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砂漠の国の氷の王

夜風が冷たい。


砂漠は昼と夜の気温差が激しい。

 

私たちはメーレの広場を突っ切り、王宮へ直進する。

 

通常であれば夜の広場に昼間の様な喧騒はない。

 

物乞いと夜の女がいるだけ。

 

しかし、今夜は違う。

 

メーレの広場は、昼と変わらないほどの

人混みが渦巻いている。

 

 

馬上で男が説明してくれた事によると、

 

罪人は広場で磔にされ、夜更けまで民衆に晒される。

 

その後は牢屋に入れられ、翌朝日の出とともに斬首。

 

それがシュメシュの最も重い刑罰だ。

 

メーレの人々にとって刑の執行は一種の娯楽。

 

罪深い卑しい罪人を見ようと

野次馬は都中から集まってくる。

 

広場は異様な雰囲気に包まれ、

民衆はトランス状態に陥っているようだ。

 

これ以上、馬で進むのは難しい。

 

私達は諦めて人の波を割るように歩くしかなかった。

 

気づけば男と、はぐれてしまったが仕方ない。

 

中心部を目指して歩けと言われている。


進むべき方向は分かっているから大丈夫。


広場の中心へ近づくごとに、

人々の怒号は次第に大きくなる。

 

人を押しのけて顔を出すと、

私の目の前に信じがたい光景が広がっていた。

 

二本の十字架が鎮座し、

血だらけのルツとリャオがはりつけられていた。

 

ひどい拷問を受けたのだろう。


二人ともぴくりとも動かない。

 

その上リャオは、両目を覆う様に包帯をしている。

 

声が出なかった。


代わりに、せきをきったように涙があふれた。

 

なぜ二人がこんな目に遭わなければいけないの?

 

彼らの言い分を聞く人は誰もいなかったの?

 

悲しみと怒りが炎のように身体中を駆け巡った。

 

民衆は残酷で、二人にひどい罵声を浴びせ続けている。

 

「おい!マリナ!」


右手を誰かに力強く引っ張られた。

 

驚いて顔を上げると、

シャフィも驚いた顔で私の手をつかんでいる。


「なんで来たんだ!ここは危険なんだぞ!今すぐうちに帰るんだ!」


なんでって大切な人たちを助けるためだよ。

 

危険なのはシャフィも同じじゃん。


一人でかっこつけて、家飛び出しちゃってさ‥‥


シャフィ、ずるいんだよ。


「…らない」


「え?」


「…帰らない!!!

ルツとリャオを助けるまで帰らない!!!」


私はシャフィに怒鳴ると手を振りほどいて

 

ルツとリャオの名前を叫びながら二人の元へ駆け寄った。

 

 

そこからは全てスローモーションに感じられた。

 

ルツが私に気づく。

 

生気のない瞳に、力が一瞬宿り私をとらえた。

 

ルツもリャオに横から呼びかけている。

 

リャオははっとしたようにあたりを見回し、

声の主を探した。

 

涙が止まらない。


「私!マリナだよ!

助けに来たから二人とももう大丈夫だよ!」

 

私は十字架にかけられた二人のそばで声をかけた。

 

シャフィが青ざめた顔で私を追いかけてきて

二人から引きはがした。

 

民衆がますますヒートアップする。


罵声も止まらない。

 

その瞬間

憲兵がわらわらと現れ

私とシャフィを取り囲んだ。

 

軽く十人はいるだろう。

 

「お前ら!なんのつもりだ!」


「罪人に手を触れようなどと気が触れたか?」


「罪人への同情は王への反逆とみなすぞ!」

 

憲兵が口々に叫ぶ。

 

シャフィは泣きじゃくる私を片手で支えながら

膝をついて謝罪した。


「申し訳ございません。この者は異国から参った女。

我が国の常識に疎いところがございます。

大変なご無礼をいたしました事お詫びいたします。

どうかご慈悲を」

 

彼に似合わない丁寧ぶった言い回しだった。

 

「異国の女だって?」

 

「どれほどの器量なんだ?」


「おい、女!顔見せろ!」

 

怒りが私への興味に移ったのが分かる、ぞくっとした。

 

怖い。


私を支えるシャフィの手に

力がさらにこもったのを感じた。


「おい!!聞こえてるんだろ!顔を見せろ!」


嫌だ。

 

恐怖と嫌悪で動けない。

 

民衆はこの状況を心から楽しんでいるようで

ますます熱狂的になっている。


観念して顔を挙げようとした瞬間

髪を覆っていたベールごと引っ張りあげられた。


「きゃあ!!」


「マリナ!」


「ほう。赤毛か。」


氷の様な冷たい声が響いた。

 

