしの老人が、寝たばこで出火させた火事らしく、住人の老人は亡くなって、アパート半焼という状態だったらしい。


 「けどよー不動産屋に北根がバイトでしてて、ここ、北根の紹介よ。安い物件探せって言ったら、マジ見つけてきたわ」


 北根というのは、オレも知っている。やっぱり小学校が同じだった。

 線が細くて女みたいで、前田によくからかわれていた奴で、いわゆる、いじめられっ子系。そして前田はいい意味でも悪い意味でも小学生にありがちなガキ大将タイプ。それがそのまま大きくなったと思ってくれていい。前田がまた、持ち前の押しの強さで北根にゴリ押ししたのは、想像に難くない。

 友人の伊藤が、アパートの下に軽トラックをつける。伊藤は免許持ちだ。レンタルした軽トラックから、前田とオレ、そして伊藤と濱野が一人暮らし用の家電や家具を下ろしつつ、部屋へ運び始めた。

 その時思ったのが、妙なつくりのアパートだということ。

 1階に3室2階に3室の、計6室のアパート。しかし2階への階段が、各部屋ごとについているのだ。普通、このつくりなら、1号室の横に階段、2号室3号室と廊下で繋げるのところなのに……。

 部屋に荷物を運んで、室内を見る。

 1LDK。ドアを開けてすぐにキッチンと9畳ぐらいのフローリングのLDK、右側に引き戸があって、そこをあけると独立洗面台がある脱衣所、洗面台の横に洗濯機盤があって、そこに洗濯機を設置する。風呂とトイレが別だった。


 「すげーな、風呂トイレ別だ」

 「だろ、リビングの引き戸開けてみ」

 引き戸を開けると寝室6畳ここもフローリング、朝日がまぶしそうな東向きの部屋。

 6畳寝室の右は全面クローゼット。

 「うわ、全面クローゼット。前田、一人暮らしなのに大丈夫かよ、ここだと6~7万じゃすまねーだろ」

 「家賃、4.9万」

 前田は得意げに言い切る。

 「……」

 「……」

 「……」


 伊藤と濱野とオレは黙った。

 オレは濱野に視線を走らせる。


 ――これ、ヤバイ事故物件じゃね?

 ――あとでサイトで調べてみたほうがよくね?


 しかし敷金礼金も払い終わってんだろうし、ヤバイ事がおきても、すぐには引っ越せそうにもないだろう。

 そしたら多分、前田は別の奴の家に転がり込むだろうが。

 とにかく引っ越ししてるこの現状で、何の怪現象もないし、人のいい北根が、マジで格安物件を前田に紹介しただけかもしれないと、この時のオレは思った。

 収納もたっぷりだし、もともと一人暮らしの家電と家具だから、引っ越しはすぐに終わった。


 「じゃあ、オレ、トラック返してくる」

 「わりいな。じゃあ、予約してる駅前の居酒屋で先に入って待っててくれ」

 「あいよ」


 伊藤はトラックに乗り込んで、この場所を離れた。

 オレも伊藤の助手席に乗り込んで一緒に離れたかったけど、このハイツ、駅まで徒歩7分で、予約してる居酒屋が駅前にあるから、もしかしたら歩いて行った方が伊藤よりも早くつくかもしれないと思ったのだ。

 あとは住人への挨拶をしたら、みんなで居酒屋に行こうという流れだった。

 本当は引っ越した部屋でと前田が言い出したんだが、買い出しするのも面倒だろうから、みんなで居酒屋でいいんじゃね?っと提案したのは伊藤だ。

 普段は寡黙な伊藤がそんなことを言うのは珍しい。レンタカー返してそっちに戻るの面倒だからと言い切ったのでその流れになった。

 

 部屋で待ってろとは言われたけど、部屋の中はだいたい見尽くしたし、変な階段が気になって、オレは外で待つと言ったら、濱野も付き合ってくれた。

 「な、やっぱりヘンだろ、不便じゃね?」

 「何が」

 「階段だよ、いちいち、2号室、1号室に挨拶にいくのに階段上り下りだぜ?」

 「あーまあなあ……」

 

