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レジ打ちができない(手記4)

 選んだバイトは、レンタルビデオ店のスタッフだった。実家といまの家両方から近く、幼いころなんどかビデオを借りにいったことを覚えている。

 アルバイト初日。


「よろしくおねがいします!」


 できるかぎり明るくいったつもりだった。おどおどしていては、見くびられる。こういうのは最初が肝心だ。元気にハキハキ。


「――よろしく」


「ああ、新人ね」


「……ふうん」


 なんで。

 なんでこいつらこんなに冷めてるの。

 これじゃ、ぼくのテンションが空回りにみえるじゃないか。

 歓迎されていない気がした。ぼくが余程、陰気にみえたか。しかも、そういう暗いやつが無理してがんばっているようにみえたか。いや、それはまあ、あっているのだけど。

 出鼻をくじかれるというか、幸先のわるいスタートだった。

 が、みんながみんなそういう態度ではなかった。

 教育担当の先輩は快活で、ぼくにたいしても親切だった。

 彼は二十四歳のフリーターで、

「わからないことはなんでも聞いてね。放置しているほうがめんどうなことになるから」

 とぼくの緊張を察し、柔和な笑顔でいってくれた。

 この先輩のもとでならがんばれる。がんばってみせる。ぼくはやる気に満ちていた。永遠の思春期を気取って、屈折したポーズをつらぬいてはいるが、根が単純なぼくはすっかりその気になっていた。

 初日はレジ業務を教えてもらった。

 アルバイト経験がないことを伝えると、


「そうか。じゃあ、丁寧に教えないとね」


 といい、


「がんばろう。慣れたら一気に楽になるからさ」


 と先輩はイタズラっぽく笑ってみせた。

 しかし、ぼくがレジに慣れることはなかった。

 レンタルビデオ店の料金システムは思っていたより複雑だった。

 DVDだけでも新作か準新作か旧作かによって、値段もちがうし、選択できる貸出泊数もちがう。AV(アダルトビデオ)になると、またべつの料金だ。さらに、五枚やら十枚をまとめて借りることで値段が安くなったりもする。そういうシステムのことを「バンドル」という。

 そういう諸々を理解したうえで、一瞬でいちばん安いレンタル方法を選択せねばならない。頭の回転の速さや、瞬発力が求められる。

 いちばん苦手なやつだ。

 実際にレジに入るまえに、先輩をお客さんにみたててシュミレーションを行ったが、そのときからすでにテンパりまくってミスを連発した。

 先輩が、


「まず会員証もってるから聞いて」


 とか、


「五枚まとめてレンタルにはアダルトははいらない」


 と優しく注意してくれるが、おなじミスをしてしまう。

 ちゃんとメモをとって、頭ではわかっているつもりなのに、うまくいかない。

 あらためてじぶんの脳みそのポンコツ具合が恨めしかった。

 それでも先輩は、


「ゆっくり覚えていこう。はじめはだれでも苦労するさ」


 と優しい態度を崩さなかった。しかし、それにも限界が来た。

 なにごとにも限度があるのだ。仏の顔も三度までを地でゆく展開である。

 けっきょく、ぼくの初アルバイトはうまくいかなかった。

 平たくいえば、ぼくはアルバイトを三日で辞めたのだ。初日、二日目、三日目と連続して五千円以上の高額レジ誤差をだした。そのお店はレジ精算に厳しく、一円でも誤差が発生すると、監視カメラを動員して、原因を追究する。銀行かよ。

 だが、新人のぼくにそんなことができるわけなく、先輩がかわりにやってくれた。初日のレジ誤差は、だれもが通る道だから気にしないで、と笑っていったあと、


「次から気をつけてくれれば、いいから」


 と優しくなぐさめてくれた。

 が、ぼくは次の日もレジ誤差を出した。先輩はそれでも笑っていたが、少しだけその顔は引きつっていたような気がする。それでも彼は、


「オレも高額じゃないけど二日連続でだしたことあるわあ」


 と笑っていた。

 ハハハ思い出すわあ、とぼくのしでかしたことがなんでもないことかのように笑い飛ばしていた。

 ぼくは先輩の無理をした笑顔に申し訳なくなり、もう二度とおなじことはしまいと胸に誓った。

 そして、三日目。先輩の顔から完全に笑顔が消えた。

 自己ベスト更新。

 九千円のレジ誤差である。一万円と千円をまちがえて渡したことは、カメラをみるまでもなくわかった。それでも彼は穏やかに、


「お札を一枚一枚、丁寧に数えれば、誤差はでないはずだから。次こそは気をつけてね」


 と注意しただけだった。

 けれど、ぼくは先輩が小さく舌打ちしたことに気づいてしまった。

 ぼくは、四日目のアルバイトを無断欠勤した。バックれたというやつだ。

 この仕事はぼくには向いていない。そうやって、正当化(理由づけ)したことを覚えている。

 ぼくのバイトデビューは、ご想像のとおり大失敗に終わった。

 先に答えをいってしまおう。

 次も、また次も。アルバイトにかぎらず、これ以降ぼくが挑戦したあれこれはことごとく惨憺たる事実をぼくに突きつけた。

 ――おまえはダメだ。ダメ人間だ。

 結果がぼくにそう語りかけていた。


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