プロローグ4 狂気と朝と疑惑
なかなか予定通りには行かないです。ガンバ
《2015年2月25日 羽田発ワシントン行き9:00着NALボーイング265便機内》
時刻は真夜中。機内照明のほとんどが時差調整のために薄暗くされ乗客の大半は深い夢の中。そんな時間帯にも関わらず機体後部にある狭いトイレの一室では黒髪に浅黒い肌をした中東出身と思わしき一人の男が用を足すでもなく血走った目を光らせ片手に持った携帯端末を耳に宛てがい誰かと連絡を取り合っていた。
微かに漏れる会話は断片的なものであっても聴く者にとって不快を通り越し“おぞましい”と感じさせる内容であったが、それを聞き咎める者など終ぞ居る筈もなく深く静かに通話相手と会話する男の声だけが本来の使用用途に使われる事のないトイレに小さく響き渡る。
『……我…………計画………らず………………………奴…の………血……………………よう……………』
男はしばらく会話が外に漏れ聞こえない程度の声で通話していたのだが、次第に通信相手側の方が興奮の度合いと声量を増していき遂には、
『驕り高ぶったあの国に!我らが正義の鉄槌を!!』
などという怒りと怨嗟に満ち満ちたその叫び声を聞くにあたり、顔に増悪と狂喜に歪んだ表情を浮かべるや、
「鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!鉄槌を!!!」
と、声量を極力押さえながらも狂い猛り連呼を繰り返した。
ひとしきり狂気に染まっていた男だが、通信を終えると一転して先程までの狂態がまるで嘘の様に治まり沈黙。だがその目には依然ドス黒い狂気を宿したままであり一度それが解き放たれればどんな災いを巻き散らすか想像に難くない事を伺わせた。 その後、男はドアノブに手をかけ静かに開け放ち素早く辺りを窺い誰も居ない事を確認すると何事もなかったかの様な顔をしてトイレを背に己の座席に戻っていった。そして残されたのは狂気がそこに充満していたのが嘘の様に静まりかえった無人のトイレのみ……。
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「ふぁぁーーーーーぁ!んーーーーーーーーーーーぁぁッ!?」
時差ボケをしないために眠りに付いてから約8時間後。周囲の騒めきと機内の明るさのおかげで目が覚めたばかりなんだが条件反射的に背筋を伸ばしたとたん思わず大きな欠伸が出てしまい此処が飛行機の中だったのを思い出し慌てて嚙み殺すはめに。
「くすくす」
すると隣の席からこんな笑い声が聞こえてきたのでそ~っと顔を向けると先に起きていたらしいマイちゃんが笑顔で笑っていた。
「あ~~ん~~……おはよう?」
ちょっと照れくさくて、それを誤魔化す為にポリポリと頬をかきつつ目覚めの挨拶をしたんだが…、
「おはようお兄ちゃん。おおきなあくびだったね!カバさんみたいだったよ?」
「ご、ごほっ……そ、そうかな?自分じゃ見れないから分かんないか…な。ははは…は…は…」
なかなか容赦のないマイちゃんの追求に顔ごと視線を逸らしつつ曖昧な返事を返す事しか自分にはできなかったと言っておく。 更に間の悪い事は続くもので、顔を反らした先には偶然一連の出来事を目撃したと思わしきスチュワーデスさんが居てバッチリ目が合う事に…。苦笑いするしかない自分に対し笑顔で目礼し何事もなかったかの様に朝食の準備を続けるスチュワーデスさんマジ気配り上手なサービスレディ!さすが空の人!空気が読めますな!マジ感謝です!!
とまあ、そんな事が寝起き早々ありはしたが、その後は睡眠のため背後に倒していた座席シートの背もたれを元の位置に戻して鞄から出したハンドタオル片手に席を立ち頭をシャッキリとさせるべく洗面所へ。まあまあ冷たい水で顔を洗い終わって席に戻るとスチュワーデスさんがさっき配膳してくれた朝食の機内食を残さず食べきり紅茶で一服。追加でいれてもらった食後の紅茶を飲みながらぼんやりしている時にそれは鳴った。
《ポーン》
突如として機内放送用コール音と思わしき音が鳴ったかと思うと機内全体にあるスピーカーを通してアナウンスが始まった。
《お客様にお知らせいたします。当機NAL265便の機長を勤める桜田門です。当機は現在太平洋上を抜けあと一時間程でワシントン空港に到着する予定でありましたが、空港周辺の天候が雷を伴う雨雲の停滞により少々不安定との情報を受け安全のためこれを避けるべく航路変更をする事になりました。これにより少々の遅れはございますが危険を避けるためですのでご了承くださるようお願い申し上げます。では後少しの間ですが空の旅をお楽しみ下さい》
《ポーン》
そう言い終わると再び機内コール音が鳴り響き機長によるアナウンスが終了。
「そうか、後一時間ほどでワシントンかやっとだな……ん?」
唐突だが告げられた内容にちょっと到着が遅れるけど安全には代えられないよな、と思っていたら… 何故かわからないがふと機長の言ったセリフに微かな違和感を感じてしまい思わず口から言葉にならない疑問として語尾に零れ出してしまった。それが聞こえてしまったんだろう隣に座っていたマイちゃんが不思議そうな顔をしてこっちを見ていて声をかけてきた。
「どうしたの?お兄ちゃん?」
「ん?なにがだい?」
「なにか考え事?」
「うーん、ちょっとさっきの機長さんの話が気になっちゃって…ね」
「ふーん。マイはね~お天気がきになるかな~。飛行機にカミナリ落ちたらやだもん!」
「そりゃそうだね。カミナリ落ちたら危険だもんね………?!」
あれ?危険? 普通天気の事で“危険”なんて言葉使うか? しかも本当に危険なんて可能性があるんなら乗客に悟られるような放送なんて真似せず可及的速やかに近場の空港に着陸すると思うんだが…。 どうも引っかかる。普通この程度の事を乗客に知らせるなら着陸前でいいし了承を仰ぐなんてしないぞ。言ってもせいぜい“問題ありませんので”とか“ご安心ください”って言う程度だ常識的に考えて。…思い起こせば機長の声だいぶ緊張していたよな。機長になって初のフライトだったとしても、あそこまで緊張するか?…ねぇだろ。それに…機長の名前だって変だ。記憶違いで無ければ離陸前に聞いた名前と違うし“さくらだもん”なんて苗字は日本人として知る限り普通絶対にありえない。これは通常日本において江戸城(現在の皇居)の内堀に造られた門の一つである桜田門の事を指す言葉だ。……だがそれとはまた別に門の正面に警視庁の庁舎がある事から隠語で「桜田門」と呼ばれることもあるという事を念頭において考えると?…更には“さくらだもん”の真ん中にある【だ】の文字の左右に【の】と【い】をあてると?警察の象徴にも使われているシンボルマークである桜の代紋(別名、旭影や朝日影もしくは単に日章ともいう)を意味する隠語そのものになる………深読みすればだが…。
…ヤバイ。なんか考えれば考えるほど嫌な予感しかしない……。
普通に聞いた機内放送による機長のアナウンスの中に含まれた言葉に違和感を感じただけなのに、疑問が重なって疑惑に。それが悪い予感から確信に変るまで余り時間が掛かるとはとても思えず……どうにも拭えない嫌な戦慄を感じながら心の警鐘が最大限の音量をもって鳴り響くのを聴いた様な気がした…………。
まだまだプロローグ続きます。