希望の敗走と迫りくる影
「西の離宮が見えてきました!」
砂塵の向こうに、
ぼんやりと宮殿の輪郭が浮かんだ。
離宮の周囲は岩壁群で、
宮を高い岩壁が隠す設計になっている。
まるで、かつての妃の存在を
包み隠すかのように。
「岩壁だ。
我々は助かったんだ……」
皆が、安堵のため息をつく。
「気を抜くな!
追われているんだぞ」
アディスはいつもの猛々しさを取り戻し、
私達を鼓舞した。
ナイルが果敢に敵へ立ち向かい、
散ったと一報が届いた。
悲しみをこらえ、
がむしゃらに前進し続ける。
ぽたり。
頬に滴が落ちる。
指で拭うと紅色が広がった。
「……血?」
見上げると、
アディスは
固く唇を噛み締めている。
出血するほどに。
彼の瞳には
怒りと痛みが交錯している。
多くの兵士を失い、
敬愛する兄を失い、
歪んだ父を止められなかった。
アディスは自分が許せないんだ。
不甲斐ないと思っている。
「私達は、
ここから這い上がるよ」
私はぼそっとつぶやいた。
アディスの耳にも
届いたはずだ。
だって、いつものように
片方の口角をあげたから。
――
離宮にあと一歩というところで、
アディスはハビエルに皆を連れ
裏門から宮に入るように指示した。
ハビエルは訝しげだ。
「アディス様とマリナ様はいかがなされるのですか?
単独行動は危険です」
目を離すわけにいかないと
思っているのは明白だ。
「我らは正門から入る。
二手に分かれたほうがいい。
お前たちの馬は裏に隠せ」
納得していない顔のハビエルだが、
アディスに何か考えがあると読んだのだろう。
「御意」と答え、
皆を連れ裏側へと回った。
岩場の影から、何かが飛び出してきた。
「危ない!!!」
急には馬を止められず、
私は馬上から放り出された。
「きゃあ!」
「マリナ!」
アディスが手を差し伸べたが、
間に合わない。
私は砂の上に転がった。
アディスが馬から飛び降り
私へ駆け寄ってくる。
(私ったら、どんくさ。
こんな時に何やってんだか。
早くしないと!)
立ち上がろうとすると、
右足首に激痛が走った。
「……痛っ…………」
「マリナ、立てるか?」
私の足の異変に気付いたアディスは
青ざめた。
「折れているんじゃないのか!?
なんてことだ!
ほかに怪我は?痛みは?
くそ!ハビエルを遣るんじゃなかった!」
「ちょっと、落ち着いてよ!
少しぐねっただけ!」
静かに近づいてくる者がいる。
「バカ息子が……」




