誠の受難④ 街案内は命がけ
数十分後、誠は詩乃をある場所へと連れてきた。
「ここは?」
「ここはレストラン、セレクトミールだよ。幅広いメニューが売りの人気食堂さ」
詩乃の質問に答える誠。彼としてもまさか真悟と話した次の日にこの店に来るとは思ってもいなかったのだが、今回のような状況にはうってつけだろう。
「ほう……?」
物珍しそうな目で見る詩乃。
「つってもあんまり変なものは置いてないと思うけどな。まあ、とりあえず中に入ろうぜ」
「そうだな。ところで……」
「ん?」
「まさか食事代は貴様が出してくれるのだろう?」
「えっ……」
どうして、と言いかけた誠は彼女の置かれていた状況を思い出す。そういえば彼女は今間宮夏穂の体を使用しているだけで本人ではない(と彼女が言い張っていて、現状それを信じるしかない)のだった。
「どうなのだ?」
詩乃は聞いてくる。正直今誠のお財布の中身は閑古鳥が鳴いているほどの額しかない。だが、先ほどの脅しがある以上背に腹は代えられないし、そうでなかったとしても何よりこの声を発している人物が間宮夏穂そのものにしか見えない以上、誠にとってそれは好きな人からのおねだりにしか見えなかった。それも彼女のお願いは上目使いである。結果、
「あ、ああ、もちろんだよ決まってるじゃねーかハハハ……」
誠は当然のように首を縦に振ってしまうのだった。
「では、遠慮なく頂くとするかな。せっかくおごってもらえることだしたくさん食べねば」
「お、おい少しは自重してくれよ!」
誠は一瞬浮かれたことにハッと気が付いて大声を上げる。だが時既に遅し、詩乃は意気揚々とお店の中に入っていくところだった。
「……はぁ」
誠はため息をつきながら彼女の後を追った。
「いやあおいしかった。まさか忍者食まであるとはこのお店は優秀なことこの上ない」
「自重しろって言ったのに……」
1時間後、上機嫌で出てきた詩乃とは裏腹に、誠は中身のほとんどない財布を見つめながら肩を落としていた。
「うむ、満足満足」
「これでどうだ? 俺を信用する気になっただろ?」
誠は得意そうに聞くが、
「何を言っておるのだ? ……まさか貴様、私の信用を食べ物ごときで勝ち取れるとでも思ったのか? そんな甘い話があるわけなかろう」
「マジかよ……」
使い切った残り財産は無駄足に終わってしまったらしい。一応待ち時間に退屈しないように彼の持つトークスキルの全てを使って話をしたつもりだったのだが、どうやら彼女にとって満足すると言えるほどのものではなかったらしい。
「まあ、悪くはなかったがな」
「……えっ?」
誠は聞き返す。だが詩乃は首を横に振った。
「いや、何でもない。で、まさかこれで貴様の街案内は終わりではないだろうな?」
「当たり前だろ。まだまだこの朝風市にはいろんな名所があるんだぜ?」
誠は気を取り直す。
「ならば案内を続けてもらおうではないか。次はそうだな……」
少し考えた詩乃は、何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば一件案内してほしいお店があったのだ。良ければおすすめのところを教えてほしい」
「別にいいけど、そのお店って何の店だ?」
誠は肝心のお店の内容を聞くことにした。
「服屋だ。私も一応そういうものに興味があるのでな」
意外だな、と言いかけた誠は口を慌てて閉じる。どこで彼女の逆鱗に触れるか分からないし、せっかく上機嫌の彼女の機嫌を無理に損ねる必要はない。
「……服屋か。そうだな……」
誠は悩んだ挙句、そういえばと思い出す。
(服屋なら昨日ものすごく勧められた場所があったな。あいつの勧めた場所に行くのは癪だけど今はそうも言ってられないか)
「じゃあ案内するからついてきてくれ」
誠は再び彼女の案内役を務めることとなった。
(セレクトミールに続いて次はここか……。まさかあいつこうなることを予測してたんじゃねーだろうな……)
その数十分後、誠はスーパーくらいの大きさの洋服屋に詩乃を案内した。その服屋の名前はレイテスト。昨日セレクトミールと一緒に真悟に勧められたお店だった。
「ふむ、品揃えも悪くなさそうだ。感謝するぞ少年」
「ああ」
クールな口調と違って彼女の顔は輝いているように見えた。
(まぁ、深山も女の子ってことだな。しかし……)
今誠を悩ませている問題は二つあった。一つは詩乃が服を買う、といった場合の誠のお財布事情である。先ほどの飲食代を考えるとこの服を買うのもおそらく誠だろう。今の彼の財布の中身はほぼ空、もちろんお金の余裕はない。といっても、お金自体は銀行の通帳で引き出すことができるし、今日は八月三十一日、明日になれば月始めのお小遣いが誠に手渡される。なのでこっちは彼にとって大した問題ではない。むしろ彼を悩ませているのはもう一つの問題である。
(中身は違うとはいえ、こいつ、一応間宮の体にいる人間なんであって、外から見たら俺は間宮とデートしてるように見えるわけで……)
そう、彼を今最も迷わせているのは女の子と服を買いに来ている状況そのものなのだ。どこからどう見ても今この状況は二人を知る人間からすれば、というか、知らなくても付き合っている男女のように見えることだろう。
「では、私はちょっと試着室へ行ってくる。覗こうなどとは決して考えぬことだ」
詩乃はそう言って胸ポケットに入れていたクナイをチラつかせる。
