誠の受難⑤ 最悪の鉢合わせ
「で、そういえばお前は何でここにいるんだよ?」
事情を話し終わった真悟は今度はそう誠に話を振った。
「あ、お、俺か? え、えっとだなぁ、それは……あ、あれだ、お前の昨日のお店紹介の熱心さが気になって俺もちょっと来てみたんだ。ああー、そうだそうだ」
誠はそういきなり振られて慌てて理由を考える。この場で夏穂がいることを知られてはいろいろと面倒だからである。しかし、付き合いの長い真悟と噂話が友達のさつきには当然通じるはずもなかった。
「……何だその取ってつけたような白々しい嘘のつき方」
「そもそも理由を思い出してる時点ですでに何だかいろいろと怪しいんだけど」
当然と言えば当然だが、むしろ逆に怪しまれてしまっていた。そして、さつきはその後さらにこう聞く。
「ねえマコ、もしかしてあたしたちに何か隠してるんじゃない? 例えば、実はマコはちゃんと夏穂と一緒に来てて、今この場に夏穂がいる、とか」
「ギクッ! い、いや、そんな訳ないだろ。やだなー二人とも、ハハハハ……」
「何だよそのマンガみたいなわざとらしい効果音は……」
真悟は呆れながらそう誠に言う。
「で、ホントのところはこの場に夏穂がいて一緒に買い物に来たってことで合ってるの?」
「だ、だからこの場に間宮なんかいないって……」
さつきの追及から必死に逃れようとする誠。ここでこの二人と今の夏穂が会ってしまうのは非常にまずいからだ。だが、
「クシュン!」
その努力は次の瞬間無になった。遠くから大きな声でくしゃみが聞こえてきたためである。それは誰がどこから聞いても間宮夏穂の声に違いなかった。
「何よ、やっぱり夏穂がいるんじゃない。マコまであたしを遠ざけようとするわけ?」
その声を聞いたさつきは誠に不機嫌そうな返事を返してからその声のする方向へと歩きだしていた。不幸なことに先ほどと同じ煙まで立ち上っていて、さつきもその方向に向かって小走りしていた。
「ちょ、ちょっと待てって!」
誠は慌ててさつきを止めに入る。あの状態のさつきと夏穂を接触させるのはいろいろまずいからだ。今の彼女は夏穂であって夏穂ではない。彼女は深山詩乃という別人物なのであって、さつきや誠のよく知る間宮夏穂ではないのである。しかし、
「別にあたしマコの言うことなんでも聞くようなそんな便利な人間じゃないから。朝も言ったでしょ。あたしの行動は誰かに言われたくらいじゃ止まらないし止められない。あたしは自由気ままに噂を集めるだけのごく普通の女の子なんだから。だから、その間に障害物なんてあっちゃいけないの」
立ち止まってそう言ったさつきは再び歩き出した。
「い、いや、そうじゃなくてだな……」
「しつっこいなぁ! 女の子に付きまとう男の子は嫌われるんだからね!」
「わ、悪い……、ってそういう問題じゃなくて!」
言い争う誠とさつき。さつきとしては誠があんまりにもしつこく止めに入るのでやや苛立ち気味に遠ざけようとしただけなのだが、誠としてもここで引き下がるわけにはいかなかった。今ここで引き下がってしまっては夏穂と約束した誰にも知られたくないから黙っててくれ、という約束を反故にすることになってしまう。彼女のことが好きな誠がそれを良しとするわけがなかった。ところが、そんな二人のやり取りは唐突な急展開とともに終わりを告げた。
「……あれ、朝日君とさつきじゃない。どうしたの?」
というのも、試着室から歩いてきた見慣れたシルエットが声をかけてきたためだ。そして、それは間違いなく間宮夏穂その人であった。
「ど、どうしたのってお前……」
と言いかけて誠も気付く。どうやら本物の間宮夏穂らしい。何が起きたか知らないが、どうやら元に戻ったようである。
「……あ、そっか、朝日君に頼んで服を一緒に買いに来たんだっけ。ゴメンゴメン」
夏穂もどうやら話を合わせてくれたらしい。するとさつきは途端に先ほどまでの不機嫌そうな顔をにやにや顔に変えて誠と夏穂の方を見る。
「なーんだ、二人とも、そういう関係だったのかぁ。へぇー、いつの間にねぇ……」
その意図を察した誠と夏穂は顔を真っ赤にして否定するが、
「ち、違う違う。そんなんじゃねーって!」
「そ、そんな訳ないでしょ! 別にこう、付き合ってるとかそんなんじゃ……」
「あれ、いつあたし付き合ってるなんて言ったっけかぁ?」
すでにさつきのスイッチは入ってしまっていた。彼女はゴシップキラーといわれる通り、噂話には目がない。それが恋バナともなればなおのこと。彼女の噂収集精神が顔を出したのは言うまでもなかった。
「もう、さつき!」
夏穂はそんなさつきに顔を真っ赤にして弁解を始めていた。その様子を見てとりあえず話が別の方向に向いたからこれで何とかなっただろう、と思う誠だったが、
「……なあ誠、で、実際のところはどうなんだよ? まさか本当に間宮と付き合い始めたのか?」
「んなわけあるかぁ!」
今度はいつの間にか近づいてきていた親友の誤解を解くために説明を始めることとなった。しかし、と真悟に話しながら誠は考える。いったい、どうして彼女は元に戻ったのだろう。深山詩乃と間宮夏穂、この二人の抱える秘密とは一体何なのだろう、と。
「しかし、今日はいろいろあったよなぁ……」
家に帰った誠はいろいろ考えていた。あれから真悟とさつきに必死に説明をした誠と夏穂は、その後方向的に二人で帰ることとなったのだ。その時に二人がはやし立ててきたので誠が真悟に鉄拳制裁、夏穂がさつきをにらみつけ、二人が「じゃあお邪魔にならないように帰りまーす!」とか言って帰って行ったのはまた別の話である。結局いろいろ話した後に分かれ道に来てじゃあまた明日、解散することになったわけだ。その時、彼女は別れ際にこう釘を刺してきたのである。
「絶対、誰にも言っちゃダメだからね? でも、今日は助かったよ。ホントにありがとね」
最初こそ彼女のありがとうに幸せ気分でいた誠であったが、自宅に帰って冷静になってみると、やはりそこまで夏穂が秘密にしたがるものが何なのかが気になっていた。
(確かに、俺は間宮のことが好きだ。でも、だからって何でも間宮の言うことを聞くことだけでいいのか? 本当に好きだったら、もっと間宮のために行動してやるべきなんじゃないのか? そもそも、あいつとはもう約束しちまってるんだし)
そう思って誠はあの忍者、深山詩乃と名乗った女性を思い出す。つい数時間前に、誠は彼女と約束してしまっているのだ。必ず二人がハッピーエンドを迎えられる方法を見つけ出す、と。
「……よし、こうなりゃやけだ。実行は明日、間宮の秘密を探り出す。片桐とか真悟には知られないようにしとかないとな」
そう言って拳を握りしめる。
「よし、やってやるぞ!」
そんな決意を固めた時だった。携帯の着信音が鳴る。
(メール?)
