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免許がとれない、そして……(手記6)

 仕事探しのかわりに、ぼくがネットで熱心に調べていたのは知り合いたちの近況だった。

 友だちなどもとよりほとんどいなかったのだから、彼らがいまどこでなにをしているかなんて、本来は知る必要も、方法もなかった。

 が、ぼくはそうせざるをえなかった。

 二十一世紀はまことに便利な時代だ。フェイスブック。ツイッタ―。ミクシィ。これらのSNSを駆使すれば、小学校から高校までのクラスメートの大部分は網羅できる。

 ぼくは、卒業以来、いちどたりともみていなかった卒業アルバムを取り出しては、ひとりひとりの名前で検索をかけた。当時のあだ名を覚えていれば、それでも調べてみた。ツイッタ―などは、本名で登録している人間などほとんどいないからだ。

 なんでそんなことをしたか、当時はわからなかったが、いま思えば、じぶんの現在地を知りたかったのだろう。ランキングを可視化したかったのだ。

 これまで知り合った人間のなかで、じぶん以下のやつは何人いるか。それを見て、なにもせず実家にいるじぶんを安心させたかった。

 ――大丈夫。ぼく以下のやつはまだまだこんなにいる。

 そんなことで安堵感をえたいというみみっちくみじめな欲望を、ぼくは恥も外聞もなく表出していたのだ。しかし。

 ――ぼくは思ってたよりグズだった。

 結論からいえば、ぼくは最下位だった。ほとんどが大学なり専門学校に進学し、キャンパスライフを楽しんでいた。中学時代ヤンキーだったやつらは仕事をはじめて、ぼくがなれなかった立派な社会人になっていた。

 見下していたやつらに完膚なきまでに敗北しているじぶんが途端に情けなくなり、ブラウザを閉じた。

 ぼくはあいつらに負けていた。

 なんのことはない。あいつらは要領がよく、ぼくはわるかった。それだけだ。

 ――ちがう、ちがう。ぼくは勘違いをしていた。

 ぼくは急いでちがう解法を用意した。

 よくよく考えれみれば、それはあたり前のことだ。楽しい生活を送れていない人間がSNSなどやるわけないのだ。

 進んで公開する生活などないのだから。

 もちろん、ぼくもSNSはやっていない。

 だから彼れはみえないのだ。

 なんでそんなことに気づかなかったのだろう。実家でニートをしているやつが、それを正直に書き込むはずない。少なくとも、そんな情報をオープンになどしない。

 ほら、いただろう。小学校でも中学校でも、ぼくのように、クラスのなかにいるのかいないのだかわからない、なんのとりえもないようなやつらが。

 彼らは現実でも個体として認識されていなかったが、ネット上でもそれは変わらなかったのだ。

 だから大丈夫。ぼくより悲惨な生活をしているやつはきっといる。そうだ。そうにちがいない。

 そうやって、ぼくは無理やりに、みえない同類を夢想してじぶんを納得させた。


 

 実家で無為な時間をすごしていたときのことである。

 ――なにか資格をとろう。

 確固たる目的があって、思い立ったわけではない。とりあえず、資格があれば、将来の就職で役に立つだろうという漠然としたイメージがあっただけである。

 しかも、情報源は、ネット掲示板。大学生へのアドバイスで、とりあえず資格とっとけ、と書いているのをみたのだ。それを鵜呑みにした。丸呑みである。

 しかし、なにを取ればいいのかわからない。役に立つ(稼げる)資格など、皆目見当もつかない。とりあえず、通信講座のパンフレットを眺めてみたものの、いまいちピンとこない。