「誰がそんなことするかよ!」
「……お前、この女のことが好きなのだろう?」
しかし、詩乃は誠のツッコミに対し、予想外の返答を返してきた。
「……えっ、い、いやいやいやいや」
「ごまかしても無駄だ。先ほど私の上目づかいに釣られて一も二もなくおごると答えたのはどこの誰だ?」
「うっ……」
痛いところを突かれて誠は黙ってしまう。あの上目遣いは意図的なものだったのか、と簡単に騙された1時間前の自分に突っ込みを入れてやりたい気分になった。
「そもそも、ただのクラスメイトならここまで気を使う必要もあるまい。お前がこの子に何かしらそういう感情でも持ってなければここまで熱心になることもないはずだろう。違うのか?」
「……いや、間違ってない、です」
この状況で否定できないのは明らかだった。もし嘘でもついて無理に自分の感情を押し殺そうものなら、彼女の持っていたクナイが今すぐにでも飛んできそうだったからである。
「ならば、私が釘を刺すのもまた至極当然だろう。この状況で何も言わないほどの信頼関係がお前とこの子の間にあるとも思えんしな」
「……はい」
誠に最初の勢いはもうない。完全に詩乃の方が優勢に立っていた。
「ではもう一度言うぞ。覗こうなどとは! 決して! 考えぬことだ」
「……分かりました」
「最初からそう言えばいいのだ。では、行ってくる」
しゅんとしてしまった誠を見て、詩乃は満足そうに試着室へと向かっていった。
(……厄介なのと知り合いになっちまったもんだ)
誠はそんなことを考えながら、さらに重要な用件を思い出した。
(そういや、片桐との約束すっかり忘れてた……)
誠のそもそもの目的は夏穂の秘密を探ることだった。しかし、いろいろあったために誠の頭の中からすっかり消し飛んでしまっていたのである。
「もしこれで片桐にでも会ってみろ、恐ろしいことに……」
「あれ、誠じゃねーか。何でこんなとこにいるんだ?」
「う、うわぁ!」
思わず本音が口をついて出たその時、突然後ろから声をかけられ、大声を上げる誠。
「……そんな驚かなくてもいいだろ。何かやましいことでも考えてたのか?」
「んな訳あるかぁ! しかし良かった真悟で……」
どうやら最悪の事態は免れたらしい。
「ん? 何か取込み中だったか? まあ、俺も一人で来たわけじゃねーけど」
「……? 誰かと一緒なのか?」
やや嫌な予感を感じ、後ろを振り向くと、
「あれ、マコじゃない。何でここにいるの?」
「片桐……さん?」
最悪のタイミングでの最悪の人物との対面だった。もうこうなると後には引き返せない。アイコンタクトだけですべてを語り合う二人。
(確か夏穂をつけてくれてたはずよね? 何で服屋にマコがいるのよ?)
(仕方ねーだろ場の流れだよ!)
(場の流れでどうして服屋になるのよ!)
(俺だって知るかよ! ってか、そもそもなんでお前がここにいるんだよ?)
(仕方ないでしょ場の流れよ!)
(同じこと言ってんじゃねー!)
「……あのさ、二人ともそんなテレパシー飛ばしてどうしたよ?」
一人取り残された感のある真悟がとりあえずそう声をかける。
「……別に何でもねーよ。それより、なんでお前が片桐と服屋に来てるんだよ?」
「ああ、それはなぁ……、場の流れってやつだ」
「お前までおんなじこと言ってんじゃねぇ!」
真悟の返答に思わずツッコミを入れる誠。こいつこそ読心術でも使ったんじゃないだろうか、と本気で考える。誠の反応に鬼気迫る何かを感じた真悟は慌ててジェスチャーで否定する。
「……? 冗談だよ冗談。ずいぶんピリピリしてんなお前」
「……ああいや、気にしないでくれ。で、ホントのところはどうなんだ?」
「ああ、実は昇降口の辺りでさつきに会ったんだよ」
そう言って真悟は今度こそ説明を始めた。
「片桐に?」
「ああ、んで、間宮について調べてるからちょっと来て、っていうのでついてきてみたらこうなった。こいつ最初間宮の秘密を調べてたんだけど、二度目に俺に会った時には誠を探すの手伝ってくれって頼んできたんだよ」
「だったらメールすりゃあいいだろうに……」
「あのね、こういうのはどこにいるか探すドキドキ感がいいのよ」
さつきがそう会話に口をはさむ。
「……って訳だ。そんな訳の分からない理由で俺はお前にメールもできずにひたすらさつきに付き合わされたんだよ。目的もいつの間にか間宮のことじゃなくてお前探しにシフトしてたしな。とはいえ、服屋に来たのは褒めるべきさつきの天性の勘だろうな。ちゃんと探してた誠を見つけたんだから。ここに来る前には昨日言ってたカラオケとかお前の家とかにも寄ったんだぜ? で、ここに誠がいなかったら服買って、ってさつきに頼まれて今に至る」
「……おいおい、俺を探すドキドキ感を楽しんでたんじゃなかったのかよ?」
「えっ、めんどくさくなった」
「……気分屋だなぁお前」
誠は呆れる。この分だとさつきの場の流れというのは単純にさつきがテンションで動いていただけの可能性が非常に高いだろう。全く呆れた話である。
(あ、でも1つ気になる話は聞けたから後でメールはするね)
(おう)
真悟に聞こえないように小声で誠に言うさつき。どうやら本来の目的の方はきちんと収穫してきたようである。こういう肝心なところでは抜け目がないのが彼女のいいところであるのかもしれないと思う誠だった。