-4- ザ・ワールド・ネヴァー・ハーツ・ユー
意味。
生きることの意味。
人は求めてやまない。
意味と、幸福を。
「ムジナ、この世界の住み心地はどう? あなたの望んだ世界だよ」
ここには、何も無い。
しかし、ここには全てがある。
でも、どこか空っぽだ。
「この世界は、完全にあなただけの世界」
「……」
「自分だけの世界もいいけど、やっぱり、他の世界の影響も受けたいと思わない? ううん、もうそう思い始めてるみたいだね。ムジナは」
「……」
「君はきっと、幸せになりたかったんだ。そう、ただそれだけなんだ。でも、そこへたどり着かなかった。君はそう考えていた。でも、幸福は、不思議だけどすでに自分の中にある。それに気付くか、気付かないか、それは重要だよ。人が生きるということの意味は、無いのではなく、必要ない《・・・・・》ということが言えるんだ。私達は、そんなものにすがらなきゃ生きていけないような、ちっぽけな存在ではないということなんだ。意味が無ければ生きられないような存在じゃないってことだ。忘れないで」
生きるということは、素晴らしいことなんだ
例えその時がどんなにつらくとも
忘れないでほしい 自分の価値を
生きるということは、生かされているということだから
力の限り、生きられるだけ、生きてみるんだ
それに、生きることで気付くこともある
大人になるというのは 少しずる賢くなるということだけど
色々なものの見方ができるようになるから
つらいときの対処法がわかってくる
でもそれだって経験しなくちゃわからないかもしれない
だから私は、経験することを恐れないでと
傷つくことを恐れないでと
生きることを恐れないでと願うんだ
だって、簡単に諦めるなんて君には似合わないじゃないか
いつだって君は前を向いていることを知っているよ
「そして、希望も。子供は、生まれてくる希望は、人の命と歴史を繋ぐ架け橋。希望そのものとして生まれてくる。でも、そのうち忘れていってしまう。自分が、希望そのものであることを。生きているうちに色々なことが起きて、大切なことをくらませるんだ」
それに気付くか、気付かないかで、やっぱり幸福は変わってくる。
「そう、君は今だって希望そのもの。断言してもいい。なぜなら私は、生まれた時から君を見ているんだからね」
もはや、カゲヨの発する言葉は、少女のそれではない。
彼女の身体は、優しくて柔らかな白い光に包まれていた。
「私は影代。私は君の半身、光と影の片側。君を気付かせる、君の中の神性。無意識が発する命の声。君の中の一人であり、詩人……」
「……!」
「そして、私は誰でもない。また、誰でもある。誰の中にも存在する────私」
カゲヨは誰でもなかった。
例えるならば、無限に繋がる個々の魂、そのそれぞれに必ず存在する認識されない神の欠片。
「ねえムジナ、世界をもう一度作り直さない?」
カゲヨはムジナに言ったが、彼にはまだ恐れがある。
「大丈夫。今度は私が手伝うよ。君の望むような世界を作ろう」
荒れ果てた荒野に生命が蘇り、暗雲は風に吹き飛ばされる。
空から太陽の明るい光が降り注ぎ、大地を希望という名のエネルギーで満たしていく。
全てのものが個であり、また集合体。閉鎖的な個の世界を結びつけ、ひとつの巨大な世界を作り上げる。
ムジナの望むのは……元通りの世界だ。
人を喜ばせたり、あるいは傷つけたり、幸せにしたり、そういうものに溢れた、色とりどりの世界だ。
たちまちムジナの世界は生命に満たされた。それは元通りの世界だけど、どこか違う。
全てのものが意味を失って、新たな意味を与えられた。
それはきっと、世界ではなく、ムジナが変わったのだろう。
「ムジナ、君は凄いよ」
カゲヨは感心した様子で彼の光り輝く瞳を見た。
「私はただ、気付かせたかっただけ。でも君はもっと素晴らしいものを創造できるんだね」
「……ありがとう」
ムジナは失った声を取り戻した。
絶望の中に捨ててきたものを取り戻した。
彼の心の旅は一周し、カゲヨの力を借りて、また同じ場所に帰ってくることができたのだ。
しかも、ただ帰ってきただけではない。
ムジナはいくつもの体験を経て、大きくなって帰ってきた。
──世界は決して、君を傷つけることはできない。
カゲヨはそう言い残し、あるべき場所へと帰っていった。