クラス1の奇跡、そして見栄の代償
「次、ライト君、ステータス測定を受けなさい!」
鑑定士に促されて、オレは台の前に立つ。
鑑定士がこちらに向けて目をこらす。
「こ、これは……」
一瞬の沈黙。オレはその間、なんとなく息を止めていた。
「君、魔導士だったよね」
「はい、そうですけど。」
「……農業学科に転向する気はないか? ?」
「え?」
意味がわからなかった。鑑定士は言いにくそうに眉を寄せる。
「いや、大変言いにくいんだが。君の魔法力——MPというやつが、数字でいうと10しかない。これは生まれたてのゴーストとほぼ変わらん数値だぞ。魔法を二、三発撃てば即座にガス欠、いや、魔法名を叫んだだけで気絶しかねん 。」
「いや、どちらかというとスタミナには自信があるんですが……」
ざわ、とまわりがさざめいた。
笑っている。聞こえないふりをする。
「ほーら、あいつはあんなもんよ!」
背後からエティの声。オレはいら立ちをこらえた。
「ちょっとあんた、節穴!こいつのスキルが見えないの?とんでもないスキルを持ってるじゃない!」
マチが割り込んできた。声がでかいなあ。
「いや、特に何も見えないが。それより、余計なことは言わないように。君、失格になるよ。」
「クッ……!」
マチがくやしそうに唇を噛む。それを横目に見ながら、オレは静かに台を離れた。
ありがとう、とは言えなかった。言ったら、なんか逆にみじめになりそうだった。
---
「じゃあ、次——お嬢ちゃんの番だね。」
マチが台の前に立つ。さっきまでの悔しさはどこへやら、胸を張っている。
「こ、これは……なかなかすごい!」
鑑定士の声が上がった。
「ハーッハハハ!私の剣の才能と鑑定士の才能が見えたようね!」
「いや、魔導士の才能がなかなかある。もうMPが100もあるぞ!」
「はああああああ!?魔法!?アタシまだ何も魔法使えないんだけど!剣士の才能はどうよ!」
「いや、身体能力の潜在力もすごい。将来はSランクの冒険者になるかもしれん。」
「ハーッハハハ!そうでしょうそうでしょう!」
「全盛期は15年後くらいかな。頑張りなさい。今はまだ……そうだな、やる気だけはSランクだが、中身が追いついていない。」
「はああああああ!?なんなのよそれは!」
「身体能力なんてすぐにはつかないよ。経験も積み重ねも必要だ。魔導士の才能なら今すぐ活かせるのに、もったいないな。それならすぐにDランクは狙えるぞ。」
「たいしたことないじゃない!」
「君、すぐに成功したいなら魔導士のほうがあってる気がするよ。」
鑑定士は涼しい顔だった。
「じゃあ、そういうことで。パーティー"クエスター"は暫定クラス1の試験から。実技で実力を見せてくれ。次の人!」
台を離れたマチが、ぶつぶつ言いながらオレの隣に戻ってくる。
「あの節穴鑑定士……実技でひっくり返してやるわ!」
「まあ、落ち着いて。」
「でも、なんでアタシたちのスキルは何も言われなかったのかしら。」
言われてみればそうだ。【尽きぬ泉】も、マチの【万能分析】も、一言もなかった。
「……鑑定士によって、見えるものが違うのかもな。」
「そう思うわ。あいつの目、完全に節穴よ。」
マチは腕を組んで鼻を鳴らした。
---
そのとき、会場がどっとざわめいた。
何人かが指をさしている方を見ると、鑑定台のそばに人垣ができていた。
「暫定クラス3で最高数値が出たぞ!」
「オハラ公のドロシー様のパーティーらしい!」
暫定クラス3。この学校の最高評価だ。
人垣の向こうに、深紅のマントを纏った金髪の令嬢が見えた。
彼女は優雅に扇子で口元を隠し、周囲を睥睨している。
貴族の令嬢、と一目でわかる佇まいだ。
視線が合いそうになって、オレは先に目を逸らす。
「……ドロシー。新たなライバル登場ね。」
マチが静かに、しかし熱を込めてつぶやく。
いや、そんなライバルじゃないから。勝手にライバルを増やさないでほしい。
心の中だけでツッコんだ。
---
「チーム"クエスター"、実技試験を始める!」
名前を呼ばれて、オレとマチは闘技場に進んだ。
砂地の床。高い壁に囲まれた円形の空間。
観客席からの視線が一斉に集まる。
落ち着け。
あらかじめ、二人とも「ドーピング」を重ねがけしてある。
オレもマチの身体能力はすでに底上げしている。
準備は万全だ。
「それでは試験を始める。こちらが危険と判断した場合は即座に停止する。降参の場合は大怪我をする前に声を上げるように!」
試験官の声が響く。
オレは右手のロッドを握り直した。
「それでは——始め!」
正面の大扉が、重い音を立てて開く。
現れたのは、頭部に巨大な剣状の角を持つ、猫型の魔獣だった。
全身が筋肉の塊で、四肢のどれもが槍のように鋭い。
