決死の脱獄
「あんな傍若無人な男が
シュメシュの王様だなんて信じられない。」
私は無意識につぶやいていた。
「シャフィはあんな奴のために死にたがってんの?」
「素晴らしい方なんだ。
シュメシュの神に選ばれた王アディス様。
あんな口利いて、俺たちよく無事でいられたな。
普通なら即斬り捨てられてる。
アディス様はマリナを気に入ったんだろう」
「はぁ?ありえないよ。
馬鹿にしてただけじゃん」
シャフィは口元だけ笑って、
真剣な眼差しを私に向けこう告げた。
「マリナ、家に帰ってくれ」
「え?」
「母さんの事、よろしく頼む。
俺はもう帰れない」
「……二人を助けに行くんでしょ。
私も行く!」
「遊びじゃないんだ。
失敗すれば全員殺される。
いや、失敗する確率の方が高い」
「分かってるよ。
でも今更、私だけ帰るなんてできない。
全員助かる。
私達はできるよ。大丈夫」
埒が明かないと観念したのか、
シャフィはこれまで聞いたことがないほど
大きなため息をついて
私がついていく事を受け入れた。
シャフィと私は
二人が捕らわれている王宮から
東側の牢へ向かった。
王宮の周囲には川が流れており、
牢に入るのも川を越える必要がある。
「川から牢へ忍び込むぞ」
「でも見張りもいるでしょ?どうするの?」
「牢の警備は四六時中いるわけじゃない。
東以外にも牢があるから交代の時間制で見回りがくる。
この時間、東の牢に見張りはいない」
シャフィの情報ソースがどこから来てるのか不明だが、
私はとりあえず頷いた。
川が見えてくると
川辺に背の高い葦が広がった。
私たちの姿を隠してくれそうだ。
無言で葦原を進む。
川の向こう岸には暗く閉ざされた牢が見えている。
どうやって向こう岸に渡ればいいのか不安がよぎる。
「マリナ。こっちだ」
シャフィの声で我に返った。
大人2人が乗れるような小舟をシャフィが操る。
「ありがとう」
向こう岸にわたる問題は片付いた。
急いで小舟へ乗り込む。
シャフィは牢屋に向かって静かに漕ぎ出した。
川を渡りきると、シャフィは小舟をそっと葦の茂みに隠した。
闇にまぎれて兵士の目にもつかないだろう。
シャフィが言った通り、
牢周辺に見張りの兵士はいない。
しかし、いつ見回りがやってくるかは分からない。
牢とは名前だけで、簡素な造りだった。
岩をくりぬき洞窟のようになっている。
私達はアーチ形の岩の中に入っていった。
入り口が狭かったが洞窟の内部は広い。
囚人が沢山いるのかと思っていたが、
空っぽの檻ばかりだ。
(ルツとリャオはどこにいるんだろう)
その瞬間、人の声が聞こえた。
(やばい!兵士!!)
とっさにシャフィを引っ張って
側の檻の中に身を隠した。
耳をそばだてると、その声はどことなく聞き覚えがあった。
(ルツだ…!)
ルツが泣いている。
私は咄嗟にシャフィを見つめた。
シャフィにも聞こえたようで、彼は大きく頷いた。
檻から這い出て声の元へ向かう。
声は奥から聞こえる。
進んだ先には、
檻の中ですすり泣くルツと動かないリャオの姿があった。
シャフィはその様子を確認するやいなや
檻の鍵を槍で壊し始めた。
「うっっ……え?シャフィ!マリナ!なんで!?」
泣きはらした目でルツが問いかける。
「しっ!静かに。もう大丈夫。助けに来たよ」
ルツは私達の顔を見て微笑み、また声を殺して泣いた。
リャオがルツを抱きしめ言う。
「おい。お前ら分かってるよな。
囚人の脱獄を手伝えば、そいつも死罪だぞ」
「承知の上さ」
シャフィは気にもしない様子で返答する。
「二人をほっとくなんてできるわけないよ」
私もわざとあっけらかんとした口調を装った。
錠前が金属音を立てて割れた。
「行くぞ!」
シャフィが檻をあけると二人が出てきた。
リャオはルツに支えられながらやっと歩ける状態だ。
とはいえルツの傷も尋常ではない。
私がルツを支え、
リャオをシャフィが引っ張る形で脱出した。
体を引きずるようにして、ただ自由を求めて牢を出た。
まだ見張りはやってこない。
シャフィは葦原に隠していた小舟を出し、
二人に乗るように言った。
「マリナたちはどうするの?」
ルツが不安げに聞く。
「大丈夫だから行って!できるだけ遠くに!」
「絶対に戻ってくるなよ!」
ルツの瞳からまた涙がこぼれ始めた。
リャオはひたすら「すまない。ありがとう」と繰り返していた。
ルツが泣きながら小舟を漕ぎ出した。
二人の姿は一瞬で葦と闇にまぎれ、見えなくなった。
私は安堵のため息をつくと、その場にへたり込んでしまった。
見張りの兵士がいつやってきてもおかしくない。
私達も逃げなくては。
力が入らない膝を叩いて
私はシャフィとともに葦原の中を歩き出した。
「おい!!囚人がいないぞ!」
「脱獄だ!!!」
兵士たちが騒ぎ始めている。
見張りが戻ってきたんだ。
「急ごう」
シャフィはそう言って私の腕をつかんだ。
「二人、大丈夫かな。見つかっちゃうよ」
二人とも大けがを負っているし、
リャオは視力まで奪われている。
心配だ。
「兵士だって馬鹿じゃないが、
リャオたちも川の流れは把握している。
この闇も味方だ。
追手を撒くぐらいできるさ。
あいつらは行商人だ。
危ない橋を何度もわたってきてる。
危険なのは俺たちの方だよ。行こう」
そうは言っても
私たちは向こう岸へ渡るすべがない。
王宮の壁に沿って歩き、広場へ戻るしか方法がないのだ。
(見つかってしまうんじゃないかな)
背筋が寒くなったが、
恐怖を振り落とすように前へと進む。
葦と夜の闇が私達を隠してくれる。
広場まで出れば、
何事もなかったかのような顔をして家に帰ればいい。
自分を鼓舞しながら、足元に気を付けて歩いた。
広場の灯りが左端から見えてくる。
安心してため息をついた。
その瞬間だった。
「止まれ」