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砂漠の紅華  作者: 馬来田れえな


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禁忌と命

儀式が終わった余韻に浸れるほど、

私は感傷的になっていない。


泉での儀式は完了したが、まだ婚儀の途中だ。


このあと、王宮へ戻り民衆へのお披露目がある。


「ちょっと待ってて」


何か言いたげなアディスの腕をほどき、

私は口論する憲兵たちのもとへ向かった。


「マリナ様!」


慌ててライリカが私の後を追ってくる。


上級兵が下級兵を叱責しているようだ。


「ねぇ。どうしたの?」


兵士たちの間に割り込み、声をかけてみた。

 

「マリナ様!?」


上級兵が驚く。

 

彼の足元には、

下級兵が苦しそうな表情を浮かべ

転がっている。

 

「お、王妃様…………

申し訳……ございません」


「神聖な場でお見苦しい限りです。

おい!立たんか!!

陛下をお待たせしているのだぞ!」


上級兵の怒号と同時に、

周りの兵士が今にも失神しそうな下級兵を引っ張り上げ

無理やり立たせようとした。


「やめて!やめなさい!

彼から手を放して!」


兵士たちは動揺した。


「聞こえなかった?

お……王妃の命令です。

その者へ乱暴することは、

私が許しません」

 

私の言葉に、兵士たちは抗わなかった。


黙って、下級兵を地面へ寝かせた。

 

私は一歩ずつ

起き上がることもままならない下級兵に近寄る。


「マリナ様。いったい何を……」


止めようとするライリカを、

アディスが無言で制した。

 

私は下級兵の様子を見た。

 

(呼吸が荒い。

それにこの人、汗をまったくかいていないし。

顔色も悪い。これって……)


「早くこの人に塩を加えた水を飲ませて!」


典型的な熱中症だ。


無理もない。


彼は下級兵だから

徒歩で都からここまで来た。


水も充分に与えられていなかったのだろう。


「なにぼーっとしてんの!?

早く塩水を!」


塩はある。


砂漠を越える際に

必ず塩を少量持つことはシュメシュでは常識だ。


シュメシュの人々は、経験則で

水に少量の塩を混ぜて飲むことは

深刻な脱水症状を防ぐと知っている。


「王妃様。お言葉ですが、

この通り我々兵士の飲み水は

余剰がもうございません」


上級兵が空になった水袋を振って答えた。


ほかの兵士もうなづいている。


「は?何言ってんの?

いくらでもそこに水湧いてるじゃん。

早く汲んで!」


私は湧き出る聖なる泉を指さして

彼らを怒鳴りつけた。


兵士たちは困惑したように

互いに顔を見合わせるだけだ。


イライラする。


熱中症は重症になれば命の危険がある。

 

今は一刻を争う。

 

「あんた達!

ぼーっとしてないでさっさと水を!」


「マリナ様。恐れながら申し上げます。」


「ハビエル?」


それまで黙っていたハビエルが口を開いた。

 

「シュメシュの泉の水を口にすることは、

神が王族の方々にのみお許しになられました。

我々下々の者が、泉の水をいただくことは

いかなる理由があろうとも叶いません」


「え?」


「全く、あなたというお方は。

すでにお勉強されたはずですよ。

シュメシュの泉について」


確かに先生から婚儀について学んだ、泉の話も聞いたはずだが、

そんなことを先生は言っていただろうか。


わかんない。忘れた。

 

「かつ、シュメシュの泉の御前にて

このような醜態をさらす兵士など、

言語道断にございます。

国王の婚儀の護衛が、砂漠の暑さに倒れるなんて……

砂漠に生きるシュメシュ衛兵の恥さらしと罵られても致し方なし。

この者が自身の足で都に戻れぬというならば、

砂漠に捨て置くしかございません」

 

出たよ。ハビエルの鬼畜。


下級兵の苦悶の表情は依然として変わらない。


彼はまだ若い。


少年兵のようだ。


だめ。

シャフィと被ってしまう。


私の目の前で

シャフィが苦しんでいるように見えてくる。

 

あんな思いは、


もうあんな悲しみは沢山だ。


「ハビエル、

私もう誰も苦しんでほしくないの」


そう言って私は無言で

上級兵から水袋をひったくり

泉から水をたっぷりとくみ上げた。


皆が唖然とする中、私は自分の本能のまま動いた。


必ず彼を助ける。


「さぁ、飲みなさい!」


下級兵に水を飲ませようとしたが、

頭を振って拒もうとする。

 

「いいから飲め!

あんた死んじゃうよ!!!」

 

「お止めください!マリナ様!」


兵士が私を止めようと入ってくる。


「邪魔しないで!私が、この人を助けたいの!」

 

「シュメシュの泉の水を飲んで助かったとしても、

この者は罪人になってしまいます!

後生ですからお止めください!」

 

「私は、この人をこのまま死なせたりしない!」


「おい。王妃様がそいつを助けたいとご所望だ。

 好きにさせろ」


様子をずっと見ていたアディスが口を開いた。

 

「ア、アディス様まで!?一体何を!」


「聖域シュメシュの泉で、

兵士に死なれては夢見が悪い。

そしてその者が死んだことで、

神に選ばれし妃を泣かせたとなっても、

シュメシュの神はお怒りになるだろう。

その者が泉の水を飲むこと、このアディスが許可する」


「アディス!ありがとう!!

ほら!王様からOKが出たよ!

堂々と飲みなさい!早く!」


下級兵は恐る恐る水袋に口を近づけ

ゆっくりと水を飲んだ。


その目には大粒の涙が流れていた。


「なんて慈悲深いお方だ……」


「一兵士の命を救ってくださるとは……」


「我らの王妃マリナ様……」


兵士たちが口々に呟いたかと思うと、

私を取り囲み礼の姿勢を取る。

 

「え!?ちょっと、みんな?」


「王妃マリナ様、我々シュメシュ衛兵は

いかなる時も我らの命を懸けてあなた様をお守りすることを、

改めてシュメシュの泉の地において誓います」


「……あ、ありがとう」


下級兵が静かに言葉を発した。


「王妃様……本当にありがとうございます……

救っていただいた……この命、紛れもなくあなた様のものです……

一生あなた様にお仕えいたします!……」


(よかった)


「大丈夫。帰りは輿に乗りなさい。早く元気になって

シュメシュを守ってくださいね」


下級兵はまた涙を流し、何度もうなづいた。

 

ほっとして顔を上げると、

アディスが柔らかい表情で隣に立っていた。


ハビエルを始め、

家臣たちは困ったような安心したような表情で

私達を見守っている。


「マリナ。そなたは慈愛に満ちた、

まさにシュメシュの母だ。

さぁ。我らの民が待っている。行くぞ」


アディスは私に手を差し伸べた。

 

「うん!」


私はその手をしっかりとつかんだ。

 

「アディス様も、マリナ様と過ごす日々のなかで、

ずいぶん穏やかになられたものだ……」


ハビエルが少しうれしそうにつぶやくのを、

私は聞き逃さなかった。

 

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