カラオケに行こう
そしてそんなアクシデントをうまく乗り切った次の日、
「よう誠」
「おうおはよー」
登校してきた誠にいつものように真悟が声をかけてきたので、誠はいつものように返す。だが、この後の真悟の発言は誠の予想のはるか斜め上を行くものだった。
「なぁ、誠。今日カラオケ行こうぜ!」
「はぁ?」
当然、誠の反応もこうなる。何の脈絡もなく遊びに誘ってくるのがこの親友なのはよく分かっていたつもりだった。これが彼を悪友と誠が呼びたくなる一つの原因でもある。だが、
「……お前、こないだCD買うからお金がないとか何とか言ってなかったか?」
今日ばっかりは真悟に付き合うほど暇ではないのだ。今日こそ夏穂に何があったのか聞こうと思っていた誠にとって、一番の敵はこの悪友からの誘いであることはよく分かっていた。なので、何とか他の日に考え直してもらえないか必死に説得を試みてみる。が、
「いや、だって一昨日俺の家で遊んじまったから、お金余ってるだろ?」
どうも彼にはお金を残しておくという選択肢がなかったようである。どこか金銭感覚が他の人とずれてるというのは昔から思っていたのだが。
「だからこそそれをCD代に回せよ! 今ここで全部使っちまうこともねーだろ?」
「俺もそれには同意見だ」
ところが、彼は誠の意見を否定せず、むしろ肯定する側に回った。
「じゃあどうして……」
「だがなあ誠、ここでお前の好きなあいつが来るって言ったらどうするよ?」
「……?」
「俺もこんなことでお前を誘って一緒に行くのは非常に不本意だし、できることなら俺も不参加したいところなんだがな……」
分かっていない様子の誠にそっと耳打ちする真悟。次の瞬間、誠は先ほどまでの思考を一切薙ぎ払い、こう答えた。
「行く!」
そして学校が終わり、集合場所のカラオケ前に到着した誠は、そこに集まったメンバーを眺める。
「で、どういう経緯でこうなったんだよ、片桐?」
そこにいたのは誠以外には三人。全員見慣れた顔になりつつあった。彼を誘った相原真悟、その真悟を誘った片桐さつき、そして間宮夏穂である。このメンバーならさつきが疑われるのは間違いのない話である。
「いや、今日誘ったのは実はあたしじゃないのよ……」
「えっ、さつきじゃなかったのか? てっきりお前だと思ってたんだけど……」
ところが誠の質問にさつきは意外な返事を返した。真悟も驚いてさつきを見る。
「今日はあたしも誘われた側なの。もちろんシンちゃんを通してマコを誘ったのはあたしなんだけどね。これを考えたのはあたしじゃないよ」
「じゃあ誰が……」
すると、意外な人物がおずおずと手を挙げてきた。
「……今日は私が誘ったの。ほら、何か昨日大分迷惑かけちゃったし、そのお詫びに。昨日朝日君にもいろいろ言われちゃったし、さつきともしばらく遊んでなかったから、ね」
夏穂はそう言って見えないように誠にウインクする。誠は当然のように顔を真っ赤にする。もはやこの反応は条件反射的なものだ。
「……じゃあ俺は?」
しかし、その言葉に一人納得のいっていない人物がいた。今の話題の中で唯一名前が出てこなかった真悟である。すると今度はさつきが真悟にさらっととんでもないことを言った。
「ああ、シンちゃんはぶっちゃけ数合わせかな」
「数合わせだぁ!?」
思わず叫ぶ真悟。
「ほら、マコを誘うのに、あたしが言ったら絶対勘ぐるでしょ、今みたいに。かといって、学校で夏穂がいきなり普段あんまり関わりのないマコに接触するのは面倒な噂が立ちやすいから。で、あたしが考えるに一番マコと仲が良くて、それでいてなおかつあたしたちとそこそこ関わりのある人物、それがシンちゃんだったって訳」
「……ああそう。じゃあ俺帰っていいか?」
完全にいじけてしまう真悟。それは面と向かって意図的な数合わせと言われてしまってはさすがに不機嫌にもなるだろう。まして真悟はCDを買うためにお金を残しておきたいのだ。数合わせ程度の誘われ方ならわざわざ残る意味もない。
「まあまあ、今のはさすがに冗談だって。ホントはマコを男子一人で参加させるのがどうかと思ったから誘ったの。別にただの数合わせじゃないよ。で、代わりと言っては何だけど、今回はあたしがシンちゃんの分は出してあげる。確か春野雨のCD欲しかったんでしょ? せっかく貴重な時間を割いてもらったんだし、そのくらいはあたしもしてあげるつもりだよ?」
「……まあそれなら」
とりあえず真悟も先ほどの発言が冗談であることを知って少し機嫌を直した。
「あ、ちなみに朝日君の分は私が出してあげるから心配しないでね?」
夏穂もさつきの発言を聞いてこう誠に言う。
「い、いや、俺は自分で払えるから……」
さすがにそれは申し訳ないと思い、慌てて夏穂に気にしないでくれと言う誠。しかし、
「言ったでしょ、今回はお詫びも兼ねてるって。だから、ここは私に払わせてくれないかな?」
「あ、ああ、分かった。それならお願いするよ」
どうも夏穂は少し頑固なところがあるようである。このままだと埒が明かないと思った誠は素直に夏穂の行為に甘えることにした。
「じゃ、話もまとまったところで行くとしますか!」