 2号室は不在、1号室には年配の70代ぐらいの女性が住んでいるようだ。下は両隣が家族で、そして真ん中は単身者っぽい。

 階段のつくりはアレだけど空き部屋がなくなるぐらいには、やっぱ利便性がいいんだろう。ただ、安すぎる家賃が気になる。

 まあ、オレ自身が住むわけではなく、前田が住むのだから、まあいいかと思った。



 ひととおり、挨拶をすませて、俺たちは居酒屋に移動した。居酒屋で飲んで、前田と別れ、3人で駅へ向かってると、伊藤がいきなり大きなため息をついた。

 「なんだよ、伊藤」

 「やべーよ、アレ。あのアパート」

 「え、何、伊藤って霊感ある奴なの?」

 「やっぱ、事故物件か?」

 「でも、事故物件って不動産屋があらかじめ情報をくれるもんだろ? 紹介したのって知り合いなんだろ」

 濱野は言うが、知り合いといえば知り合いだが……親しいわけじゃない。むしろ元いじめられっ子がいじめっ子に逆襲とばかりに事故物件を押し付けたとかも……アリといえばアリだろう……。

 「でも引っ越してその日になにかあるってわけじゃなし」

 「まあ……取り越し苦労ならいいんだけど」

 「どうなの伊藤、あの部屋」

 「オレはあんまりいたくないんだよね、あの部屋。笑うなよ、なんか怖くてさ、もし、前田が宅飲み誘っても、オレ断るから。じゃあな」

 「おう」

 「またな」

 伊藤はそそくさと帰って行った。

 濱野もオレも、伊藤を臆病だな~とからかう気にはなれなかった。

 宅飲みしようと言われても、なんとなくすぐに帰るかもなと、オレが呟くと、濱野もそうかもなと呟やいた。

 そんな心配は、無用のモノになった。

 秋になって大学の講義が始まると、濱野がオレに電話をかけてきた。

 「なあ、前田と最近連絡とったか?」

 「いいや、お前、同じゼミじゃんよ、前田きてねえの?」

 「学校来てないっぽい」

 「……まじかよ。電話は?」

 「つながらねえ」

 「……」

 




 

 その夏、前田は……オレたちの前から消えのだ……。






 「っていうことが、10年前にあったんだよね」


 目の前にいる妹がクッション抱きしめて、いやあああああと喚いている。


 「夏だから怪談しよって言ったわたしがバカでしたっ!! 自分の兄がそんなオカルトネタを持ってる人だとは思わなかった!! なにそれ怖いんですけど! それで前田さんは見つかったの?」

 「見つかった」

 「どこにいたの!?」


 「202号室」


 「え……」

 「前田、餓死寸前で発見された。なんか202号室の住人に監禁されてたっぽい」

 「いやあああああ、なにそれ、お化けじゃなくてリアル!?」

 「うん、なんか統合失調症っぽい人だったみたい、隣人が。自分の元彼だと前田のこと思ってたみたいだって北根からきいた」

 「不動産屋にいたその、元いじめられっ子? もしかしてお兄ちゃん、問い詰めたの?」

 「問い詰めた言うな、まあ、聞きに行ったんだよ。前田もなーあの性格だからさあ。恨まれてもしょうがないだろうけど、事故物件かどうかって尋ねるだけ尋ねてみたんだわ、前田と連絡とれてないから。事故物件で心霊現象にあったとしたら、普通逃げ出すだけだろ連絡とれないのはおかしいから」

 「北根もまさかと思って探してくれたんだよね、北根は止めたのに、前田がいい物件じゃんここにするって理由も聞かずに決めたみたいだし」






 「僕は止めたんだけどね、あの物件」

 「事故物件なのか?」

 「……事故物件とはまた違うんだけど……。でも、僕、お勧めしないよ」

 「事故物件じゃない……のに……あの家賃なのか?」

 「うん。大家さんがそれでいいからって」

 「でも、オレの友達、すっげえ気味悪がってたぜ?」

 「あー……うん……その人、多分正解だね。あの物件、大丈夫な人とそうでない人がいるから、僕なら多分大丈夫だけど、その友達とか、あと、君もダメかも」

 「何がダメなんだ?」

 「……詳しいことは言えないけれど、なんか気味悪いって思ったんでしょ? その直感は大事にした方がいいよ」



 北根に問い質しにいった時、彼はそう言った。




 「まあ、君が家選びするときは相談してね、キチンとしたの紹介するから」

 「絶対だぞ、ウソついたら、泣くぞオレ!」





 オレの言葉に北根は頷き笑った。

 だから、オレ自身はアパート選びは北根に任せている。

 「北根さんいい人だ……あたしも北根さんに頼めばよかったのかなー? だからこの時期、引っ越しするって言ったら渋ったのね」

 「まあな、トラウマだよ、トラウマ。だから明日の内覧は付き添うぞ」

 「はーい」

 妹はリビングにオレの布団を敷いて、自分の部屋へ戻っていった。





 翌朝、妹と妹が依頼した不動産屋と一緒に、内覧するために車に乗り込んだ。

 街並みが妹の内覧予定のアパートの付近にさしかかる。


 「お得ですよ、お家賃もですけど、駅から徒歩7分の1LDK、コインランドリーもコンビニも近いですし、郵便局もね」


 10年前、前田が北根から強引に契約したアパートとは駅が別なので、オレは安心していた。これなら、妹も夜遅くバイトから帰ってきても大丈夫だろう。ただセキュリティがなーとぼんやり考えていたら車が止まった。