誠は携帯を開くと、その差出人の名前を見る。メールを送ってきたのは誠の良く知る人物だった。
「片桐じゃねーか。もしかしてさっき言ってた分かったことってやつか?」
もっとも、彼女の情報は幅が広すぎるのとデマも多い分信用しすぎるのは良くないというのが誠の今までの経験からの総意だった。今回に関してはさすがに有益な情報以外は持ってこないだろうと踏んでいたのだが、はたしてどうだろうか。
「えーっと……」
開いて中を読む。そこにはこのようなことが書かれてあった。
(やっほーマコ♪ それじゃあ今日聞いてきた情報まとめて送るねー! そっちも何もなかったってことはないだろうから教えてね!)
「相変わらず片桐のメールは記号系の文字が多いな……」
そのおかげで読みやすくなってはいるのだが、彼の知り合いにここまで記号を多用する人物はいなかったので新鮮と言えば新鮮である。誠は文面の続きに目を通し始めた。
(今日集められた情報は3つだったんだけど、どうも信憑性に欠ける情報が多いんだよねー! いつもみたいな調子でみんな聞いたこと答えるもんだから適当な情報が多くてさ!)
まだ文面の中身が出てこない。
「いや早く肝心の中身を書けよ」
誠は思わず突っ込んでしまっていた。さらに中身を読み進めると、そこから先しばらく情報は何も書かれていなかった。代わりに書かれていたのは、「いやーやっぱりあたしって情報に通じてるからいろんなどうでもいい情報が入ってきたりするんだよね!」とか、「それがあたしが朝風市一番の情報屋って呼ばれてる理由でもあるんだけどね!」といった今更語るまでもない彼女の個人情報だった。
「次のページで何も書かれてなかったらこのメール閉じてやろうかな」
誠の苛立ちはそろそろ本気でピークに来ていた。そして、そのまま次のページまでスクロールする。
(さて、じゃあマコがそろそろ怒り出しそうだから今度こそ夏穂の情報だよ!)
「だから最初からそうしろよ!」
携帯を放り投げそうになるが、今度こそ情報が来るのだ。落ち着かねばなるまい。誠は自分にそう言い聞かせ、メールを見る。
(まず昨日の話なんだけど、何でも夏穂が屋根の上を走ってたんだって! これはどうしようかと思ったんだけど、あたしの情報友達が仕入れた情報だったから一応教えておくね!)
「あー……。なるほど」
信憑性に欠けるというからどういうことなのかと思ったらそういうことか、と誠は納得する。確かに生身の人間が屋根づたいに走っていたら常人ならば自分の目を疑うところである。誠もいざ自分の目で目撃していなかったら納得しなかったところだっただろう。
(それからやっぱり昨日の話なんだけど、夏穂が一人できょろきょろしながら朝風モールのあたりを行ったり来たりしてたみたい! 信憑性はこっちの方があるかな。まあ夏穂が朝風モールで迷子になるとは思えないんだけどね!)
「あいつ朝風モールまで行ったのかよ……」
それは迷子にもなるし迷惑にもなるな、と誠は一人納得していた。詩乃が道案内を素直に受け入れてくれたのはおそらくこういう事情もあったからなのだろう。
(で、最後なんだけど、これはあたしからかな。シンちゃんといろいろ回ってた時のことなんだけど、夏穂のお母さんに会ってね! 夏穂のお母さんはプログラマーでいろんな機械のプログラミングをしてる人なんだけど、その夏穂のお母さんが深刻な顔でパソコンを買ってたの。これも何か関係があるかなと思って。単に仕事がうまくいかなかっただけなのかもしれないけどね)
「……うーん」
最後だけは誠の知らない情報だったが、現時点で何に使える情報というわけでもなさそうだ。そもそもパソコンを買うことだけなら別に特段不思議に思う話でもない。
(それじゃ、あたしからは以上だから、マコの情報待ってるねー!)
「どうしたもんかな……」
誠はさつき以上の情報を持ってはいる。くしゃみをすると夏穂の性格が大幅に変わってしまうことである。だが、それは夏穂本人に口止めされていた。
「とりあえず……」
誠は本人から聞けた有益な情報はあまりなかったが、さつきと昔に会っていたことがあったのを初めて知った、という文面をさつきに送って寝ることにした。