 やりたいことなど特にないのだから、当然である。そもそも、そんなにふわっとした動機で勉強をはじめてみても、続かないのがオチだ。

 そうやって、けっきょく、無為な日々をすごし、貴重な一日一日を無駄にしていたそのときである。ふと思った。

 ――ぼく、運転免許持ってないじゃん。

 まぬけなはなしである。国家資格の基本のキを落として、稼げる資格を必死で探すなど。

 かくして、ぼくは運転免許証の取得を目指すことにしたのである。きっかけはどうあれ、それ自体は前向きな思考だった。

 少なくともじぶんを慰撫するためにソーシャルネットワークを徘徊するよりはるかにマシであろう。

 しかし、そうはいっても、金がない。

 ぼくもこのときにはじめて知ったが、教習所に通うには、最初に三十万近くの金を払い込まねばならない。

 まともにアルバイトすらつづいたことのないぼくには、そんな大金など工面できるはずもなかった。

 けっきょく、できるだけ頼るまいとしていた母に相談せざるをえなくなった。母は、ぼくのはなしを聞くと、


「貸してあげるからとっときなさい。かならず役に立つから」


 と、援助を申し出てくれた。即断であった。即決したかどうかすら怪しい決断のはやさだった。

 反射的にオーケーしたんじゃねえか、と頼んでおいたぼくが心配になるレベルだった。

 ムリもない。母としては、なにもせず家にいるくらいだったら、運転免許を取得したほうがいいと思ったのだろう。

 そして、これを機に息子に社会復帰してほしいという願いもこもっていたに違いない。

 そうして、ぼくは教習所に通いはじめた。季節は六月。長期休暇ともなれば、教習所は学生でごったがえすそうだが、時期が時宜(じぎ)にかなっていただけに、落ち着いたものである。

 少し悩んだが、オートマ限定にした。結果はどうあれ、この選択自体は正しかったことになる。

 一日に技能教習を二コマ入れ、あとは適宜学科試験を受けるというスケジュールを組み、ぼくは教習所に通いはじめた。

 それは、一種の「社会復帰」だった。

 日々変わる教官と適切にコミュニケーションをとりながら、技能を磨く。運転に悪戦苦闘、クランクひとつにも四苦八苦していたが、それなりに楽しい日々をすごしていた。

 僕自身、まっとうになりつつあるような気がしていた。

 しかし、そんな日々は、またも唐突に終わりを告げた。

 ――仮免許前の修了検定に受からない。

 一応いっておくが、路上にはまだでていない。修了検定を受けて合格したあと、学科試験をパスすると、仮免許が発行される。そこまでいってはじめて路上での教習にでることができる。が、ぼくは、そこにすらたどり着くことができなかった。

 路上教習のあとに行われる卒業検定ならまだしも、教習所内のみを走行する修了検定に落ちる人間はそうそういない。

 ネット掲示板にそう書いてあった。

 しかし、ぼくは落ちた。

 クランクとS字カーブが通過できないのだ。どれだけ丁寧にやっても、ポールに車の頭をぶつけてしまう。追突しそうになったらブレーキをかけ、いちどバックするのが鉄則だが、頭がまっしろになってしまい、それもままならない。

 そうこうしていうちに、同乗(同情)した検定員より、試験の中止をつげられる。

 ぼくは、これを三回繰り返した。落ちるたびに一コマ補習を受けるのだが、なんどやってもダメだった。

 三度目の試験に落ちたとき、ぼくは免許の習得をあきらめた。そして、思った。

 ――ぼくは、みんなできることができない

 ――ぼくは、要領がわるい。

 ――ぼくは、グズだ。

 はっきりと自覚した。ようやっと認めた。

 母は試験が終わるくらいの時間に電話してくる。結果を聞くと、


「つぎはリラックスしてがんばって」


 といってくれた。しかし、三度目の試験のあと、ぼくが、もう免許はあきらめる、というと、


「そう」


 と、つぶやくのみで、それっきりなにもいわなかった。帰宅したあとも、ぼくは母の顔をみることなく自室に入ったので、彼女がどんな表情をしていたかはわからない。

 ぼくは、その日ひさしぶりに声をあげて泣いた。

 中学でいじめられていたときも、泣かなかったのに。でも、このときの涙は、幼少期からたまりにたまった鬱屈が、まとめて溢れでた結果であったのだろう。無力なじぶんがいやで。なにごともうまくいかないじぶんに悔しくて。

 ――どうしてぼくは、なにもできないんだろう。

 わからなかった。アルバイトでも、スポーツでも、工作でも、運転でも、やれといわれたことができない。適当にやっているつもりでも、やる気がないわけでもないのに、まったくできない。

 それがむずかしいことならば、いたし方ないとも思う。修練が必要なのだと納得し、場合によっては、ぼくだって試行錯誤するかもしれない。

 だが、ぼくができないのは、そういう類いではない。それ以前の問題だ。

 みんなできるのに、ぼくだけできない。

 劣等感。コンプレックス。自己嫌悪、そして自己愛。

 そのすべてが混じり交って、ぼくのなかでカオスをつくり上げていた。そしてぼくにはプライドがあった。決して、ピエロになることなどできなかったのだ。

 じぶんが無能であることを認め、それを自虐することができれば、まだ楽に生きれたろうに、よりによってぼくのプライドは高かった。劣等感でボロボロになりながらも、そいつはまだしっかりと根を張っていたのだ。

 泣きはらしたあと、ふいに笑いが込み上げてきた。

 ――ハハ。ぼく、生きてる価値ねえじゃん。

 すべてがどうでもよくなり、笑いがとまらなかった。そうなると、ふとおかしな衝動が胸にこみ上げた。生きてる価値がないなら――。


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