「……ソードライガー?」
観客席がざわつく。
「おい、あれBランクじゃないか!クラス1のパーティーに相手させるのか!?」
Bランク。
マチを見る。マチはすでに【万能分析】を発動している。その目が、魔獣の情報を読み取っていた。
「弱点は氷結。素早さが高いけど、それさえ殺せれば対処できる。ライト、まずあいつの足を止めて!アタシが囮になる!」
「わかった。」
返事をした瞬間、マチが地面を蹴った。
バフを盛られた彼女は、もはや人の目では追えない速度の「残像」と化していた。
「あの速さ、本当にランク1か!?」
「ソードライガーより速いんじゃないか!」
観客がざわつくのが聞こえる。
マチの速さには毎回驚かされる。
マチがソードライガーの注意を引きつけている。
剣状の角が閃く。しかしマチは余裕で躱す。
マチの速度はソードライガーのそれをさらに一段階上回っている
今だ。
『ウエイト!』
魔力の重りが、ソードライガーの前脚に縛りつけられる。
動きが、わずかに鈍った。
一発では足りない。魔獣の体格と筋力がそれを跳ね返そうとしている。
『ウエイト!』『ウエイト!』『ウエイト!』
四本の足、一本ずつに重ねがけする。
「おい、ウエイトが効いてるぞ!あんなに連続でかけて、MPがどれだけあるんだ!」
「ウエイトは魔法力の消耗が激しいはずだぞ……」
観客席からそんな声が聞こえた。
オレのMPは、もうとっくにゼロだ。でも、魔法は止まらない。
グルルルル……
ソードライガーが唸る。自慢の脚力を奪われ、剣角を振るうことしかできない。
それでもマチにはもう届かない。
「これで!」マチが動いた。魔獣の剣が届かない死角に潜り込み、脇腹に剣を突き立てる。
ガアアア!
怒りで体が膨れ上がるような咆哮。
だが魔獣の脚は言うことを聞かない。
「今よ、ライト——氷結!」
『氷弾!』
『氷弾!』
『氷弾!』
『氷弾!』
『氷弾!』
連続して放たれた氷の弾が、ソードライガーの体を白く包んでいく。
動きが止まる。足元から胴へ、胴から首へ、氷が這い上がっていく。
「見ろ、ソードライガーが凍りついていくぞ!」
「あいつ、ウエイト連打に続いてアイスボムまで……いったい何発撃ってるんだ!」
完全に固まった。
「今よ!」
マチが剣を逆手に持ち替え、ソードライガーの後頭部——頸椎の継ぎ目——に全体重をかけて突き立てた。
音もなく、魔獣は崩れ落ちた。
---
「そこまで!チーム"クエスター"、勝利!——満点合格だ!」
一瞬の静寂のあと、観客席が爆発した。
「すごいぞ!」
「Bランクを二人でやったのか!」
スタンディングオベーション。
オレは深く頭を下げた。
隣でマチが腕を組んで胸を張っている。それがおかしくて、少し笑った。
ロッドを握った右手が、かすかに震えていた。疲労ではない。
これが——ちゃんと誰かに認められる、ということか。
---
歓声が収まりかけたころ、審査員席から慌てたような声が飛んだ。
「待て待て待て!ちょっと確認させてくれ!」
審査員が書類をめくりながら、顔を青くしている。
「……これ、ソードライガーの担当パーティー、"クエスター"じゃなくてドロシー嬢のパーティー”ザ・ウィッチ”になってるぞ!」
「え?」
「手違いだ!用意する檻を間違えた!クラス1のパーティーに出す予定だったのはソードラビットだったはずで……」
会場がざわめく。
「つまり……Bランクのモンスターを、クラス1のパーティーが倒したってことか?」
「本来ドロシー嬢のパーティーの相手だったやつを……?」
どよめきが、笑いに変わっていく。
「いや、すごすぎるだろ!」
「手違いとはいえ、結果は結果だぞ!」
オレは審査員を見て、それからマチを見た。
マチは口の端をにっと上げて、こちらにハイタッチを求めてきた。
オレはハイタッチで返した。
---
騒ぎが一段落したころ、澄んだ声が会場に響いた。
「あなた方、少し、よろしくですか?」
振り返ると、金髪にアイシャドウが特徴の深紅のマントの女性が立っていた。
ドロシー。
近くで見ると、整いすぎていると感じるほどの顔立ちをしていた。切れ長の目が、品定めするようにオレとマチを見ている。
「わたくしの相手を奪った方々ですわね。」
声は穏やかだが、圧がある。
「手違いだったみたいです、すみません。」
オレが答えると、ドロシーは小さく眉を上げた。
「謝罪は結構です。あなた方、なかなかやりますね。」
一拍置いて、ドロシーはまっすぐにオレを見てほほ笑む。
「あなたたち、クラス1ですわね。それでBランクのソードライガーを。」
「……そうなりますね。」
「フフ。」
ドロシー嬢は持っていた扇子で口元を隠してほほ笑む。そして、その目はわずかに細くなった。
