誠の受難③ 邂逅! もう1人の夏穂
「……何だ、昨日の少年ではないか。まさかまた会うとは思っていなかったが、一体これはどういうことなのだ?」
夏穂らしき人物はこう尋ねてくるが、誠としてはさらにそれどころではない状況だった。
(い、いやいや待て待て。さっき以上に意味不明な状況だぞこれ。そもそもこいつは間宮なんだよな? ってかどう見ても本人にしか見えないのが余計に疑問なんだけど……)
一番釈然としないのはそこだった。まず誠が見る限り、この女性は明らかに間宮夏穂本人だ。声にしろ外見にしろ、着こなされた制服にしろ、すべて彼女であるようにしか見えない。何より誠自身が先ほど夏穂と話していたことは紛れもない真実だ。あの煙の中で脱出マジックでも使ったというのならばまた話は変わってくるが、誠の知る間宮夏穂にはそんなことはできないはずだ。ならば、ここにいる彼女はどう考えても間宮夏穂本人のはずである。むしろだからこそ、突然変わった口調や彼女がまとっている空気の変化が納得できないのだ。
「おい、私の質問に答えろ少年。今どういう状況なのだ?」
(人格が変わった、っていうのか? 明らかにさっきの口調じゃないところを見ると、マジシャンもびっくりな何かが夏穂に起きたってことか……)
何かが起きたとしたらあの煙が出た時なのだが、もちろん別人と入れ替わる時間などなかったし、そもそも夏穂が双子だという話は本人からも一度も聞いたことがない。
(じゃあいったいあの間に何があったんだよ……)
誠がそこまで考えていたその時だった。
「……フンッ!」
「うわぁっ!」
いきなり飛んできた何かを慌てて避ける誠。自分の問いに答えてくれない誠にしびれを切らした夏穂が何かを投げたらしい。それはカラン、という音を立ててアスファルトの上を転がった。
「……クナイ?」
それは昨日も彼女が自慢げに見せてきたクナイだった。そこで誠はひとまず現実に帰ってきた。
「私の話を聞け少年! 貴様が混乱しているのは私にも分かるが、私だって当事者だ。こう何度も入れ替わったりしていては私だって頭がおかしくなってしまう」
「入れ……替わる?」
誠はここで新たな謎にさらに首をひねる。が、夏穂は少し引いたように言った。
「……まさか少年、何にも分かっていない、ということはないだろうな? そもそもその間宮某というやつはこんな堅苦しい話し方ではないのだろう?」
「うっ、確かに……」
さすがに当事者から言われてはぐうの音も出ない。というか、そもそもまさかそんなことを言われるとは思っていなかった、というのが本音だ。
「じゃあお前は……、お前は誰なんだよ? 間宮はどこ行ったって言うんだ!」
誠は叫ぶ。しかし、当の本人は飄々としていた。
「私の名前は深山詩乃。信じてもらえるとは思っていないが、一応人里離れた遠くの山の中で忍者の末裔をしている。歳は16歳で、7月15日生まれだ。私の自己紹介はこんなところだが、何か質問でもあるか?」
「……いや、いい。先続けてもらっていいか?」
本当は聞きたいこと、というかツッコミどころはたくさんあったのだが、もはや多すぎて質問する気も起きなかった。
(何だよ忍者の末裔って……。 そもそもこの辺に人里離れた場所があるかよ……。 ってか一番ツッコミたいのはお前のその口調だよ……)
諦めて心の中で細々とツッコミを入れるだけにしておいた。
「……? では続けるぞ?」
詩乃と名乗ったその少女は誠がそんなことを思っていることなど知る由もなく、誠のそんな様子に首を傾げながらさらに続けた。
「その間宮とかいうやつがどこに行ったか、だったか。うーむ、難しい質問だな」
詩乃は少し考えると、何かを思いついたように誠の方を見た。
「そうだな、彼女が今ここにいるのは確かだ。が、ここにはいない」
詩乃は最初に自分の体を指し、次のここではコンクリートを指差しながら言った。
「……お前、俺をバカにしてるんじゃねーだろうな?」
先ほどまでは特に何も言わなかった誠も、さすがに少しイラッとした様子で尋ねる。
「……仕方ないだろう、私にだってこうとしか説明のしようがないのだ。もっと簡単に言うとしたら、先ほど言った通り、私と彼女は今入れ替わっている、としか言えないな」
ところが詩乃も仕組みまではよく分かっていないらしく、分かっているのはそれだけだ、とため息をつきながら答えた。
「……じゃあ、お前と間宮はどうやったら元に戻るんだよ?」
「ほう、貴様納得してない割には呑み込みが早いな?」
「しょうがねーだろ、納得しなきゃ話が進まないんだから、どうせ」
誠はふてくされながら答える。こういう時は分かっていなくてもうんと頷かなければ先には進めない。要は分からなくても勝手に進んで行ってしまう勉強と根本的な部分は何も変わらないのだ。勉強が苦手な誠はこの方法を使っては毎回補修を切り抜け、そして追試を受ける、という悪いサイクルができてしまっていたため、こういうことには慣れっこだったのだ。