さつきがこう指揮を取り、いの一番に歩いて行った。
「なあ、あいつホントに自分で提案したんじゃねーんだよな?」
「多分、さつきはこういうことを先頭に立ってやるのが好きなんじゃないか? あいつほど中心人物って言葉が似合うやつはいないしな」
誠と真悟は首を傾げながら歩く。
「みんな小学校の頃から変わってないなぁ……」
そんな様子を見て微笑みながら、夏穂はその後に続いた。
「じゃあ最初あたし、いっきまーす!」
カラオケボックスの中に入り、長椅子に真悟、誠、さつき、夏穂の順で座ると、やはり最初に歌い始めたのはさつきだった。さつきは席を立つと夏穂をどかし、画面の目の前で歌い始めた。どうやらこれが彼女の歌う時の基本スタイルのようだ。
「噂話なんて、この世の絵空事♪」
「……一番歌詞に不釣り合いな奴が歌い始めやがった」
誠は思わずこう漏らしていた。彼女以上にこの曲が合わない人間など、誠の知る限りでは存在しなかったからである。
「いい噂じゃなーくてもー、気にしなーい♪」
しかし、それと同時にポコッと言う音が響いた。さつきが持っていたペットボトルで誠の頭をたたいたのだ。頭を押さえる誠。
「いってー、歌ってることとやってることが違うだろ……」
「ダメだよ、さつきに噂話で勝てる人なんていないんだから、余計な口はさんじゃ……」
夏穂は席を少しつめ、誠にそっと小声で耳打ちする。その時にふわっと香ってきた彼女の香りが誠をドキドキさせるのにそう時間はかからなかった。
「しかし、口でダメなら実力行使って、さつきに勝てる奴いないんじゃないか……?」
真悟は気持ちよさそうに歌っているさつきを見て、思わずこう漏らしていた。
「じゃ、次は俺か」
次に歌い始めたのは真悟だった。彼が歌うのは言うまでもなく春野雨関連の歌であった。もっとも、彼女はまだCDデビューをしたわけではないので、彼が歌っているのは春野雨がドラマ出演したときの曲である。
「例え金に溺れようともー、君を守り抜いーてみせーる♪」
「……何だこの歌?」
「確か『究極の選択』って曲名だったと思ったけど。お金を取るか、恋を取るか、って話だったはずだよ。ドラマのタイトルは忘れたけど」
さつきがそう誠に言う。さすがにゴシップ好きなだけあって、芸能関係の話題には事欠かない。メディア方面にも精通しているからあらゆる噂は彼女の手の中だ。
「……にしたって、何でこのアイドル関連の物ってこんなおかしな歌詞ばっかなんだ?」
「おかしくなんかねーよ。これだって立派な……」
誠がそんな文句を言っているとそこに、歌い終えた真悟が混ざってきた。このまま放っておくと会話が暴走するのは目に見えていたので、
「あー、はいはい分かったから。それで、ちなみに聞くけど、このドラマのタイトルって何ていうんだ?」
とりあえず話題を切り替えることにした誠。
「あー、あれ? 『ダメ人間の恋路』だったな確か」
「……」
最初の感想通りだったので、もはや誠は黙り込むしかなかった。
「あ、これ私」
真悟の次に入れた曲のタイトルを見て、夏穂がそう声を上げる。彼女が入れたのは『君の言葉で』という曲であった。
「君の言葉で、僕は強くなーった♪ だから、もう負けーないー♪」
「相変わらずきれいな声よねー、夏穂の声って」
「バラードにもぴったり合ってるしなー」
さつきと真悟がこんな感想を言い合っている中、誠は飲み物を飲みながら一人考えていた。そう、ついさっきまで忘れていた夏穂の秘密を探ることである。
(しかし、間宮の秘密を探るにしたってなぁ、どうやって探る? 本人に聞くわけにもいかないし、かといって聞けるいい方法があるとも思えない。間宮が自分から話そうとしない以上は、俺が無理に聞き出そうとしても多分結果は変わらないだろうしなぁ……)
「マコ、どうしたの、難しい顔して?」
「間宮に告白でもしようとしてるんじゃないか?」
「ゲホッ! ちっげーよ!」
飲んでいた飲み物を吹き出しながら、何も分かっていない二人にとりあえずいつも通りツッコミを入れる誠。この二人、特にさつきに今の現状を知られるわけにはいかないのでちょうどいいと言えばちょうどいい。すると、カラオケの音が止む。どうやら夏穂が歌い終わったらしい。戻ってきた夏穂はさつきの隣に座ると、
「終わったー。どうだった、朝日君?」
こう聞いてきた。
「あ、ああ、すっごく上手だった!」
いきなりそう振られた誠は、先ほど考え事をしていたせいもあってか、声を上ずらせながらこう答えた。
「いやー、お熱いことで二人とも」
「いっそくっついちゃえばいいのに」
真悟とさつきがそんなことを言い合う。どうもこの二人、昨日からからかっているのを楽しんでいる節があるようだ。
「お前らなぁ……」
と誠が文句をつけようとしたその時、ジャン! という音が流れる。
「そういや次は俺の番だったっけ」
誠が立ち上がってマイクを持つ。
「I continue loving you. I am the most darling – you!」
今はカラオケにいるのだ。細かいことを考えるのはその後でもいい。そう思った誠は感情をこめて入れた曲を歌うことにした。