喧騒にまみれた広場は一瞬で静まり返る。

 

「おい、女一人の顔を拝むのに何人がかりだ。

 シュメシュ衛兵の恥だぞ。」


「も、申し訳ございません!アディス様!」

 

あんなに偉そうで野卑だった憲兵たちは一変した。

 

「それにしても驚いた、このような女がいるとはな。」

 

「痛い!髪の毛引っ張らないで!あんた!誰なのよ!」

 シャフィ!助けて!」


「おうおう。暴れ馬こそ しつけがいがあるというもの」

 

アディスと呼ばれたこの偉そうな男は、

私の髪を引っ張り続ける。


「やめてってば!!」

 

勢いで男をにらみつけた。

 

アディスは、にやにやして私を見下ろしていたが

声と同様に彼の視線は氷の刃のように冷たかった。

 

アディス自身が凶器。


人を刺し貫く威圧さがそこにはあった。 

 

シャフィは毒でも食らったかのような顔でうつむき、

膝をついたまま微動だにしない。

 

「で、どういう了見だ?

磔にされた罪人に触れるなど常人の考えることではないな。」

 

冷たい声。


こんな暑い国なのに

全てを凍らせてしまうのではないかと思えるぐらい無機質。

  

 

シャフィが喉から絞り出したように

かすれた声で答えた。


「…返すお言葉もございません。

わたくしの不徳の致すところです。

どうか、どうかご慈悲を」

 

「ふぅん」


アディスはつまらなさそうに

返事をしてからこういった。


「女の名は?」


「…名はマリナにございます」


「マリナ?変わった名だな」

 

「ねぇ。同性愛がそんなに悪い事なの?」


私は二人を無視して言った。


場がまたざわつく。


「マリナ!いい加減にするんだ!」

 

「だって、おかしいじゃん。

ルツとリャオはただ二人でいただけ。

なにを根拠に二人を悪だと決めつけて、

こんな残酷な仕打ちをするの!?

国家が人権を侵害したり、

命を簡単に奪ったりしていいはずない!!」

 

最後の方は叫んでいた。

 

シャフィが興奮する私をなだめるが、

何も入ってこない。


「おい。マリナ。

変わった思想をもつ国からやってきたようだな。

しかしここは偉大なるシュメシュ王国。

お前が犬も卑しいあいつらも殺さないという

高尚な価値観の持ち主だったとしても、

この土地にいる以上は我が法に従う義務がある」


「二人は卑しくなんてない!

それになれなれしく名前で呼ばないで!」

 

私とアディスのやり取りに憲兵たちがイラつき始めた。

 

「女!!調子に乗るな!

このお方をどなたと心得ての発言だ!」


「不敬とみなし、お前も今すぐ処刑するぞ!」

 

今にも襲い掛かってきそうな憲兵たちを

片手で制しながら、アディスはこう言った。


「知性が足りないようだから教えてやろう。

神の理に背いた同性愛者は罪人だ。

神に背く事は神への冒涜。

神への冒涜は神の御子である私への冒涜だ。

罪人はこのあと監獄に移送する。

明朝日の出とともに斬首。

お友達に最後の挨拶をしておくんだな」


「はあ?私への冒涜ってなに?

あんたほんと偉そう!」

 

「女!いい加減にしろ!

こちらにおわすお方は 

シュメシュ王国第27代()()アディス様にあらせられる!」


「無礼がすぎるぞ!」

 

え?


この偉そうで冷酷な男がシュメシュの王様!?


シャフィはこんな男の為に死ぬことを夢見てるの?

 

言葉が出なかった。

 

「やめろ。学のない異国の田舎者だ。

 私を知らなくて当然。

 こんな小娘にかまっている暇などない。

 連れていけ!」


アディスの号令を聞くや、

憲兵たちはルツとリャオを磔台から降ろし

監獄へ移送を開始した。


訓練された兵士の動きは俊敏で

あっという間に二人は連れていかれてしまった。

 

ルツが私に何かを訴える様に振り返ると、

憲兵がルツを鞭で叩いた。 

 

口をあけたままへたり込む私を横目に

アディスは王宮へと去っていった。

 

シャフィはアディスの姿が見えなくなるまで

頭を下げたままだった。

 

あれだけいた野次馬もいつのまにかいなくなり、

私とシャフィだけになってしまった。

 

アディスが残していった高貴な香りが広場に残る。

 

夜の闇の中、王宮は灯りを煌々と照らしていた。

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