七瀬の妄想止まらない
学校の門をくぐると春があった。風が吹き、桜の花びらが頭に乗った。
手に取り眺めた。綺麗だけど…私には敵わない。フッと…息を吹きかけた。
だって…男子の視線は、桜の木よりも私に向いてるんだもん。
笑えるほど男子は…正直なのだ。
でも…女子は嬉しいんだろうとか、調子に乗るなって考えてそう。そんなわけないよね? 人気者になれない女子の僻みというやつ。
…ちょっとだけ、優越感はあるけど。
「七瀬ちゃん!」
聞き覚えのある女子の声が聞こえ、その子が
背後から私を抱きしめてきた。
…女子の顔を睨みをきかせて見てやると、ニコッと微笑むみおちゃんが顔をのぞかせていた。
やれやれ…女子にもモテモテ…誰もわたしをほっておいてくれないのだ。
「みおちゃん、いきなり抱きついてくるのは辞めよ? 」
正直びっくりする。男子じゃないと分かっても、やっぱりこれは怖い。絶対…甘えん坊世界の王者だよ、この子。
「辞められない! 七瀬ちゃん、それより私は〜遂に彼氏を作れた!」
「なに…私が作る前に…この裏切りものめ!」
「えへへ…私の勝ちだね。自慢の彼氏です。七瀬ちゃんに紹介するね。」
本当に勝ち誇った表情で、彼氏の制服をみおちゃんがつまんでいた。
紹介? なんで……読めたぞ。紹介というなのイチャチャの見せびらかしだな。
「どうも、諸星哲です。」
みおちゃんの彼氏は頭に手を当てて、照れたような表情をしていた。でも視線は、私には合わせなかった。
ああ、良い彼氏じゃん! ちゃんとみおちゃんを立ててる…ラブラブして! もう。
「カッコいい彼じゃん、羨ましいぞ、この。」
「えっ? そうですか? 俺言われたことないです。」
「そうなの? 見る目ないんだね、女子は…私七瀬かりんです、よろしくね!」
こんなにみおちゃん大事にしてくれるんだから…うん、君に任せたぞ!
「七瀬さん…は彼氏いないんですか?」
…うっ…心にグサッとくるね。居なくて悪いですか? はぁ…なんて言おう。
「ちょっと、諸星君…七瀬ちゃんにいきなり失礼だよ。」
みおちょっと黙って…俺は七瀬さんに聞いてるんだ。
えっ? ちょっと…ふたりで目の前で言い争いしないでくれます? イチャチャは見たくないけど…言い争いはもっと…目の前では避けたいよ。
「やだ! 黙らない。なんで…七瀬ちゃんに彼氏いようといまいが関係ないじゃん。」
「はぁ? 関係あるだろ? 友達だぞもう彼女は。もしいたらダブルデートとかできるし。」
「…それなら良いけど。」
「で、七瀬さんは彼氏は?」
…ああ、そういうこと。この人もし私に彼氏いないなら、男子紹介しようってことね。
お節介形男子か。口説かれてるのかと一瞬、誤解しちゃうよ。
「いないです、残念ながら。」
別に作らないだけだど…それでもいないって口にするのは、気が引けるのは…何故だろ?
「そうなんですね、じゃこれから3人で遊びましょう。」
「えっえっ? なんで…諸星君?」
みおちゃんが不安そうな表情で彼氏の顔をのぞき込んでいた。
「なんでって…みおの友達じゃないか。俺がいるからって七瀬さんを除け者にするのは良くないだろ?」
ちょっと…みおちゃんの彼氏…面倒くさい形男子に変更だな。
「そうだ、七瀬さん連絡先交換しましょう。危ない、忘れるとこでしたよ。俺結構忘れっぽいんで、迷惑かけたら言ってくださいね。」
…もう迷惑だよ! 何この人…彼女の前で別の女子と連絡先交換って…しかも彼女の許可も貰わずに…無神経過ぎない?
でも、断るのも面倒くさいし、無視するのもみおちゃんに愚痴られるのも嫌。
…仕方ない。ここは…大人の対応というやつだね。
「みおちゃんに許可取ってからね! 」
私は作り笑いして言った…けど顔が引きつってるのが自分でも分かった。
「みお! 良いよな別に? 七瀬さんに神経使わせるなよな。」
「…うん。」
いやいや、神経使わせてるの…あなただから! 頭が痛くなり、思わず額に手をやって冷やす。
「じゃあ、七瀬さんまた…みお…嫉妬してんだろ? 分かりやすいな…俺にはおまえだけだよ。」
「諸星君…もう! びっくりしたから! バカ…」
「ああ、可愛いな…みおは。ほら行くぞ!」
「…うん!」
なんだったんだ…あの人たち…変人たちね。もう…は私の台詞だよ!