 妹が車から降りて、そのあとオレも降りてアパートを見た瞬間息が止まった。

 あの特徴的な階段があるアパートだ。

 薄れた記憶が鮮明になる、あの外観だ!

 妹もぎゅっとオレのシャツの裾をつかむ。 

 昨夜話した、10年前のアパート。あの二階の部屋に一つ一つの外階段。妹もさすがに一部屋に階段がついたアパートの現物を見て、怯えたようだ。


 「お客さん?」


 アパートの2階のドアが開く。

 201号室の住人だ。

 70代ぐらいの年配の女性。階段を下りて俺たちの方へやってくる。どうやらどこかへ出かけるらしい。


 「草野さん、おでかけですか?」


 不動産の人が声をかける。


 「ええ、孫のところへ。新しい住人の人?」

 「いえ、今日は内覧です」

 不動産屋の人が答える。

 「まあ、そうなの、いいところよ、ここ。駅も近いし……あら……」

 

 201号室の住人と思われる老婦人は妹にそう、話かけ、ふとオレの方を見る。

 そして言った。


 「あなた、どこかで、会ったことなかったかしら?」


 背中にぞわっとした寒気が走り抜けた。

 オレはなるだけ平静を保って、無言のまま首を傾げてみせると、老婦人は「気のせいね」と呟きながら、駅の方向へ歩いて行った。

 妹は昨夜話したアパ―トの外観が目の前にあるを見て、内覧する気にはなれなかったらしい。

 そしてなんだか体調がすぐれないので、後日にと不動産の案内人に伝えた。

 不動産の人とは駅のロータリーまで送ってもらい、オレと妹は駅ビル内のカフェに入る。

 妹が何か言いたげにオレを見るが、オレはスマホを片手に北根に連絡をとった。


 「北根、オレ!」

 名前を名乗るよりも先に、北根はオレだとわかったらしい。

 「妹が、物件を探してて、今日内覧に付き添ったんだ、そしたら、あのアパートが……あのアパートだよ、10年前に、前田が無理やり契約した……」

 「ああ、裏野ハイツ?」

 「そう、それとそっくりなアパートを紹介されて」

 「内覧した?」

 「いや」

 「住人と会った?」

 「あったよ、201号室の人、それがあの時と同じ……」

 「話した?」

 「住人と?」

 「そう」

 「話しかけられたけど、声は出さなかった、ていうか、なんか出したらいけないような気がして!」

 「うん、正解」

 「あの住人……」

 「宮田」

 北根がオレの名前を呼ぶ。


 「宮田、その先を言っちゃダメだ」


 北根がキッパリと言い切る。


 「誰にも言っちゃダメだ。引っ張られるから」


 オレは背筋にぞわっとまた寒いものを感じた。


 「宮田」


 北根はまたオレを呼ぶ。


 「大丈夫、妹さんの部屋、僕が探してあげる。だから、宮田、何かを感じても思っても今日見たアパートの事を、言うのはダメだよ」


 北根は……オレが言いたいことをわかってるみたいだった。


 「うん。じゃあ近いうちに妹と一緒に行くよ。ありがとう」


 通話を終えて、オレは、北根が探してくれるってと伝えると、妹はほっとしてアイスティーを飲み始めた。

 オレは寒気が収まらず、ホットコーヒーをオーダーしていたのでそれを口にする。


 気味悪いのは203号室でも、誰だか知らない人物がいる202号室でもない。

 最初の直感が正しい。あそこは何かがあった事故物件じゃない。




 ――あのアパートの存在自体が……マズイ……ヤバイ……。




 住所は違うはずなのに、建物の向き、構造、近所の状況そして……その住人。

 ……あの住人も、まったく同じだった。

 10年前と変わらずに。そう! 10年前と変わらない!!

 真夏に熱いコーヒーを飲んでいるのに、寒気は収まらなかった。

 そしてスマホを見つめる。




 ――誰にも言っちゃだめだよ。引っ張られるから。




 北根の言葉が耳に残った……。



 




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