出陣の前夜
出陣は深夜。
伝令によると、明日
反乱軍が
「沈黙の砂丘群」を通過する見込みだ。
俺は、日が沈んですぐ
マリナの元へ向かった。
俺はこの数日マリナを訪ねていない。
婚礼から初めての事だ。
たった数日のことなのに、
何年もあいつの顔を見ていないように感じていた。
マリナの寝所の扉をたたく。
ライリカが顔を出し、
安堵の表情で微笑む。
「アディス様、お待ちしておりましたよ」
「あぁ。お姫様の機嫌はどうだ?」
自分で確認しろと言いたげに、
ライリカは俺を招き入れた。
「アディス!」
耳心地の良い声が俺の名を呼ぶ。
「アディス!お疲れ様!」
迷いなく、俺の腕の中に飛び込んでくる
愛おしい妃。
「大変な時なのに、来てくれて嬉しい」
そう言って屈託ない笑顔を向ける。
不安なはずだ。
マリナは戦を経験していない。
俺が心配しないように
あえて明るく振舞っているのが痛々しい。
メーレの民が避難する様子を
ずっと眺めていたと聞いている。
誰よりも民を想う娘だ。
心が引き裂かれるほど
辛い情景だったに違いない。
無言でマリナを抱きしめる。
「アディス?……苦しいって」
逃れようとする腰をさらに強く抱き、
彼女の耳元で囁いた。
「真夜中に発つ。戦が始まる」
マリナの体が固まるのを感じた。
もう一度強く抱きしめる。
「案ずるな。
民の避難は完了している。
都に反乱軍は入ってこない。
砂漠で奴らを仕留める」
「アディス……」
マリナがまっすぐ私の目を見る。
「上皇様は、アディスのお父さんは
なんでアディスと戦おうとするの?」
「マリナ、愚問だ。
俺と父は因縁の仲で……」
「お母さんの事、アディスは
まだお父さんを許せない?」
長い沈黙が続く。
そうだ。父を憎み始めたのは
母の病が悪化してからだ。
それまでは、シュメシュ王である父を
誇らしく思い、尊敬していた。
「……そうかもしれないな」
「……二人で話し合う事はできないのかな?
父子で殺し合うなんて……
やっぱりおかしいよ!」
「……あぁ。おかしいな」
「だったら、方法を考えて!」
「……マリナ、それはできない。
父と息子である前に、
我々は王と上皇だ」
マリナの力が抜けた。
「父の蜂起の理由は、俺への恨みだけではない。
レニの血統を強める事に失敗したことが要因だ」
「レニ様の?」
「父は頑なにティファン国との同盟を
強めようと必死だった。
諸外国をないがしろにして、
ティファンの機嫌を優先した。
ティファンとなら、どんな悪条件の契約でも
交わしたんだ」
「すべては、レニ様のため?」
「そういうことだ。レニは実家の後ろ盾も
強くない。シュメシュに嫁いでからも
当たりは強かった。
レニが堂々と生きていけるようにと、
父はレニの血筋を強めるために邁進した。
あいにく、子はできなかったがな。
……とにかく、どのような理由があっても
シュメシュの危機だ。
主犯である父は討つしかない。
それが俺のシュメシュ王としての責務だ」
マリナは、黙って頷き
それ以上何も言わなかった。