私は呆れながらも…二人が仲よさそうに話している背中を、ただ立ちすくして見ていた。
…突然私の視界が真っ暗になるその瞬間、肌のぬくもりも感じた。
「だーれだ? 」
この声は…凛だ。私の1番の親友であり、唯一呼び捨てで話し合う仲だ。
「凛でしょ。まったく…恋人じゃないんだから。」
やれやれ、女子にも…モテモテだな。
それに…デジャブだよ…ふたりともボディタッチが濃密…過ぎない?
「お〜正解! 心が通じ合ってるな…よしよし。」
「みおちゃんにも彼氏出来たって言われたよ。」
凛に愚痴る。いらない報告はしてくるな…とさえ思う。
「うん、知ってるよ。ふたりでさ…彼氏が出来ましたって七瀬に報告しよって決めたから。」
事前に示し合わせてた!? 偶然かと思ったよ、酷い人たち。
私が文句を言おうとしたら、ギャル女子の会話に阻まれ、イラッとした。
「それな〜。」
「でしょー、だるいんだよー!」
「だるいだるい。休んじゃえば。」
だるいって言葉が耳に残る。私も友達関係今そんな感じ…それより女子の声が幸せそうで、やっぱ、友達って良いなと思う…
「どうした? ボーとして?」
凛が私の顔の前で手を振り、心配そうにこっちを見てる。
誰のせいでボーとしてると思ってるのかな?
「ううん、なんでもないよ、ごめんね。」
「七瀬も彼氏作ってさ、ダブルデートしよ?」
……この人たち、考えること同じかよ。
やれやれなんですけど。
上から目線の、バカみたいな交際成立報告。
……早く別れてしまえばいいのに。
でも、実際に別れたら――
慰めるの、私でしょ?
……一番だるい。やっぱ、なしで。
凛と呼ぶ声がした。そっちに目を向けると、駆け足でこっちに来る男子がいた。よく見ると凛の…紹介は要らないよ。
照れくさそうに凛の彼氏が、鼻の近くに手を置いていた。
「七瀬さんのおかげで無事に付き合うことが出来ました! 本当感謝してます。」
「私…何にもしてないよ?」
「何言ってるんですか? 相談乗ってくれて、励ましてくれたじゃないですか。本当、頼りになる姉御って感じで。」
「こら、誰が姉御だよ、も〜。」
「あはは、調子乗りました…あっ、もう学校始まりますね。凛行こう。」
「……う…うん…行くけど…なんか、引っかかるな。」
凛が私の顔を不満そうに見てから、学校内に向かった。私も後を追う。
……学校が終わって、自宅に帰ると凛の彼氏がスマホに連絡をしてきた。凛がなにか怒ってると、相談がきた。
それが、毎日続いた。頼られるのは、良いけど…毎日って他に相談するやつはいないのかと、疲れて面倒くさくなっていた。
でもそんなことは、バレないよう親身になったのは、凛の為だと思ったから。
……スマホの通知音が鳴って、名前を見ると、またかって思う……のにも慣れてきた。
変わらない毎日だ。でも、どこか、空気が違って見えるのは気のせいかな?
そんな日々の延長線……ふと見上げた教室の窓から、夕焼けの光が差し込んで私の頬を照らす。
嫌だな、私の美肌が焦げる。私は、慌てて夕日から顔を背ける。
中学生だから肌の心配なんて、しなくていい。
そんなことは分かってる。
けど、積み重ねなのよね。そう、気を付けるにこしたことない。
幽霊みたいに真っ白な肌になるつもりはないけど、肌きれいって言われる大人になりたいじゃん?
ああ、学校楽しいけど、つまらない。
毎日同じことの繰り返し。たまには、イベント起きないかな? でも、嫌がらせはされたくない。
私以外に不幸が起きれば面白いけど、それも望まない。
なんだろう。高校に行けば楽しめるのかな?
中学になったら、学校生活微妙だな。
そう思っていたら、廊下で凛が泣いているのが目に入った。