「手違いとはいえ、逃げずに相手をしたこと。結果を出したこと。それは認めてさしあげますわ。それではまた。ごきげんよう。」
そう言って、ドロシーはさっさと踵を返した。
それだけだった。
「……また、か。」
マチが腰に手を当て胸を張る。
「一流冒険者のアタシへの言葉としてはたりないけど、私たちに挨拶するなんて、あいつもなかなか見どころがあるわね!」
「いつも思うんだけどその自信はどこからくるんだよ。」
「うるさいわね。」
マチはそっぽを向いた。
---
「ライト!」
聞き覚えのある声に振り返る。
ダイだった。エティとヨウジを連れている。
三人とも、さっきのやり取りを見ていたのだろう。ダイの目に、見慣れた光が宿っていた。
プライドと、焦りと、苛立ち。それが混ざり合った、あの目だ。
「お前たちの試合、見てたぞ。」
「そうか。」
「……まぐれとはいえ、Bランクを倒したのは認めてやる。」
認めてやる、か。
「ありがとう。」
オレは短く返した。それ以上は何も言わなかった。
「ねえ、ダイ、行きましょうよ。あたしたちの試験がはじまるわよ。」
エティが袖を引っ張る。
「……わかってる。」
ダイは一瞬、何か言いかけた。でも結局、オレから目を逸らした。
三人が離れていく。
ヨウジだけが、振り返らずに歩きながら、ぽつりとつぶやいた。
「……よかったな、元気でな。ライト。」
聞こえているかどうか、わからないくらいの声だった。
---
しばらくして。
闘技場に、どよめきが起きた。
「おい、あのパーティー、何を言ってるんだ?」
「"ソードライガーをもう一体出せ"だと?」
「暫定クラス2のパーティーがか?」
人垣の向こうで、ダイが審査員に何かを詰め寄っている。
「さっきクラス1が倒したやつと、同じのを出してくれ。俺たちのクラスなら余裕で倒せる。」
「……ご要望ですが、安全上の観点から——」
「俺たちはAランクを目指してるんだ。それくらいできなくてどうする。」
エティが隣で頷いている。
ヨウジだけが、どこか不安そうに立っていた。
審査員が困り顔で、しかし最終的に頷いた。
会場が静まり返る。
「……止めなくていいの?」
マチがオレに聞いた。
「いいよ。彼ら、さっき『俺たちのクラスなら余裕だ』って自信満々に言ってたし。応援してあげよう」
オレはあっさり言った。
---
大扉が開いた。
ソードライガーが、再び砂の上に降り立つ。
ダイが前に出る。エティが魔法の構えをとる。ヨウジが剣を抜く。
出だしは、悪くなかった。
ダイの剣がソードライガーの腹を浅く切り、エティの魔法が牽制する。ヨウジがおとりになりタンクの役を務める。
でも。
「エティ、援護しろ!」
「今それどころじゃないわよ!」
ダイの剣をソードライガーがかわす。
「エティあぶない!」
ヨウジがエティをかばう!
ソードライガーの一撃がヨウジの盾を吹き飛ばした。
ヨウジが後ろに大きく弾かれ、エティが悲鳴を上げる。
ダイが前に出るが、猛獣の前脚に吹き飛ばされた。
「止めろ!試合を止めろ!」
審査員が笛を吹く。
回収の人員が闘技場に飛び込み、ソードライガーは放たれた網にとらえられる。
三人は砂の上で息を整えながら、立ち上がれずにいた。
オレは彼らが無事だったことにほっとした。
会場は、静かだった。
無慈悲な笑い声が、どこかからぽつりと聞こえた。
それが伝染して、やがてくすくすという笑いになった。
「暫定クラス2が、暫定クラス1の真似をして……負けるとは」
格好つけるから……」
ダイはゆっくりと立ち上がって、観客席を睨んだ。でも何も言えなかった。
エティは唇を噛んでいた。
ヨウジは、ただ下を向いていた。
遠くでドロシー嬢が失笑しているのも見えた。
---
「行こう。」
オレはマチに声をかけた。
「うん。」
珍しくマチが静かに返事をした。
闘技場を離れて、外の空気を吸う。
「……ね、ライト。」
「なに?」
「あいつら、バカだけど、根性だけは認めてあげるわ。」
「……そうだな。」
オレは空を見上げた。
追放された夜も、こんな風に空気が冷たかった。あの時は握りしめた手が震えていた。今日、手が震えたのは——疲労じゃなかった。
「ライト、ぼーっとしてないで!」
マチが腕を引っ張る。
「筆記試験、次よ!遅刻したら減点だって言ってたでしょ!」
「……わかってる。」
「わかってるならはやく!頭を使う試験なんだから、アタシは得意よ!」
「君、さっき試験官の説明聞いてた?」
「……なんとなく。」
「なんとなくで挑む気か。」
オレはため息をつきながら、マチの後を追った。
実技は終わった。でも、この学校はまだ始まったばかりだ。
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