もっとも今回は今この場に夏穂はいない、という要点だけは抑えて話が進んでいるため、状況としてはむしろ良い方に入る。誠としてもさすがに今話している本人が実は夏穂が演技していて自分を騙そうとしているとは考えられなかったのである。
(……何よりさっきまで普通に話してた間宮がそんなことをする必要がないもんな。ってことはやっぱりこいつは間宮じゃないんだろう。正直信じられないけど)
そしてもう一つ、彼がこんなに話の理解が早いのには理由がある。それは、誠が起きてしまったことはそうなのだろうと呑み込むいわゆる現実主義者だったことだ。それが幸いしたのか、納得していない割には話がスムーズに進んでいるのである。
「……どうしたのかは知らないが、とりあえず信じてもらえているようならありがたい。だがな、少年よ。私は貴様に残酷な真実を伝えなければならぬ」
詩乃はそう言って一呼吸置くと、次の言葉を紡ぎ出した。
「残念だが、私もどうやったら戻れるのか分からないのだ」
「……はい?」
「どういうことだよ、元に戻る方法が分からないって?」
誠は聞く。詩乃は言うまでもないといったように答えた。
「そのままの意味だ。私はどうして今ここにいるのかも分からなければ、どうやったら元に戻れるかも分からない」
「……それじゃあ八方塞がりじゃねーか! どうすんだよ、間宮はどこに行ったんだよ!?」
だが、詩乃はその質問に突き放したようにこう答える。
「そんなこと私に聞かれても知るか。むしろ知らない場所にいきなり原理も分からないまま呼び出されて一人でうろうろこの辺りを調査していた私の身にもなってみろ。私だってその間宮というやつと同じくらいかわいそうな状況だと思うがな」
「……確かに」
納得せざるを得なくなった誠は黙ってしまった。その様子を見て詩乃は付け足す。
「ああ、勘違いしないでほしいのだが、別にその間宮をないがしろにするつもりはない。曲がりなりにも今私の使っているこの体がその間宮のものなら、乱暴に扱うのは失礼に値するというものだからな」
「じゃあ……」
「と言っても、貴様に協力する気はないが」
一瞬期待の眼差しを向けた誠を一蹴する詩乃。
「えー……」
誠はジト目で詩乃の方を見る。だが、詩乃は詩乃で毅然とした態度で応じる。
「当たり前だ。何故会ったばかりの貴様を一も二もなく信用せねばならぬのだ。信用してほしいならそれ相応の対価を払うか信用するに値する人物であることを自ら示せ。それが最低限の礼儀というものではないのか」
言っていることは分かるが、どうにも堅苦しい奴だ、と誠は思う。もちろん、本人の目の前で馬鹿正直に言うことはしなかったが。
「じゃあどうしろっていうんだよ?」
代わりにそのままの疑問をぶつける。だが、彼女はやはり冷たかった。
「そんなもの自分で考えろ。何でもかんでも聞けば返ってくると思うな阿呆が」
冷たい物言いにしゅんとする誠。
「……貴様、意外と精神的に脆いな。そんなことではこの世の中生きていけんぞ」
「へこませたお前が言うなよ」
落ち込みながらもきちんと突っ込む辺りが誠らしいところであった。
「……よし分かった、ならこうしよう。今から俺がこの町を案内してやる」
少し考えた誠は詩乃にこう提案してみる。
「この町の案内……ほう。確かに私はこの町についてよく知らない上に、昨日一度迷子になりかけてこの体の持ち主である間宮に迷惑をかけてしまったからな。それは非常に助かる。悪くない提案だな」
詩乃は好意的な反応を示す。どうやら興味はあるらしい。
「じゃあ……」
誠は二度目のキラキラした眼差しを向ける。だがやはり詩乃は冷たかった。
「もっとも、貴様を信用するかどうかはその案内の内容で決めてやる。もし私の気分を害するようなことでもあれば……」
どこから取り出したのか、彼女の手にはクナイが握られていた。
「このクナイで貴様の首を掻っ切ってやるから覚悟しておけよ。昨日のように脅しではない。今回は本気だからそのつもりでよく考えて決めるがいい」
「お、おう」
こいつなら割と本気でやりかねないな、と思う誠。どこを案内するかは慎重に決めた方が良さそうだ。さてどこにしようか、と考えた誠はそこで空腹感を覚えた。
「……なあ、お腹すいてないか?」
聞いてみる。すると、
「言われてみると確かにそうかもしれん。というかこの体の持ち主はきちんと食べているのだろうな? 何だかいつもより体が動かしにくい気がするのだが」
概ね同じような返事が返ってきた。
「……俺に聞かれても知らねーよ」
夏穂は普通の女の子なのだ。お昼を少なめに食べたりしていることだってあることだろう。だが、そんなことは誠が知る由もないことである。
「それもそうか。とりあえず食べ物があるというのならすぐにでも食べたいところだな」
「んじゃ決まりだな。まずは飯だ」
反対されたらどうしようかとも思ったが、どうやらそんな心配は必要なかったらしい。誠は詩乃を連れて歩き出した。